EXHIBITIONS

森万里子 古事記―はじまりのとき

Photograph:Shunji Tanaka

 スクールデレック芸術社会学研究所では、アーティスト・森万里子による展覧会「古事記―はじまりのとき」を開催している。

 8世紀初頭、倭王権が律令国家の歴史書として編纂した『古事記』は、日本固有の文字がない時代に成立し、神話や古くからの言い伝えを書き表した日本最古の書物。国の成り立ちを説いた歴史の書にとどまらず、創造性に富んだ文学書でもある。

 森は、倭王権以前の縄文時代の信仰から、宇宙論や先端技術までを参照し作品を制作してきた。「縄文」というテーマは、2004年の個展「森万里子―縄文/光の化石トランスサークル」(東京大学総合研究博物館小石川分館)をきっかけとして始まり、同展では森は、縄文時代の遺品から着想を得て、縄文人の精神生活を宇宙的な時間の流れから探ろうとした。以降、日本における「近代化のプロセス」に疑問を呈し、日本の古からの歴史的連続性に注目して、古代と現代の時空間を往復するプロジェクトに取り組んでいる。

 古事記のテキストを写経のように自らの筆で書き写す行為を反復する。古代と現代をつなぐ複雑な意識層の探求的行為は、森の今作にも続いており、それは作家が語る「身体にある古代人の遺伝子は、わたしの中に深く眠る特別な意識を呼び覚まそうと、反応しているのです」という感覚を発端とする。

 森のこの取り組みについて、飯田高誉(スクールデレック芸術社会学研究所所長)はインドの「輪廻転生」の思想との関連にふれつつ、「森は、古事記のテキストをあたかも写経のように自らの筆で書き写す行為を日常的に反復している。それは、古代と現代を繋ぐ複雑な意識層にダイビングする探求的な行為であると言える。作家としての自我をあたかも消し去るように古代と現代の時空間にワープする天壌無窮な意識体と化すのだ。芸術は作為の痕跡があると魂は宿らない。自然発生的(スポンテニアス)な時の訪れとともに真の芸術は誕生する。すなわち、エゴに囚われた意識構造から無意識へと離脱した瞬間に高次元のスピリットが瞬く間に形成される」と述べている。

 森は、生と死の循環、深層的で複層的な意識構造、そして北方系から南方系の多様な日本を表象する。現生人類の「心」の基体である無意識を解放し媒介させながら、古代から現代、さらに未来への視座を本展で投げかけ、私たちにどこから来てどこへ向かって行くのかを問いかける。