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「無重力アトリエ」で描かれる絵画とは? 椹木野衣が見た牛波

中国の現代美術の新星として将来を嘱望されていた画家・牛波(ニュウ・ボ)。日本からニューヨーク、そして再び中国に戻っていた牛波が、ついに活動を本格化させています。 2015年9月24日~10月31日、北京の樹美術館で開催された「Facing west looking east? 牛波展」を、椹木野衣が読み解きます。

山中で修行する牛波 撮影=牛光

椹木野衣 月評第88回 無重力アトリエから新・洞窟絵画へ
「Facing west looking east? 牛波展」

1990年代初めに彗星のごとく日本で頭角を現して以来、牛波(ニュウ・ボ)は、先日、日本での個展を終えた蔡國強を継ぐ、さらに若い中国・現代美術の急先鋒として、まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いにあった。

大空にセスナ機を飛ばし、数キロ四方に及ぶ飛行機雲で描かれる「大空絵画」。無重力実験機を改造し、大気圏内に一時的に無重力状態をつくり出し、その中でみずから絵を描く「無重力アトリエ」。これらは、蔡の「火薬絵画」と並び、ちまちまと「ガラパゴス化」しがちな日本の現代美術界に、たいへんなスケール上のインパクトをもたらした。

牛波 如来藏 2015 金泥紙、銀泥紙に墨 537×850cm 樹美術館蔵

だが日本では、その底知れぬポテンシャルを持て余したのだろう。まもなく牛波は活動の拠点をニューヨークに移す。そしてNASAに協力を求め、より大規模な無重力アトリエによる世界一周制作計画を立案し、実現へと着々と歩みを進めつつあった。私が彼と知り合ったのも、この頃のことである。

すでにニューヨークの有力なギャラリストとの知己も得ていた。もし彼が「普通のアーティスト」だったら、新時代の中国を象徴する新たな「スター」として名乗りを上げるのは、そんなにむずかしいことではなかったはずだ。

ところが牛波は一転。遠いチベットに思いを切り替え、彼の地で永く伝えられてきた鳥葬に強い関心を持つようになる。そして現地で、修業ともパフォーマンスとも制作ともつかぬ世界に没入すると、やがて、私たちの前から忽然と姿を消した。

そんな牛波が今年、突如として中国のアート界に帰り咲き、いま大変な評判を呼んでいる。実はその後、彼は、中国の山深くに籠り、少なからずの者が命を落とす本格的な仏教の修業に没頭していたのだ。

牛波 文心 2008 金泥紙に墨 178×96cm 樹美術館蔵

暗闇だけがすべてを支配する洞窟でひとり過ごす荒行を経たうえで、純粋な闇の中で非・光学的に見えてくる閃光の現われを目の当たりにした牛波は、ついに新たな絵画の制作に着手。これらを定着するため、金箔・銀箔を貼った特殊な支持体をつくり上げ、中国の故事にならい、手製の巨大な筆をも自作。

修業場に根を張る樹から縄で身を吊り、簡易の無重力状態をつくり出し、岩場の山肌に非均衡に張り巡らした支持体上に宙吊りとなって一気に描く、まったく新しい「水墨画」をつくり出した。その膨大な成果の一端を披露したのが、今回ここで評する個展なのである。

「牛波」展 展示風景

そこでは、これまでの遠大な「迂回」が、誰にも予想がつかぬかたちで凝縮・再生され、まるで大宇宙の星雲のように生成・爆発している。さらに牛波は漢字の発生を独力で歴史を遡り、いちから研究。近く、中国の漢字研究に一石を投ずるであろう大部の著作として刊行する。私が北京で見た新作には、これらの知見と技法が、惜しげもなく投げ込まれていた。

こうして、文字が文字として発生するか否かの、かたちと意味がせめぎ合う発生の現場にまで辿り直し、牛波は、観る者を容赦なくその渦の中に落としていく。近くいまいちど日本に戻り、「無重力アトリエ」を再現する計画もあると聞く。あれから四半世紀あまりが経ち、今度は牛波がいったいどんな「無重力絵画」を描くのか。大いに期待したい。

PROFILE
さわらぎ・のい 美術批評家。1962年生まれ。近著に『後美術論』(美術出版社)、会田誠との共著『戦争画とニッポン』(講談社)など。8月に刊行された『日本美術全集19 拡張する戦後美術』(小学館)では責任編集を務めた。『後美術論』で第25回吉田秀和賞を受賞。

information

会期:2015年9月24日~10月31日(終了)
場所:樹美術館 ARTTREES MUSEUM
牛波(ニュウ・ボ)は1960年中国・北京生まれ。1992年に「大空絵画」、「無重力アトリエ」などのプロジェクトを実施。《泉水》(1993)は永久展示作品として板橋区立美術館の男子トイレに設置されている。本展では、20年にわたりアジアで修行をしながら制作した作品を、30年ぶりに、故郷の北京で展示。中国文明の歴史を、独自の視点で解明し、新たな水墨の表現を行った。

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