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REVIEW - 2018.9.20

アジアのアートアワードの現在を探る。
服部浩之評「APB シグネチャー・アート・プライズ 2018」

世界各地で開催されているアートアワード。シンガポールで、アジア圏内の46の国と地域から113作品がノミネートされる大規模なアートアワード「APB Foundation Signature Art Prize 2018」のファイナリスト展が開催された。本アワードにノミネーターとして参加したインディペンデント・キュレーターの服部浩之が、その内容に迫る。

文=服部浩之

展示風景より、ファン・タオ・グィン《Tropical Siesta》(2015–17) Courtesy of Singapore Art Museum

アジアにおける現代美術の展開と地域性

 日本ではVOCA展のような平面作品に限定したアワード展は歴史があり定着しているが、近年は日産アートアワード(*1)やAsian Art Award(*2)など、規模の大きな現代美術のアワード展が国内で注目を集めつつある。また、日産アートアワードは、グランプリ受賞者には賞金と海外でのレジデンスの機会が提供されるなど、アーティストのキャリア形成にも一定の存在意義を示していると言える。しかしながら、日本で開催されるアートアワードは、日本語を話し日本に居住するアーティストを対象とするものがほとんどで、国内に閉じられていることも忘れてはならないだろう。

 そんな折に、シンガポールではアジア太平洋を中心とした46の国と地域から113作品がノミネートされる大規模なアートアワード「APB Foundation Signature Art Prize 2018」のファイナリストによる作品展が開催されている。タイガービールの醸造で知られるアジア太平洋酒造協会(Asia Pacific Breweries Foundation)とシンガポール美術館が2008年に共同で設立したトリエンナーレ形式のアートアワードで、2018年5月に第4回展がオープンした。回を重ねるごとに規模を拡大し、今回は中央アジアが初めて加わった(*3)。

 アワード実施の流れとしては、14年から16年の3年間に発表された作品を、アジア各地38名のノミネーターが17年春に選出し、同年秋頃に5名の審査員による一次審査会が開催され15名のファイナリストが決定し、18年に展覧会が実現する(*4)。そして、展示作品によりグランプリ、審査員特別賞、観客賞などが決定される。本アワードの構造において独自で興味深い点は、選出された作家がコンペのために新作をつくるのではなく、既発表作を再展示することにある。日本の多くのアワードでは、アワード展のためにアーティストが短い期間で新作をつくよう要望されることがほとんどだが、ここではノミネーターはアーティストを推薦するのではなく、ノミネーターが居住する国(地域)で過去3年間に発表された作品を推薦するのだ。そのためノミネーターは、展覧会の文脈とは切り離し、再展示の可能性なども考慮しながらも特定の作品を選出する。

APB Foundation Signature Art Prize2018 授賞式の様子 撮影=服部浩之

 今現在という瞬間や最新のものを求めるのではなく、数年前に発表された作品群を一呼吸おいて一堂に会すことで、この3〜5年のアジアにおける現代美術の動向やアーティストの活動を俯瞰する試みは、美術館らしい態度の現れではなかろうか。またファイナリストとなった作家にとっては、性急に新作をつくるのでもなく、テーマとの関係などが重視される従来の展覧会のあり方からも解放されて、すでに立ち上げた作品を改めて発表することで、その作品自体や彼/彼女の関心を再考する機会ともなるだろう。

 アジアの広い地域を射程に据えたアワードが、東南アジアのハブで中心的都市であるだけでなく、この10年の文化芸術機関の飛躍的な展開により存在感を示すシンガポール(*5)にて実施されることは、必然と言えよう。アジア太平洋と括られる一帯に属する国や地域は、周知のとおり地理や社会状況の差異、人種、民族の広がりや混交、それに伴う言語や食生活の違い、さらに植民地問題とも無関係ではない宗教や信仰の複雑な交わりを持ち、「多様性」という表現が陳腐に聞こえるくらい幅広く多様である。

