カミーユ・アンロは、1978年、パリ生まれ。様々なメディアを用いて、既存の知の体系をとらえ直すユニークな試みを行っている。スミソニアン博物館のデータベースをもとに、人類の収集と知の構築への執念を探求した《偉大なる疲労》は、2013年に第55回ヴェネチア・ビエンナーレ銀獅子賞を受賞した。
本記事では、2019年の個展に際して行われたインタビューを公開。東京オペラシティアートギャラリーで開催された「蛇を踏む」展の4章立ての展示構成の狙いや、作家のキャリアについて話を聞いた。
大切なのは本当の自分であり誰かを圧倒することではない。
哲学、文学、人類学、天文学など膨大な分野の知の体系を研究、受容、咀嚼し作品を制作するカミーユ・アンロ。映像、彫刻、インスタレーション、ドローイングなど、様々な実践に昇華される、その創造的な作品と制作プロセスについて話を聞いた。
「蛇」が表す、線と時間の概念
──私はパレ・ド・トーキョーであなたが初めて映像作品を展示した初期の2003~04年頃から作品を拝見しているので随分長く作品を見せていただいている感覚があるのですが、日本での展示も今回が初めてではないですね?
アンロ はい。映像だけの小さな展示を2005年に原美術館で行いました。大規模なものは今回が初めてです。私は日本から大きな影響を受けているので、正直日本で展覧会をすることが怖かったんです。ドローイングを筆で描くのも、子供の頃に父が日本に行くたびに和紙と墨を持って帰ってきてくれたから。いまでもずっと使っていますし、ドローイングにおける伸びるような人体の変形の仕方などは、日本のアニメからの影響も否定できません。
──まず展覧会タイトル「蛇を踏む」について質問させてください。あなたの作品で蛇が特別な意味を持っていることは知っていますが、同時期に開催されたピエール・ユイグ(*1)による「岡山芸術交流」のタイトルにも蛇(「IF THE SNAKE もし蛇が」)が含まれています。お二人で話して合わせたわけではないですよね?
アンロ まったくの偶然なんです。本展準備に際して、日本の現代小説をモチーフに新しいいけばなの作品をつくろうということになり、推薦してもらった本のリストに川上弘美の『蛇を踏む』(1996)がありました。読んでみたら、とても気に入り、私の仕事とのつながりを感じました。タイトルは、運や不運についての問いや変容の概念、罪の感覚との関係、間違いや危険性、偶然性など、冒険の始まりを感じさせる素晴らしいものだと思いました。ぜひにと選んだタイトルではあったのですが、その後ピエールの展覧会の題名にも「蛇」が入ってると聞いて、ピエールに連絡してどう思うか聞いたところ、面白い偶然じゃないかという反応でした。