• HOME
  • MAGAZINE
  • INTERVIEW
  • フィリップスCEO、エドワード・ドルマンに聞く今年のマーケ…
2021.4.25

フィリップスCEO、エドワード・ドルマンに聞く今年のマーケット傾向とアジア市場戦略

2020年に7億6040万ドル(約812億円)の総売上高を記録した世界三大オークションハウスのひとつ「フィリップス」。デジタルの面において様々な取り組みを行い、アジア市場で大幅な成長を遂げた同社の昨年のパフォーマンスをはじめ、今年のオークション市場の傾向やアジアと日本のオークション市場の特徴について、最高経営責任者のエドワード・ドルマンにインタビュー。また同社日本代表の服部今日子には東京オフィスの活動について聞いた。

聞き手・文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

エドワード・ドルマン Courtesy of Phillips
前へ
次へ

 世界三大オークションハウスのひとつであるフィリップスは2020年、7億6040万ドル(約812億円)の総売上高を記録した。

 新型コロナウイルスの影響により同社は昨年、一部オークションをオンラインに移行することなど、デジタルの面において様々な取り組みを実施。これにより、同社の新規オンラインアカウント増加率やウェブサイトへの新規訪問者数はそれぞれ136パーセントと62パーセント増加し、とくにアジアでのオンライン落札率は635パーセント増加している。

 また、香港でのオークション売上高は1億5200万ドルとなり、同社の同地域における過去最高額を記録。そのうち日本人作家の作品は100パーセント落札。1億300万香港ドル(約14億円)で落札され、アーティストのオークション記録第2位となった奈良美智の《Hothouse Doll》に代表されるように、オークション市場では日本人アーティストへの関心がかつてないほど高まっている。

 コロナ禍は、同社を含むオークション市場にどのような影響を与えたのか。また、今年のオークション市場の傾向や、アジアと日本のオークション市場の特徴について、フィリップス最高経営責任者のエドワード・ドルマンにインタビューを実施。また、同社日本代表の服部今日子には東京オフィスの活動について聞いた。

コロナが変えたオークション市場

──まず、新型コロナウイルスのパンデミックが昨年のフィリップスの業績に与えた影響についてお聞かせください。

エドワード・ドルマン(以下、ドルマン) 純粋な数字としては、年間売上高の減少幅は約11パーセントと比較的小さく、パンデミック発生当初に懸念していたほどではありませんでした。

 我々は、従来のモデルからインターネットを通じた顧客とのバーチャルコミュニケーションを基盤とした新しいモデルへと、事業の軸を変えることに成功しました。また、コストも削減できたため、2020年の業績は前年よりも若干良くなっています。パンデミックによる売上の落ち込みは若干あったものの、うまく対応できたと思います。

 大まかに言えば、2020年のアート市場全体としては、パンデミックがあったからこそ業界全体に革命が起きたのだと思います。つまり、いままでとは違う新しいビジネスです。

2020年に開催されたフィリップスのオンラインオークションの様子 (C) Mediakite and Thomas De Cruz Media Haydon Perrior

──パンデミックのなかでフィリップスは様々なオンラインプログラムを立ち上げました。これらのオンラインプログラムは、パンデミックの影響を軽減するためにどのような役割を果たしたのでしょうか?

ドルマン 私たちはもはや、個々の作品の前に立って、その作品について顧客と話すことはできません。そのため、新しい方法で顧客とコミュニケーションをとらなければならないいっぽうで、セールスの方法を変えていく必要もあります。

 この時期を振り返ってみると、我々にとっては、オークションビジネスという古い伝統的なビジネスのやり方が変革され、真にグローバルなものになりました。オークションをライブストリーミングすることによって、我々の顧客基盤は世界中に広がっていった。東京でもパリでもロサンゼルスでも、顧客は自宅で入札することができ、世界中のアートコミュニティが、かつてないほどオークションに接続されたのです。今回のパンデミックで開発した新しい技術は、今後もオークションビジネスに革新をもたらしてくれるでしょう。

──昨年のオークションでは、印象派の作品はほとんどなく、戦後や現代の作品、そしてジュエリーやハンドバッグなどの高級品が比較的多く出品されていましたね。

ドルマン 近代美術に興味を持つコレクターたちは、かつてないほど戦後・現代美術に興味を持つようになったからだと思います。世界全体では、パンデミック前の時点で、戦後・現代美術分野の売上高は55パーセントにまで成長しています。つまり、国際的なアート、とくに現代美術に興味を持ったグローバル市民とでもいうべき世代の嗜好が大きく変化したのです。

 印象派は、オールドマスターとほぼ同じカテゴリーになっていると思います。その市場規模は現代美術と比べてかなり小さい。モネのような素晴らしい絵は1億ドル以上で販売できますが、そのような絵はめったに出てきません。つまり、入手可能性によって左右されるオールドマスター市場に対し、戦後・現代美術市場には供給の問題がない。戦後・現代美術市場には大量の作品が控えており、コレクターも多数います。

──今年に入って、オールドマスターやNFTの作品が非常に注目されているようですが、今年のオークション市場はどのような傾向になると思いますか?