 そんななかで本アワード展からは、現代美術を各地域がいかに受容しそれぞれに発展させてきたかが、作品群からよく見えてきた。世界中に流布したキリスト教などの宗教が、各土地の状況に応じその地の土着の信仰などと混ざり合い、独自のかたちで受容・形成されるように、まさにアジア各地で近年現代美術においても同じような受容・混交・ 展開が見られる。西欧をいかに受容し、その土地の状況と折り合いをつけながら独自の美術史を形成するかは、非西欧圏の様々な地域で度々課題として思考され続けてきたことだろう。すでに模倣や追随の時代ではないことは周知の事実だが、現代美術としての表現形式やルールが踏襲され共有されることで、各作品に表れる作家の身体経験の痕跡や彼/彼女が生きる場所の現実や差異が豊かに浮かび上がり、意外にも「地域性」が強く現れているように感じた。もちろん、地域の特徴をアーティストが作品を介して表現しているという意味ではない。

 各作品の考察や分析・分類などは、展覧会を担当したキュレーターのルイス・ホーのエッセイ(*6)において詳述されているため、ここでは簡潔に言及するにとどめるが、例えば、山城千佳子が出展作《Mud Man》について、「人が生まれた場所についていかに学ぶか、そして歴史についての記憶をいかに獲得するかを描き出したもの」(*7)と述べるとおり、彼女が築く物語を通じて沖縄という土地の現在や歴史的出来事が見事に描出されているが、同時に「記憶」という言葉が示すとおり、作家の身体感覚や現在晒されている状況のようなものも各所に滲み出ていた。他多くの作品にも、類似した感覚や作家の身体性の表出がよく感じられた。

展示風景より、山城千佳子《Mud Man》(2016) 撮影=服部浩之

 全体としては、音や映像など動きのあるメディアを中心として社会状況に言及したり身体に訴えかける作品や、引用や並置の手法を多用するアーカイバル・マテリアルを扱う作品が存在感を放っていた。大きな理想やイデオロギーを語るようなものはあまり見られず、政治や社会、地政学、歴史、気候風土、民族や現代的習慣など関心の幅は様々だが、作家が暮らす(あるいは拠点とする)土地が潜在的に孕む具体的な出来事を起点に、作家自身の生や身体と結びついた、地に足のついた表現が目立った。それもあって、それぞれのローカリティが様々な方向から描き出されているという印象が強かったのかもしれない。反面、大上段に構えるような作品が少しくらいあってもよいのでは、と思えてしまう側面もあるのだが。

 世界中を飛び回り絶えず移動を続ける人、複数の土地を拠点とする人がますます増加するなか、国や地域、あるいは土地への帰属意識や、生きる環境による思考や価値観の差異が希薄になっていくのではと思い込んでしまいがちなのだが、依然として、良くも悪くも地域間の差は存在するし、表現されるもの(=作品)は、その表現者が軸足を置く環境に強く影響を受け、ある意味それを反映するものであるという、きわめて当たり前のことを再認識する機会となった。

*1―― 日産アートアワードは、日産自動車の主催により2013年より2年に1回開催され、2017年に3回目を実施した。

*2――Asian Art Award supported by Wearhouse TERRADA。2017年に第1回が開催され、翌2018年に第2回が実施された。日本からアジア、アジアから世界へと、国際的な活躍が期待されるアーティストの支援を目的に創設された現代アートのアワード。

*3――中央アジア6ヶ国の参加については、Dr. June Yapによるカタログ序文に簡潔にまとめらている。Dr June Yap, “Foreword,” Asia Pacific Breweries Foundation Signature Art Prize 2018, 2018

*4――審査員のひとりに、片岡真実(森美術館チーフキュレーター)。日本のノミネーターとして、米田尚輝(国立新美術館研究員)と著者が参加。

*5――最近約10年間のシンガポールのアートシーンの形成については、本展キュレーターのLouis Hoによるカタログ寄稿エッセイにおいて言及されている。Louis Ho, “A Prize and A Locale, and the Locus of a Prize,” Asia Pacific Breweries Foundation Signature Art Prize 2018, 2018

*6――Louis Ho, “A Prize and A Locale, and the Locus of a Prize,” Asia Pacific Breweries Foundation Signature Art Prize 2018, 2018

*7――山城千佳子によるステイトメントより(日本語訳は著者) Artist Statement by Chikako Yamashiro, Asia Pacific Breweries Foundation Signature Art Prize 2018, 2018