INTERVIEW / PROMOTION - 2019.8.20

「Reborn-Art Festival 2019」 小林武史×名和晃平 対談

2017年に行われた、アート、音楽、食の総合芸術祭「Reborn-Art Festival」。2019年8月3日より開催される第2回は「いのちのてざわり」がテーマとなる。石巻市街地や牡鹿半島の豊かな自然のなかで繰り広げられる新たなアートと、そこで感じられるであろう「てざわり」には何が込められているのか。芸術祭実行委員長の小林武史とアーティスト兼キュレーターとして参加する名和晃平に話を聞いた。

(写真左から)小林武史と名和晃平 聞き手=田尾圭一郎(美術出版社) 撮影=原田教正

宇宙のなかで、我々は何を破壊し、再生しようとするのか?

━━前回は和多利恵津子・浩一さんが出品作家全員をキュレーションされたのに対し、今回は開催エリアごとにキュレーターがいて、複数のテーマ展となっていることが特徴だと思います。まずはその点について、背景を教えていただけますでしょうか。

小林 2003年に一般社団法人「ap bank」を設立してから、環境保護や自然エネルギー活用に取り組む個人や団体への支援を、ずっと続けてきました。その流れもあって、11年に東日本大震災が起きたときに、国の補助金など大きな経済力に依存するだけの復興では危ういのでは、という思いを抱きました。地域に根付きながら、中からエネルギーを発していくような復興の仕方を考えたときに、アートの力に気付かされたんです。

 海外のものも含めた多くの芸術祭では、1人のディレクターが方向を指し示すことが多いですよね。しかしReborn-Art Festivalの会場は大変な震災が起きた場所なので、もう一度積み上げていかなければならない。そのときに、1人が計画したプロジェクトを経験していくだけではなく、いろいろな人に思いを聞きながら「出会う」ことをしたかった。

 今回のように複数の人がキュレーションをするのは、僕にとっては「セッションする」感覚に近いと言えます。音楽だと、ちゃんと楽譜に音符を書いていく人や、その場を楽しみながら合わせようか、という感覚の人もいる。様々なセッションのやり方があるな、と思いながらやっています。

名和 キュレーションの経験があまりなく、最初は戸惑いましたが、近年ではキュレーターという概念も多様になっているため、アーティストとしてのキュレーションというのもありえるなと考えました。だとすれば、自分が「この人だ」と思う人に声をかけて、荻浜というエリアで作品に出合う総合的な場をつくってみようと取り組みました。

━━名和さんがキュレーションされた荻浜エリアには、柔らかいタッチのペインティングを制作する村瀬恭子さんからメディア・アートのWOWまで、幅の広い多様な作家が選ばれていると思いました。ご自身の作品も含めて、どのような場にしようと思われていますか。

名和 荻浜エリアの浜辺の小高い所には、前回(2017年)制作した《White Deer(Oshika)》が常設されているので、その作品と今回の展示場所のひとつである(同エリア内の)洞窟をどのように関連付けるかを最初に考えました。

小林 もともとあの洞窟は、戦時中に魚雷を隠すためにつくられたものだそうです。

名和 戦時中に急いでつくられた穴だからか、岩肌が荒々しく、その暴力性と自然が合わさった迫力のある場所です。下見に行ってまず思い浮かんだのは、暗がりの奥で赤く燃え続けている炎のイメージでした。洞窟は、原始的な生活の例として用いられたり、洞窟壁画や芸術の起源というニュアンスで扱われたり、様々な比喩になります。そして炎は、人間が日常的に用いるエネルギーのひとつであるいっぽうで、リスクを伴う原子力発電などの文明技術の比喩として「プロメテウスの火」と言われたりします。洞窟の中の炎というものが、観念的にも社会的にも、多くの人にとって何かを感じたり考えるきっかけになるのではないかと思いました。

名和晃平《White Deer(Oshika)》(2017)。第1回の展示作品だった本作は多くの人に歓迎され、キービジュアルにもなった。地元の写真家・渡邉樹恵子が撮ったこの写真は、今回のポスターとして採用された Photo by Kieko Watanabe(Pontic Design Office)

━━いっぽうで小林さんは、桃浦エリアのキュレーションを担当されています。

小林 牡鹿半島で生活する人々はこれまで自然と密接に関わってきましたが、震災後に大きな防潮堤ができたため、安全になったいっぽうで海と分断され、景観の喪失がもたらされてしまっています。ですが僕は、それを必ずしも良くないこととは思いません。防潮堤ができたことで、例えば反射したり渦を巻いたりと音の流れが変わりますよね。そういった場の変化を、いいかたちで使っていきたい。このエリアが時間を過ごす場になったらいいと思い、桃浦のエリアテーマを「リビングスペース」にしました。子供からおじいちゃんおばあちゃんまでが同じ場にいたり、旅人が何かを置いていったりと、「ごちゃ混ぜ」にできれば、と思いました。

