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空間を読み替える映像とともに、美術館という場を更新する試み。畑井恵 評「志村信裕 残照」展

千葉県立美術館にて、同県ゆかりの現代美術作家を紹介する展覧会シリーズの第1弾となる「志村信裕 残照」展が開催中だ。映像インスタレーションなどを手掛けてきた新進アーティストの活動を、美術館の構造を生かして章立てし紹介した本展について、千葉市美術館学芸員の畑井恵がレビューする。

文=畑井恵

志村信裕 Dress 2015 © Ken Kato

残照が映し出すもの

 千葉県立美術館で開催中の「志村信裕 残照」は、千葉県にゆかりのある新進作家を紹介し、同時代の美術に親しむ展覧会シリーズの始まりとして企画された。カラフルなボタンが次々と落下する映像が、その前に身を置く鑑賞者にも降り注ぐ《jewel》(2009)に始まり、「羊」をめぐってフランス・バスク地方と千葉県成田市に取材した新作《Nostalgia, Amnesia》(2019)に至る会場構成は、千葉県在住の美術家・志村信裕のこれまでの活動を総覧しながら、これからの展開を期待させる。それはまた同時に、美術館そのものの佇まいを更新しようとする、企画者の熱意が感じられる試みでもあった。

《jewel》(2009)の展示風景

 《jewel》が投影される壁の向こう側に、暗闇のなかで光を追えば、《光の曝書》(2014)、《bucket garden》(2012)と続き、さらに奥へ進むと、《Dress》(2015)が現れる。開いた本の頁、バケツに張った水面、天井から吊るされた無数のリボンと、いわゆるスクリーンではないものに映し出される作品との接し方は、子供から大人まで、鑑賞者それぞれの身に委ねられていた。壁に仕切られない開放的な場を与えられた作品は、それらを堪能する鑑賞者を含んだ空間をもって、それぞれの存在感を見せていた。

 続く展示室では、《Nostalgia, Amnesia》が30メートル以上の引きの視点から鑑賞できる。奥行きのある一部屋を丸ごと使った、本展のハイライトとも言える構成により、映像の存在感とも言うべきものに改めて圧倒され、45分の上映時間があっという間に感じられた。また、展示室入り口近くの壁面には、美術館の収蔵作品から選ばれた、ミレーをはじめとするバルビゾン派の油彩画が3点、やや高めの位置に展示されていた。そのいずれにも「羊」が登場することに、《Nostalgia, Amnesia》を見て気づかされる。薄暗い聖堂を思い起こさせる空間のなか、暗闇から浮かび上がるように光が当てられている様は、殊に印象的であった。

「志村信裕 残照」展第8展示室の展示風景。奥が《Nostalgia, Amnesia》(2019)、手前3点は同館所蔵の絵画作品 © Ken Kato

 次回作では「馬」をテーマにリサーチを進めるなど(*)、近年の志村の制作においては、「動物」が大きな位置を占めている。動物をテーマに追求することで浮き彫りになるのは、むしろ動物の外側にある、人間や社会の問題である。国や地域を超え、普遍的なモチーフを糸口としたフィールドワークを経て制作された《Nostalgia, Amnesia》からも、表層的な社会状況にとどまらず、人の営みの本質にふれようとする志村の姿勢がひしひしと伝わってきた。

 個々の作品制作にあたり、志村は、その動機を得た展示空間、あるいは様々な縁からリサーチを行うに至った地域など、特定の場所に潜在する背景や物語を丁寧に見つめ接する姿勢を貫いてきた。その誠実な手つきは、今回の展覧会構成にも自ずと反映され、志村の映像作品は、美術館そのものをスクリーンとして展開されていたと言える。おそらくはそれゆえに、会場を後にするときに沸き起こった、名残惜しさのような後ろ髪を引かれる感覚。美術館の息吹あるいは体温のような気配について、想像を膨らませるなら、それはすなわち、作家や作品とともに私たちは、美術館という場の物語を何度でもつくり替えていけるという実感だったのではないだろうか。

《Nostalgia, Amnesia》(2019)より Courtesy of Yuka Tsuruno Gallery

 千葉県立美術館は、同県在住の美術作家たちの発表・活動の場としての役割を期待され、1974 年に開館した。代表的なコレクションに、近代日本洋画の先駆者として活躍した浅井忠、近代日本洋画に影響を及ぼしたバルビゾン派の画家フランソワ・ミレーや、印象派の画家オーギュスト・ルノワール、香取秀真や津田信夫を中心とした金工史上の代表的な美術家の作品などがある。「みる・かたる・つくる」総合的な美術館活動を基本方針とし、陶芸、金工、版画など、コレクションとの接続を意図した幅広いジャンルでのワークショップや実技講座を継続的に行うほか、団体展の活動の場としても歴史を積み重ねてきた。

 いっぽう、多くの地方公立美術館と同様、作品購入及び展覧会事業に関する予算削減が続く厳しい状況下、長らくコレクションベースの展覧会が主としてあり、本展のような映像作品を中心とした現代作家による自主企画展は開館以来初の試みとなる。このたび、例えば《Nostalgia, Amnesia》との関係性を通して、同美術館では過去に何度も紹介されてきたバルビゾン派の油彩画を、これまでとは異なる視点でとらえた鑑賞者も少なくなかったのではないか。コレクションを多様な視点から見直す機会ともなった本展の構成は、西洋の近代絵画が、収蔵作品としていまここにあることの意味を拡張しようとする態度としても、大変興味深く感じられた。

「志村信裕 残照」展より、作家によるテキストとワークショップ成果物の展示風景 © Ken Kato

 気がつけば徐々に遠のいていく「近代」、あるいはその後の「現代」にさえ、私たちはつねに向き合い、言葉を尽くし、新たな意味を積み重ねることができる。開館より半世紀近くの年月が経過した美術館における実践は、コレクションを含めた「美術館」という場に、まさに光を当て直そうとしていた。千葉県ゆかりの日本画家、東山魁夷の代表作を思い起こさせる展覧会タイトルは、その幕開けとしての本展の意義を、如実に物語っているのではないだろうか。

*──国内外の炭坑馬の歴史に光をあてた次回作は2021年完成予定。2年間にわたる作品制作にあたって「Pit Pony Project」を立ち上げ、広く支援を募っている。https://pitponyproject.stores.jp

編集部

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