2020.7.10

アートを介してコミュニティをつくる。取手市「たいけん美じゅつ場(VIVA)」の挑戦

JR取手駅の駅ビル「アトレ取手」にオープンした、文化交流施設「たいけん美じゅつ場 VIVA」。アートを介してコミュニティをつくることを目指すこの施設の特徴とオープンまでの過程、今後の展望とは。

聞き手・構成=肥髙茉実

右から武田文慶(株式会社アトレ)、五十殿彩子(VIVAディレクター・取手アートプロジェクト事務局)、森純平(VIVAディレクター・東京藝術大学助教)、「たいけん美じゅつ場 VIVA」にて
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 取手市、東京藝術大学、市民によるアートプロジェクト「取手アートプロジェクト」(TAP)や、東京藝術大学取手校地の誘致など、様々なアート活動に力を入れてきた茨城・取手市。しかしながら、JR取手駅を経由しないつくばエクスプレスの開業や、近年の都心回帰の傾向から、中心市街地の空洞化や少子高齢化の問題に直面し、駅ビル「アトレ取手」の売上も低迷していた。

 この問題に取り組むため、取手市・東京藝術大学・JR東日本東京支社・アトレが連携し、アトレ取手の4階に昨年12月にオープンしたのが、「たいけん美じゅつ場 VIVA」だ。VIVAは、アートを介してまちに新しいコミュニティを形成することを目的とした約685坪の広大な文化交流施設。2015年の構想から完成まで約5年を費やした。その特徴とオープンまでの過程、今後の展望を、本プロジェクトの企画・基本設計を担当する森純平とアトレ営業課の武田文慶、アトレからVIVAの管理運営を受託したTAPの五十殿彩子に聞く。

空いてしまった約250坪のスペースに

 取手駅の駅ビルの商業環境が変化し始めたところからスタートしたVIVA。問題解決の手段として、なぜアートが選ばれたのか。新事業を立ち上げるに至る経緯を聞いた。

武田 「つくばエクスプレスが開通したことで、取手駅の乗降客数自体が大幅に減り、駅ビルの売上もピーク時に比べると半減し、果たしていまのままの事業を続けていけるのかという疑問が生まれ始めた頃、250坪もの入居店舗がありましたが、退店してしまったので、この広大なスペースをどうするのかが課題となりました。当時、何度か取手市在住のアーティストとワークショップを開いた経緯があったので、何をやったら面白いかを彼らに相談し、結果的に東京藝術大学の学生6名と駅ビルのなかに室内公園をつくることになりました。これがVIVAの前身『ハレメクテラス』です。ハレメクテラスは、地元の中高生やご高齢の方が多く利用されていて、まるで放課後の部室のようなゆるさでした。『居場所』や『コミュニケーションをとるためのスペース』を求めている方の多さを感じました。

 ハレメクテラスの存在は一定の方に支持されていたものの、商業として上向きに転換出来た訳ではなく、その後も増える空き区画に入居して貰える店舗を探し続けていたが、なかなか見つけることはできませんでした。ビジネスにおいては既存事業の継続が難しいと考えた場合、通常であれば進退の検討になりますが、アトレはJR東日本のグループ会社としてインフラを維持する責務があり、できる限り撤退という選択はしたくない。そんな折、当時の(故)石司次男会長が「他のアトレと違ってたって良い、取手は取手らしい楽しさを見つけよう」といってくれたことが大きな意識改革となり、都内でできないことでも、取手でなら可能なチャレンジングなことをしようという方向性が生まれました。同時期に、JR東日本も地域活性に力を入れていたので、意見が合致して連携が決まりました。事業のイメージを東京藝術大学の日比野克彦教授や伊藤達矢特任准教授らと膨らませ、さらに取手市が加わり、4者で手を組んで事業をスタートさせたのが2017年です。構想段階から完成まで、4~5年かかりました。

 事業継続困難になる商業施設は増えているので、僕らアトレとしてもビジネスの新しいモデルケースを検証したかったという側面もあります。どんどん新鮮なことをして、はたしてそれがうまくいくかどうかも含めて検証に踏み出しました」。

