2017.9.3

【ギャラリストに聞く】
ギャラリーなつか 長束成博

1985年に開廊したギャラリーなつかは、約30年にわたって絵画、版画、立体、インスタレーションなど、幅広い作品を展示。中堅作家のいっぽうで、今後活躍の期待される若手作家も精力的に紹介してきた。代表を務める長束成博に、これまでの活動と今後の展望について話を聞いた。

文=野路千晶

ギャラリーなつか代表・長束成博 Photo by Chika Takami
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「若手作家との出会いが、ギャラリーなつかを続けてきたエネルギー」

生家は額縁店

 現代美術を専門に扱う「ギャラリーなつか」がオープンしたのは1985年。銀座5丁目を経て、2012年より現在の京橋のスペースを拠点に活動を続けている。

ギャラリーなつか 外観 Photo by Chika Takami

 代表を務める長束成博の祖父は昭和初期にカメラの製造を行う「東郷堂」を設立後、戦後は額縁店に。多種多様な額縁や、美術展関連の資料などが身近にある家庭で長束は育った。額縁に飾られる古典的なスタイルの絵画ばかりのなか、15歳のときに訪れた東京国立近代美術館の「マグリット展」をきっかけに、美術へ関心を抱くようになる。「いままで見てきた絵画とはまったく違う新しさを感じた。“こういう作品も美術館にあっていいのだな”と衝撃を受けたことを覚えています」。

 学部では法律、大学院で経営を学び、2年間は会社員を経験。その後家業を手伝うために、新宿の画材店で額縁を中心に画材を学んだ。スタッフには美術大学出身者やアーティストを志す者が多く、顧客も画家やデザイナーなどが中心。そうした環境で、美術館のみならず銀座・神田周辺のギャラリーを巡るようになったという。「大学までは、作品=美術館で、作家の顔が見られるわけではない。ギャラリーを訪れて初めて、自分と同世代のつくり手と出会ったんです。同時に、彼らが作品を発表する場がとても限られていることも知りました」。

 意志はあれども機会が少なく、くすぶる若手作家たち。彼らとの出会いは、長束がギャラリーを立ち上げる大きな動機となった。

同時代を生きる作家との協働

 ギャラリーがこれまで紹介してきた作家には、丸太と陶ブロックを規則的に組み合わせた大規模なインスタレーションを国内外で発表する國安孝昌や、観客参加型のプロジェクトを多数制作してきた開発好明、大型の銅版画に加え建築や都市、社会への関心に基づくインスタレーションを手がける高浜利也、屏風から着想を得た連画や、「絵画のための見晴らし小屋」と称し、外界の光景を様々なフォーマットの窓で切りとる視覚体験装置などをつくる母袋(もたい)俊也など、どこか型破りでユニークな手法の作家たちも目立つ。「床一面にコンクリートを敷き詰める、あるいは壁に様々な細工を施すなど、一筋縄ではいかない設営も多々ありました(笑)。ただ、できるかぎり作家の活動に沿うようなかたちで紹介することが、表現の飛躍につながる。そのための協力は厭いません」。

写真左は開発好明を紹介した1997年「新世代への視点」カタログ、右は「b.p」オープン記念企画展のカタログ Photo by Chika Takami

 若手作家の発表の場といえば主に貸し画廊だった80年代。長束は「たんに場所を提供するだけではなく、作家をフォローすることで自分なりに作家に貢献したい。そして、作家とともにギャラリーも育っていければと考えました」と開廊当時を振り返る。

 顔を合わせる回数の限られる海外在住作家、あるいは物故作家でもなく、国内で頻繁に直接やりとりのできる、同時代を生きる作家に真摯に向き合っていく。それは約30年が経った現在も変わらない方針だ。

背景にある基本姿勢を知る

 ギャラリー開廊から4年後の89年、長束はギャラリーなつかと隣り合うスペースで「b.p」をスタート。「boiling point(沸騰点)」の頭文字を冠したこのスペースは作家の自由な活動をサポートする場として運営され、若手作家の作品を紹介してきた。

取材時に開催していたのは新鋭作家を紹介する「新世代への視点2017」。今回は画家の原汐莉を取り上げた Photo by Chika Takami

 移転後の2012年からは、ギャラリーなつかから独立するかたちで、隣接するスペースにて企画主体の画廊「Cross View Arts」をスタート。ここでは長束自身が様々なギャラリーを巡るなどして発掘した注目の作家を紹介する。取材時には89年生まれの銅版画家、チョン・ダウンと、日本画の画材で絵画を描く88年生まれの大庭孝文を取り上げるなど、80~90年代生まれの作家も多く含まれ、使用するメディアも多彩だ。「絵画や版画、コミュニケーションを基本とした作品など形態は様々ですが、それはあくまで結果。作品を見て気になったら、実際にアトリエを訪ねてみるなど、作品完成に至るまでのプロセスに注目する。そこであらためて制作に対する基本姿勢を知り、確信を得ることができます」。

新たなエネルギーと出会う

 「Cross View Arts」の理念と通底する活動が、藍画廊、GALERIE SOL、ギャラリーQ、ギャラリー58など都内約10のギャラリーからなる「東京現代美術画廊会議」による展示企画「新世代への視点」だ。各ギャラリーが注目の若手作家1名を個展形式で紹介し、ツアーやシンポジウムなども行ってきたこの企画は93年に開始、新たな作家の登竜門としての役割も担ってきた。また「東京現代美術画廊会議」は月に1度集まり情報交換を行うなど、企画以外の様々な交流がそれぞれの運営に生かされてきたという。

 「最初は自分の“同世代”。そこから作家が育っていき、時代を鋭く映す若い世代がどんどん生まれ出ている。そうした若手作家との出会いが、ギャラリーなつかを続けてきたエネルギーになっている。これからも彼らの発表の場をつくっていきたいと思います」。

ギャラリーいち押しの作家

濱田富貴

 「濱田さんは、力強さと繊細さを兼ね備えた大型の銅版画を手がける作家。主に植物をモチーフに、みずみずしさと朽ちていく様の両方を、生死をとらえるように真摯に描きます。12月4日から23日まで、ギャラリーなつかで新作を発表します」(長束)

濱田富貴 かたち-65 “空中線” 2012

 (『美術手帖』2017年9月号「ART NAVI」より)