EXHIBITIONS
総合展示 第4展示室 特集展示
石鹸・化粧品の近現代史
国立歴史民俗博物館は、日本の美容観や衛生観に影響を与えてきた石鹸と化粧品の歴史を商品と広告類を使って紹介する展覧会を開催。明治時代〜平成時代初めの化粧品類を取り上げた2016年の同館企画展示「身体をめぐる商品史」に続いて、今回はより古い時代までさかのぼり、幅広い企業の資料を展示する。
日本の化粧品の工業製品化が進んだのは、明治時代に入ってからのこと。商品の中心はスキンケア商品や石鹸、歯磨、香油で、洋装に対する抵抗感から口紅やアイシャドウのような口や目を際立たせる商品は1930年頃まで普及しなかった。
30~35年あたりにメイクが流行し、一時的に化粧品の生産量が増加。しかしそれ以降は原料不足のために生産自体が政府の統制に置かれ、戦後までの長いあいだは贅沢品として日常的に使えるものではなかった。化粧品業界が本格的に復興したのは、高額だった物品税が下げられ、口紅のキャンペーンが始まった60年代中頃以降。そして、80年代に機能性を重視した商品が次々と売り出され、90年代にはメイク専門雑誌が刊行されるに至るまで化粧品が一般に普及していった。
いっぽう石鹸やシャンプーについては、弱酸性の髪を傷めにくいシャンプーが家庭に普及した歴史は浅く、本格的に流通するのは2000年代から。1987年以降に「朝シャン」という言葉が流行し、髪の毛を毎日洗う習慣となった。
本展示では、花王やライオン、ミツワ石鹸など日本の化粧品・トイレタリー会社の商品を多数展示。時代ごとの石鹸・化粧品を通して、戦時下の化粧品業界の時代背景や当時のデザイン、日本の美容観や衛生観の移り変わりをたどる。
日本の化粧品の工業製品化が進んだのは、明治時代に入ってからのこと。商品の中心はスキンケア商品や石鹸、歯磨、香油で、洋装に対する抵抗感から口紅やアイシャドウのような口や目を際立たせる商品は1930年頃まで普及しなかった。
30~35年あたりにメイクが流行し、一時的に化粧品の生産量が増加。しかしそれ以降は原料不足のために生産自体が政府の統制に置かれ、戦後までの長いあいだは贅沢品として日常的に使えるものではなかった。化粧品業界が本格的に復興したのは、高額だった物品税が下げられ、口紅のキャンペーンが始まった60年代中頃以降。そして、80年代に機能性を重視した商品が次々と売り出され、90年代にはメイク専門雑誌が刊行されるに至るまで化粧品が一般に普及していった。
いっぽう石鹸やシャンプーについては、弱酸性の髪を傷めにくいシャンプーが家庭に普及した歴史は浅く、本格的に流通するのは2000年代から。1987年以降に「朝シャン」という言葉が流行し、髪の毛を毎日洗う習慣となった。
本展示では、花王やライオン、ミツワ石鹸など日本の化粧品・トイレタリー会社の商品を多数展示。時代ごとの石鹸・化粧品を通して、戦時下の化粧品業界の時代背景や当時のデザイン、日本の美容観や衛生観の移り変わりをたどる。