VIVAパーク
工作室

アートを介して人々が繋がる場所へ

 VIVAは、東京藝術大学の卒業修了作品の保存と展示を両立する「オープンアーカイブ」、専門的な工具や3Dプリンタなどの最新機械まで幅広く揃う「工作室」、市民やアーティスト、学生の作品などを展示する「とりでアートギャラリー」、何をしてもいい、あるいは何もしなくてもいい「VIVAパーク」、「ラーニングルーム」、アートと旅をテーマに選書した「ライブラリー」の6つのスペースから成る。運営を行うTAP、そして人と人、人とアートを結ぶアート・コミュニケータという新しい市民の役割に期待が寄せられる。

 「空間の話からすると、僕は設計から携わりましたが、目線の高さもところどころ変えて、自由に寝っ転がったりできたらいいなと。なるべくいろんな過ごし方ができるような空間を心がけました。また『工作室』や『ラーニングルーム』など様々な機能も設置されています。でも、本当にこの場所を生かしていくためには、運営する側がどのような理念を持つかが重要なのだと思います。とくに設置主体のアトレさんの思いは大切ですね」

武田 「はい、先ほどもお話ししたように、アトレにはまちのインフラを維持していく責務があると思っています。とくに食料品や日用品はどれも大切なインフラです。ですが、消費的行動が先行していた社会から、サスティナブルな社会へと人々の意識も変化しつつあるいま、私たちはもうひとつの大切なインフラにも目を向けなくてはなりません。それは日常生活のなかに、誰もが居心地よく居られて、ふと誰かと出会えるような、心身ともに安全で安心できる場所があるということです。本来ショッピングセンターにはそうした場所としての期待も寄せられているのだと思います。なので、私たちはVIVAを地域にとってなくてはならない、人々の生活を支える「もうひとつのインフラ」として機能させていきたいと考えています。また、こうした取り組みは、取手市におけるアトレの役割を同時代的なものへと更新させていくことにつながるとも感じており、VIVAでの活動を通して、地域の信頼をさらに得ていくことは、会社としても大きなメリットになると確信しています。

 ですから、取手で20年間のアートプロジェクトを続け、市民に馴染み深いTAPや、文化的に信頼のある東京藝術大学と協働することでどんどん新しいことに挑戦したいんです」。

五十殿 「TAPは行政、大学、市民という異なる機関が協働で運営してきた経緯から、様々な立場の人たちがフラットな関係でいられることを心がけ、顔が見える関係性を大事に活動を続けてきました。おかげさまで地域の方たちの理解や共感をいただいてきましたが、やはり誰でもいつでもアクセスできるものが足りていないという課題がありました。また取手は、たくさんのアーティストが創作活動をしていたり、アートイベントやワークショップも開催されていたりしますが、その力をいまの社会にどう活かしていくかが課題でした。なので、今回、駅前にこのような場所ができ、アートを介して多様な人たちがつながり合えるコミュニティをつくれるチャンスになると大変期待していました。でもそんな最中にコロナ禍でした。12月にオープンして数ヶ月経ち、学校帰りに高校生たちが雑談を楽しんだり、サラリーマンがパソコンを広げて仕事をしたりと、VIVAはすっかり取手の日常に馴染んでいたところだったのに、休止せざるを得なくなり残念でなりませんでした。

 再び始動したいま、この空間を一般から募集した25名のアート・コミュニケータの方たちと一緒に一から練り直し、新しいコミュニケーションのかたちを模索していきたいと思っています。アート・コミュニケータとはアートを介してコミュニティをつくることを私たちと共同で取り組んでくれる人たちのことです。東京都美術館と東京藝術大学が連携する「とびらプロジェクト」から始まり、札幌文化芸術交流センターSCARTSや岐阜県美術館などでアート・コミュニケーションの活動が広く展開されています。こうした全国的なネットワークはVIVAを支える大きな力となっています」。

