2020.2.2

過去30年で3倍に。国立博物館の値上げは是か非か

東京国立博物館、京都国立博物館、そして奈良国立博物館の3館が、4月1日より常設展の観覧料値上げに踏み切る。SNS上でも賛否を呼んでいるこの値上げについて考えたい。

文=橋爪勇介

東京国立博物館
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30年で3倍の値上げ

 東京国立博物館(以下、東博)など3つの国立博物館が一斉に発表した常設展(*1)の観覧料値上げが波紋を呼んでいる。

 東博、京都国立博物館奈良国立博物館はそれぞれ、4月1日から常設展の観覧料を変更。東博は一般620円を1000円に、大学生410円を500円に、京博・奈良博は一般520円を700円に、大学生260円を350円に改定する。

 SNS上では、「これまでが安すぎた」という声もあるいっぽう、値上げは博物館へのアクセシビリティを低めるという懸念も聞こえる。

 例えば、東博は1989(平成元)年の消費税導入以降、段階的に常設展の料金を引き上げてきた。値上げは基本的に消費増税に伴うタイミングで実施されており、結果的にこの約30年間で3倍近くとなっている。

 3館は今回の値上げについて、文化財修復や展示室リニューアルを含む鑑賞環境の整備のためだとしており、現状では「ランニング・コストも賄えない」と訴える。

 こうした国立博物館の値上げはどれほど妥当なものなのか? 博物館学に詳しい東京藝術大学大学美術館准教授・熊澤弘に話を聞いた。

 「美術館・博物館は、夜間開館や多言語対応などで年々人件費などのコストが上がり続けており、1000円に値上げしたところで簡単には展覧会事業の充実には直結しないでしょう。ただそれでも値上げに踏み切るということは、収入増を様々な方面から求められているから、と思われます」。

 東博などの国立博物館は2001年、独立行政法人国立博物館(05年に九州国立博物館も加入。07年より独立行政法人国立文化財機構)に移行しており、いわゆる「国営」ではない。独立行政法人であるがゆえに、自力でも収支を健全化させていく必要がある(国立博物館等の平成30年度収入は約108億円。うち展示等事業収入は約18億円、運営費交付金は約62億円)。

博物館法が定める「無料」の現実

 こうした収支の課題とともに、博物館について規定する「博物館法」についても考える必要がある。

 そもそも博物館には、地方公共団体・一般社団法人・宗教法人が設置する「登録博物館」と、登録要件に制限がない「博物館相当施設」および「博物館類似施設」の3種類(*2)がある。

 博物館法第23条(入館料等)では、「公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない。但し、博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」と定められている。しかしながら、公共性が強い「登録博物館」ですら、無料館は約2割しかないという状況だ(*3)。

 熊澤はこう指摘する。「東博はそもそも『博物館相当施設』であることもそうですが、博物館法では『無料』というのは有名無実化しています。これを盾にしても、『但し書き』がある以上、何も議論は進みません」(注:国立文化財機構についてはそれを規定する「独立行政法人国立文化財機構法」もある)。

海外の事例と比較して

 国立博物館の料金体系を考えるうえでは、海外の美術館・博物館も参照したい。例えば、ルーヴル美術館では一般15ユーロ(約1800円)ではあるものの、18歳以下を含め、26歳以下のEU住民や美術史教師、求職者などは無料となっている。

ルーヴル美術館で《モナ・リザ》を撮る来館者たち

 また大英博物館は、特別展は有料ながら常設展は無料。メトロポリタン美術館は、18年にそれまでの任意設定(「ペイ・アズ・ユー・ウィッシュ」)から義務化に踏み切ったが、ニューヨーク州在住者およびニュージャージー州・コネチカット州に通学する学生は従来の「ペイ・アズ・ユー・ウィッシュ」によって入場が可能とするなど、セグメントごとに料金を設定している。法制度や文化の違いはあるものの、こうした考え方はヒントになりうるだろう。

  熊澤はこう続ける。「東博の『一般1000円』は、インバウンドや観光客に寄せた設定にように思われますが、料金体型が更に柔軟になると一般利用者、とくに若年層にはありがたいことでしょう。大学生500円というのは厳しい設定に思えます。若い世代にはサポートしてあげてほしい」。

 「今回の料金改定の影響がどう出るかは、経過観察するしかない。料金を上げながら若者層をどのようなかたちで取り込めるのか。壮大な実験だと思います」。

 2020年は東京オリンピック・パラリンピックの影響もあり、訪日外国人は3430万人(前年比7.9パーセント増)となることが予想されている(*4)。この数字は、料金改定後の国立博物館の来館者数(および収益)にも少なからず影響するだろう。五輪後も含めた、今後の状況を注視していきたい。

*1──所蔵品からなる展示のことを、東博では「総合文化展」、京博では「名品ギャラリー(平常展示)」、奈良国立博物館では「名品展」としているが、ここでは統一して「常設展」とする。
*2──文化庁ウェブサイトより「博物館の概要」
*3──金山喜昭「公立博物館の入館料は無料か有料か : 博物館のあるべき姿を問い直す」
*4──2020年の旅行動向見通し(JTB)