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櫛野展正連載「アウトサイドの隣人たち」:まとまりきらないほど 人生はいい。【3/3ページ】

 KANくんが小学6年生ぐらいのときから、二宮さんは、子どもたちの作品をデザイン化して商品開発や企画展を開催するようになったが、転機となったのは、企業の新商品である海老のエキスでつくったタバスコである「エビスコ」のパッケージデザインをKANくんに描いてもらったことだ。

「エビスコ」のパッケージ 撮影=近藤ゆきえ

 「5つくらい提案したデザインのなかから、KANが描いた文字が採用されたんです。もちろん障害の有無なんて事前に伝えてはいないんですけど、これはデザインとして使えるんじゃないかと考えるようになりました。いまでは、私が描くよりよっぽど味わい深い文字やイラストを描いてくれるんです」。

制作中のKANくん

 そんなHAHAHANO.LABOのアートプロジェクト「クビかウチクビか」は、開始早々、壁にぶち当たった。KANくんの新しい仕事を探すために始めた企画だったにも関わらず、すぐに再就職先が決まってしまったのだ。「あなた、どうするの?」と問う母親に対して、「じゃあ解散します」と告げるKANくん。こんな感じで親子喧嘩が日常的に勃発してしまう二宮家だけれど、言い争っている最中でも、ふいに飛び出す名言を二宮さんはなんとか書き留めようとしている姿はどこか滑稽だし、想像するだけで笑えてくる。

 結局、「クビかウチクビか」はKANくんに限らず、障害のある人たちの新しい働き方を考えるプロジェクトとして愉快に走り出している。いまでは毎月のように、特別支援学校を卒業して社会人となった10名ほどのメンバーが集まって、近況や自分たちの仕事のことを話し合っているけれど、「きっと、仕事に不満を持っているはずだ」という周囲の大人たちの思惑をよそに、全員が「いまの仕事に満足している」という意見を述べ、二宮さんはあたふたして頭を抱えている。でも、そんな姿がどこか微笑ましくもある。

クビかウチクビか会議の様子 撮影=近藤ゆきえ

 「私がやりたかったことは彼らが叶えてくれました。私にはオリジナリティはないのに、彼らに貰ったものから次々と仕事が来るんですよね。でも、障害のある彼らは評価されたいとは思っていなくって。なんだったら、せっかくの依頼を断っちゃう場合だってありますから。彼らから提供された素材をいじっている時間が、私にとっては至福の時間なんですよね。それに彼らは決断力があるので、デザインに迷ったら相談するんです。それが意外と良かったりもする。そのあたりの生き方や決断力などは信頼していますよ」。

KANくんの文字とイラストを使ったデザイン
KANくんの文字とイラストを使ったデザイン

 二宮さんは、これまでKANくんを育てていくなかで「あなたは障害があって色々できないんだから不幸なことなんだよ」と思わず伝えてしまったことがあるという。そのとき、KANくんは「母さん、俺は幸せですけど、何か?」と答えたんだとか。なんだろう、この肩透かし感は。世の中ではウェルビーイングやダイバーシティなど、様々な横文字が喧伝されているけれど、こんな風に等身大で面白く日々に向き合っている親子っているのだろうか。二宮さんのドタバタでもスーパーポジティブな子育て論は、今後もっと多くの人を巻き込んでいくに違いない。未だ羅針盤の定まらない「クビかウチクビか」のアートプロジェクトだけれど、­静岡鉄道株式会社の共感を得て、障害のある人たちが従業員の悩みに応えるという前代未聞の公開座談会を開催することになった。少しずつ追い風は吹いてきているようだ。いいぞ、もっとやれ。みんなも、ぜひ声援を送ってほしい。

編集部

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