VIVAパーク
ライブラリー

東京藝大所蔵の卒業制作を保存公開する「オープンアーカイブ」

 東京藝術大学の卒業制作展では、毎年各学科から1作品が優秀作品として買い上げられ、東京藝術大学大学美術館に収蔵される。VIVAには、これまで特別な機会でない限り滅多に公開されることのなかった大学美術館収蔵の卒業制作の一部と、取手市が保管する卒業制作取手市長賞受賞作品等の公開と保存を両立させた空間が設置されている。

 「オープンアーカイブは展示室でも収蔵庫でもありません。普段は見ることができない作品を展示しつつアーカイブしている特別な場所です。ただ、アーカイブと言っても専門家だけで研究や整理をするのではなくて、それを市民と一緒にやりたいなと思っています。「たいけん美じゅつ研究所」と題し、ワークショップ形式で子供から大人まで幅広く研究員(参加者)を募集して、自分の目で作品を見て、自分の言葉で作品について語ってもらえる場にすることを計画しています。ひいてはそれが、先ほどの武田さんの話にもありましたが、訪れた人が安心して居られる場所をつくることに繋げていきたいと思っています。

 なぜそれが「安心して居られる場所」になるのかですが、例えば自分が思ったことを言葉にするってじつはとても勇気のいることだったりしますよね。人と違うことを言ったり間違ったりしたら恥ずかしいとか。でも、自分の話を聞いてくれる人がそこにいれば、安心感が生まれて話すことができるはずだと思うんです。そんな異なった価値観を受け入れ合える関係性の文化を作品鑑賞を通して育み、アーカイブしていきたいと思っています。

 取手市も外国籍の方が増え、多文化化しています。そのようななかだからこそ、ますます個々人の多様な感じ方や考え方が包摂される体験が必要なのだと思います。そして、そうした活動を行っていくには、美術の専門家だけではなく、アート・コミュニケータの存在がなくてはならないと考えています。

 それに、ここに展示されている作品は現役の作家の作品ばかりです。毎年卒業制作展が行われるたびに、収蔵作品も入れ替わる予定です。こうしたアーティストたちとも是非連携していきたいですね。

オープンアーカイブ

「ラーニング」の理想形を探る

 森は、千葉県松戸市のアーティスト・イン・レジデンス「PARADISE AIR」のディレクターをはじめ、美術館の設計にも携わるなど、アートを通じた様々な場をデザインしてきた。VIVAでは「ラーニング」を重要なビジョンとして挙げている。森がVIVAで目指す「ラーニング」のかたちとは何か?

森 「芸術文化とまちや暮らしとの関係性は、現在のあり方以外にも、もっといろいろなあり方があっていいと思います。社会福祉施設、病院や図書館のなかでラーニングに類する取り組みが生まれつつあったり、劇場が地域の広場に代わろうとする魅力的な動きも増えてきていますが、まだまだハードとソフトが合致していない印象です。

 VIVIAには取手で育まれてきた文化的な活動と商業が、奇跡的に混ざり合ったユニークなポテンシャルがあります。そんな場で人々がお互いの価値観を持ち寄り、シェアできる体験こそVIVAでしかできないラーニングになると思っています。大人も子供も皆対等な関係でいることが大切です。知識のある人がない人に何かを伝えるというかたちではないコミュニケーションをつくりたいです。そのためにはつねに多様な人々の活動が開かれ、可視化されていることが必要だと思いました。なのでVIVAでは、アート・コミュニケータたちの活動やワークショップの準備などが誰からでも見て取れるように、オフィスをガラス張りにしています。つねにこの場所で何かが企画されている動きが見えるんです。

 それと、取手市の教育委員会や小中高校とも積極的に連携をとっていきたいです。授業でもVIVAを活用していただいたり、放課後に何気なくVIVAを訪れた子どもたちが、アーティストに出会えるなんて素敵ですよね。東京藝術大学の学生と一緒にプログラムをつくるのも面白いかもしれません。​是非、多くの方にVIVAに立ち寄ってもらいたいと思っています。

オープンアーカイブ