 この「ごちゃ混ぜ」という感覚は、サステナビリティ(持続可能性)のある未来のためにap bankの活動を行っていくうえで、必要な言葉としてずっと頭にありました。整理整頓や役割を明確にしていくことで「アイソレート」されてしまうこともありますよね。だからといってもちろん何も考えないわけではありませんが、いろいろと置いてみることで、それらの周波数が重なったり、互いに反応したりすることもあります。

━━桃浦エリアで行われるナイトプログラム「夜側のできごと ─ Peach Beach, Sunset to Sunrise」は、まさに「ごちゃ混ぜ」を感じる楽しみな企画です。旧荻浜小学校やその近隣、海岸などを巡りながら、上映や公演、展示など様々な仕掛けを一晩かけて体験するもの、とお聞きしました。視覚が機能しにくい暗い環境下で、”いのちのてざわり“を感じやすい企画なのではと予測しています。小林さんはプロデューサーとしてこのイベントに関わられていますが、どんなお考えで企画されたのでしょうか。

小林 「夜側のできごと」は、桃浦というリビングスペースに様々な人が集まって様々なことをしながら一緒に過ごせれば、と思って企画しました。リビングスペースと言う以上、生活の時間軸の上で語られるべきで、やっぱり夜の濃密さを取り入れたいと思っています。

━━音やその反響にまつわる感覚や夜に行われるイベントは、音楽プロデューサーである小林さんらしい、視覚に頼らない体験を促すプロジェクトですね。都市部で生活をしていると視覚情報に埋もれがちですが、桃浦での企画を通して、日常とは異なる五感の刺激を得ることができそうです。

 東京に長く住んでいる私にとっては、震災直後に、ネオンで煌々としていた夜の街が節電の影響で真っ暗になったことが、東日本大震災のリアリティのひとつとして強く印象に残っています。鈍感になりがちだった嗅覚や触覚といった五感が鋭敏になったことを、今回のテーマである「いのちのてざわり」や先の「夜側のできごと」についてお話を伺っていて、思い出しました。

小林 そうなんですよね。なんでも用意周到であればいい、というわけでもない。桃浦のような地域だと、そういった夜により没入しやすいです。

━━都市だとそういう環境をつくりづらい。

小林 様々なことをどんどん合理的にやっていくと、「出会い」がなくなってしまう。芸術祭に付けられた「Reborn」という言葉には、そういう意味もあるのだと思います。

━━桃浦エリアでは、ほかにどのようなアーティストが参加されるのでしょうか。

小林 左官職人の久住有生さんが防潮堤の壁とは別に壁をつくり、そこをメディテーションルームのような空間にする予定です。ほかにもアニメーション作家の村田朋泰さんやアニッシュ・カプーアさんが出品しますし、草間彌生さんには新作を発表していただきます。

左から名和晃平、小林武史 撮影=原田教正

━━「Reborn(再生)」という単語は「東日本大震災からの復興」という命題と密接につながっていて、言葉が強く重い。しかしいっぽうで、我々がどうやって資本主義や経済社会から人間性を取り戻すのか、という問い掛けも含んでいて、後者は直接的に震災を経験しなかった人とも主観的に共有しうる。両者を包容する作品やテーマが今回も登場するのでしょうか。

名和 その通りです。被災地を訪れるたびに、震災の爪痕の深さや復興策による様々な弊害、今後も立ち直るまでには時間がかかるであろうことを肌で感じます。自分自身が直接的に震災を経験していないため、当事者の大変さをわかったように語ることはできない。だからといって、外から「当事者たちを助けたい」という作品をつくるのも、個人的には少し違うなと。そうしたことを芸術と直結させて表現するのではなく、もっと根本的なことを問いかけたいと思いました。

小林 前回に続き中心メンバーのひとりである人類学者の中沢新一さんが発案した「Reborn-Art」という言葉は「人が生きる術」という意味で、食や経済、アート、音楽、地域における伝統など様々な領域を舞台としています。

名和 震災直後に被災地を訪れた際には、街がそぎ落とされたような状況でしたが、いっぽうで物質の力が強く伝わってきました。車が押し潰されて、鉄の塊に戻っているんです。彫刻をつくり続けているからなのか、原始的な物質の迫力や瓦礫で覆い尽くされた空間の凄み、その暴力性は忘れられないものでした。

 宮城県出身の大友克洋さんはマンガ『AKIRA』(1982〜90 *1)のなかで、東京がいちばん勢いのあったバブル期のときに、その東京が破壊される様子を描いています。そんなふうに、クリエイターには都市や社会に対する警鐘を描こうとする衝動があるのだと思いました。

 置かれた環境が激変したときに、自分をそのショックから守るために逃避しようとする「サイキック・ナミング(心理的麻痺状態)」という言葉がありますよね。しかし、やはり現実をそのまま見ないといけない。突然現実を見させられ、やっぱり幻想のなかにいてはいけないんだ、ということに気付かされた部分が大きいのだと思います。

