2016.12.28

ギャラリストの新世代 KEN NAKAHASHI・中橋健一

2014年開廊のKEN NAKAHASHI(東京・新宿)では、人間のあり方を見つめた絵画、写真、立体作品など、国内外の若手作家による多彩なジャンルの作品を紹介してきた。代表を務めるのは、金融機関勤務を経てギャラリストへと転身した中橋健一。そのきっかけとなった大きな出来事と現在、今後の展開について話を聞いた。

文=野路千晶

新宿三丁目駅から徒歩1分。並木を背景とした大きな窓から差し込む自然光は、作品に様々な表情を与える Photo by Chika Takami
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美術を通して人間を見つめる

突然訪れた転機

人々で賑わう東京、新宿の新宿通りのほど近く、ビルの5階にKEN NAKAHASHIはある。同ギャラリーは2014年の3月、「matchbaco(マッチバコ)」としてオープン、16年の11月にKEN NAKAHASHIへと改称した。

「幼い頃から美術が好きだった。小学校の時には全国から土を取り寄せ、時には地方の窯へ出向いたり、陶芸家を志していました」。そう振り返る代表の中橋健一は、石川県の能登半島の出身。茶道を嗜む母や、珠洲焼、輪島塗といった独自の工芸文化が息づく環境の中で、美への興味を育んでいった。その後「東京や世界に出て、いろいろな経験がしたい」と思い立った中橋は大学進学を機に上京。卒業後は金融機関に就職、約8年間にわたって多忙な時期を送っていたというが、突然転機が訪れた。ある日、体の不調をきっかけに癌を宣告され、中橋は厳しい闘病生活を余儀なくされる。「光が遮断された真っ暗な部屋で5〜6時間点滴を行う治療があった。時折扉から差し込む光が、希望の灯火ようにも感じられていました」。暗闇のなかでの「灯り」の体験が、当初のギャラリー名「matchbaco=マッチ箱」の由来のひとつとなった。

人間の真理を追求する

2年間におよぶ治療期間を経て、病は寛解。「自分はこれから何をすべきなのか」と考え続けた中橋は、自らの根幹にある美術に対する純粋な記憶に立ち戻り、「魔法やおまじないのような才能をもつ現代の作家たちを世界に発信していくことを決心しました」と話す。その後まもなくして金融機関を退職、約2年間の準備期間を経てギャラリーを設立した。

同ギャラリーが紹介するアーティストは、「性」をタブー視する中国で、身近な人々をモデルとした詩的で叙情的なヌード写真を撮影するレン・ハン。国家と個人、人間と自然といった関係性をテーマに、ダイナミックな半具象画を描くエリック・スワーズ。そして、性と死をモチーフに、独自の色彩感覚で絵画を制作、現代芸術振興財団が主催する第2回CAFAA賞にて最優秀賞を受賞した松下まり子ら、人が生きる上で対峙せざるを得ない諸事を表現する作家たちだ。「人間に対して真摯に向き合い、国籍や性別を超えた部分にある、あらゆる人間に共通する真理を追求する。そうした作品を今後も紹介してきたいです」。

美術という火を灯す

2017年、KEN NAKAHASHIではこれまでの若手作家にとどまらず、幅広い世代や国籍を超えたアーティストを紹介、彼らの作品と表現が交錯するような企画を行う予定だという。それらと並行して、国内で新設されるアートスペースにて、展覧会の企画などを不定期に行っていく。 「以前は、作品という大きな松明をサポートする"マッチ箱"だったけれど、もうその箱では収まらなくなった気がしています。これからは"KEN NAKAHASHI"で紹介する作品を通して、色々な場所に火を灯していきたいです」。2つの拠点での展覧会、そして国内外でのアートフェアの参加を通して、中橋は作家とともに「人間とは何か」というテーマを問い続けていく。

もっと聞きたい!

Q. 思い出の一品は?

撮影=高島空太

寺山修司に影響を受けたという写真家、レン・ハンが探し求めていた書籍『写真屋・寺山修司』です。この度入手、実際に読んでみて、日本独自のストリートカルチャーの魅力を再確認しました。作家の興味を通して新しいことを発見できるのは、日々の喜びのひとつです。 PROFILE なかはし・けんいち 1982年石川県出身、青山学院大学文学部フランス文学科卒業。金融機関勤務を経て、2014年にmatchbaco(現・KEN NAKAHASHI)を設立。 (『美術手帖』2017年1月号「ART NAVI」より)

KEN NAKAHASHIの入り口 Photo by Chika Takami