小林 そういう強さというのは、今回のテーマの「いのちのてざわり」にもつながっている。ただ滑らかなだけでなく、異物感や、手に当たる痛さ、怖さなども含めての「いのち」なのだと、震災を通して多くの人が、とくに日本人がギクッとなったのだと思う。日本では原子爆弾(*2)が2度投下され、『AKIRA』が描かれ、福島の原子力発電所の事故(*3)が起きた。この国で起きたいくつかの破壊と再生は、原子力エネルギーによる宇宙の一端です。これらは点と点でなくて、共振しているのだと思います。音楽と同じです。音楽は、演奏される楽器だけで完結しているのではなく、弦やボディ、空気が共振し、部屋に響いていく。

━━鮎川エリアのキュレーター兼作家として参加されている島袋道浩さんが「“いのちのてざわり”の“ざ”が重要」とおっしゃっていました。独特の感性でありながら、「いのち」の多面性につながる面白いご意見だと思います。

小林 濁点がないと「てさわり」ですからね(笑)。

 関連企画『四次元の賢治 -完結編-』(*4)は、岩手県出身の作家・宮沢賢治の童話や絵本をベースに中沢新一さんが脚本を書いたオペラ公演です。宮沢作品のキャラクターや台詞を引用しながら、花巻の動植物やブッダの宗教観、鉱物などの科学を折り重ねてできています。宮沢賢治の世界観はとても宇宙的で、石巻も、いまいるこの場所も宇宙の一端だと思わせてくれる。その宇宙観に、想像力だけが手を伸ばすことができる。

名和 荻浜エリアの参加作家の野村仁さんは、「宇宙の起源」や「生命と宇宙」をテーマにした作品をつくられている彫刻家で、今回は太陽を見るための装置の制作をお願いしました。「太陽を見る」という行為を通して、人間と太陽、社会とエネルギーの関係だけでなく、宇宙空間に太陽と地球があり、そのなかの局所的な空間で生きている無数の細胞の集まりのひとつに人間や鹿という種がある、というとらえ方ができるのではないでしょうか。この作品の入口は真北を示し、洞窟の“炎”と向き合っていることも重要です。あらゆるエネルギーの源を教えてくれるようです。

━━大きな宇宙観を感じながら、自然と動物、文明、人間性の「Reborn」を考える。この芸術祭がそういう機会になるのを楽しみにしています。ありがとうございました。

脚注
*1──週刊『ヤングマガジン』で1982〜90年に連載された、大友克洋によるSFマンガ。1982年、新型爆弾によって荒廃したのちに復興を果たし、翌年にオリンピック開催を控えた2019年の東京を舞台とする。主人公の金田正太郎と同じ暴走族のメンバー・島鉄雄、そして超能力を持つ「アキラ」を中心とする戦いと破壊の物語。20年開催の東京オリンピック・パラリンピックを偶然にも予言するかたちとなり、東京や都市像の再解釈に引用されるなど再び注目を集めている。

*2──第二次世界大戦中に広島(1945年8月6日)と長崎(同年8月9日)に投下された原子爆弾を指す。20万人以上が死亡し、多くの負傷者や健康被害者を出した。現在も毎年、犠牲者を慰霊する平和記念式典が両地で行われている。2016年には、現職のアメリカ大統領として初めてバラク・オバマ大統領(当時)が広島を訪問し、献花。今年4月には広島平和記念資料館・本館がリニューアル・オープンし、被害者の遺品や外国人被爆者の資料などを展示している。実戦で原子爆弾を投下された唯一の国として、国際的な平和の訴えや被害の伝承を日本がいかに行っていくかが問われている。

*3──2011年3月11日の東日本大震災によって起きた、福島第一原子力発電所の放射性物質放出事故。炉心溶融や爆発を引き起こす大規模な事態となり、現在も周囲の一部が帰還困難区域とされている。1963年に茨城県・東海村で行われた初発電以降、原子力発電所は原子力の(原子爆弾などの兵器ではなく)平和利用や地域産業のひとつとして歓迎され、50基以上が日本全国に設立された。しかしこの事故をきっかけに、その危険性や施設の老朽化などを踏まえた稼働の是非が議論されている。

*4──「Reborn-Art Festival 2019」の関連企画として、宮沢賢治の複数作品をベースに、脚本を思想家・中沢新一が、音楽を小林武史が担当しオペラに仕上げた舞台作品。宮沢は詩集『春と修羅』(1924年)の「序」のなかで、「すべてこれらの命題は/心象や時間それ自身の性質として/第四次延長のなかで主張されます」と残しており、「前後・上下・左右」の三次元に「時空(時間)」を加えたものとして「四次元」をとらえている。これらの考えは、理論物理学者のアルベルト・アインシュタインが当時来日したことや相対性理論からヒントを得ているとされており、宮沢が物理学や自然科学などの幅広い分野から宇宙観を構築していたことを推測させる。