ドルマン 真のマスターピースが市場に出てくると、ほかの何よりも高額で販売される可能性があります。数年前、レオナルド・ダ・ヴィンチの《サルバトール・ムンディ》が4億5000万ドルという世界最高額を記録したのを見ればわかるでしょう。本当に素晴らしい印象派の作品が市場に出てきたら、きっと相当な金額になると思います。しかし、その市場はどんどん狭くなっており、未来は新しいアートを創造することにあるのです。

 NFTに限らず、デジタルアートは未来の一部です。200年前に昔のオールドマスターが収集されたように、デジタルアートはこれから収集されるでしょう。我々の業界には現代美術を求めている人たちがたくさんいます。そして、現代美術にはアーティストがコンピュータを使って制作したデジタルアートも含まれています。NFTという、デジタルアート作品をユニークで取引可能なものにするトークンが存在することで、市場全体が成り立っています。

──フィリップスもNFT作品の販売に参入しました。

ドルマン フィリップスは、美術界の最新の動きにもっとも関わっているオークションハウスです。多くの素晴らしいアーティストや現代美術家が、フィリップスのオークションで初めて登場しています。私たちはテイストメーカーとしての役割を担っているので、デジタルアートの取り扱いはいうまでもありません。

MAD DOG JONES《レプリケーター》のジェネレーション1(第1世代)からのスチールイメージ Courtesy of Phillps

 これまでにも、デジタルアートを扱うアーティストの作品を販売してきましたが、カナダを拠点とするMAD DOG JONESによるNFT作品を販売することになりました。彼の作品は、すでにオークションでかなりの金額が売れています。

 今回の作品は、時間が経つにつれて再生し、さらに多くの作品を生み出すNFT作品です。フィリップスはつねに現代美術の動きの中心におり、アーティストがデジタル空間でつくっている作品を受け入れつつ、ともに歩んでいきたいですね。

──オークション市場がパンデミック前の水準に戻るにはどのくらいの期間が必要だとお考えですか?

ドルマン オークション市場の回復は非常に早く、来年にはパンデミック前のレベルに戻れると思います。一般的な美術市場、つまりアートフェアやディーラーがクライアントの物理的な参加に頼っているのに対し、オークション市場は、販売の透明性、オークションへの入札や参加のしやすさなどを向上させることで、パンデミックによってむしろ強化されています。移動できない人たちにアプローチできることは、すべてのオークションハウスにとって大きなメリットになっていると思います。アートフェアが再開され、ギャラリーが旅行できる人々を迎え入れることができるようになれば、その他のビジネスも回復するでしょう。

アジア市場は世界最速の成長

──フィリップスは昨年、アジアでの大幅な成長を遂げました。そのような結果を得るために、具体的にどのような対策を講じたのでしょうか?

ドルマン フィリップスは、国際的なアートマーケットに関心を持つアジアのコレクターを理解するという点で、ほかに先駆けていると思います。香港での初期のセールでは国際的な現代アーティストを集め、アジアのコレクターが真の国際的なテイストを持っていることがわかったのです。

 我々は、アジアのコレクター層やアジアのオークションマーケットを国際的なアートマーケットの延長線上にあるものと考えています。アジアの優れた現代美術作品を、欧米のコレクターに紹介し、また、欧米の優れた現代美術作品をアジアのコレクターにも紹介しています。とくに近年、アジア市場は世界最速の成長市場です。私たちにとって、この地域での事業拡大と投資を継続することは非常に重要であり、今後も継続していきます。

2020年にフィリップス香港で開催されたオークションの様子 (C) Thomas De Cruz Media Haydon Perrior

 最近、私たちが中国本土最大のオークションハウスである「ポリ・オークション・グループ」とコラボレーションしたことをご存知でしょうか。このコラボレーションにより、当社の香港セールに参加する人には大きな利益がもたらされると思います。今年6月には、北京と香港のオークションを同時にライブストリーミングで配信するという、初めてのセールを開催します。今後数年間は、アジアでより大きなプレーヤーになるために、できるかぎりの努力をしていきたいと考えています。

──今後、フィリップスがアジア市場での成長を維持するために、どのような新しい施策を行うのでしょうか?

ドルマン 先ほど申し上げたように、コラボレーションはとても重要です。また、アジアマーケットの需要に沿ったセレクションも非常に重要だと思います。私たちには業界をリードする時計部門があります。パテック・フィリップやロレックスなどの非常に重要なヴィンテージ・ウォッチをアジアのマーケットに持ってくることで、アジア地域で増加している時計のコレクター層には大きく響いているようです。

 また、もっとも重要なのは、アジア地域における国際的な現代美術のコレクター層を増やすことです。90年代からアジア諸国のどこよりも早く国際的なアートシーンを受け入れた歴史を持つ日本は、印象派やオールドマスターの作品を収集することで、世界の美術市場にとって非常に重要なマーケットでした。現在、日本では国際的な新しい現代美術への関心が高まっており、大きなルネッサンスを迎えているとも言えるのではないでしょうか。

──フィリップスはアジア市場に参入して5年になりますが、その間にアジアのアートマーケットはどのように変化してきたのでしょうか? とくにパンデミックを経たアジア市場の特徴を教えてください。

ドルマン 著しく変化したと思いますよ。もともと中国のコレクターは本土の作品やアーティストにしか興味を持っていなかったのですが、若い世代の出現によって国際的な美術市場に目を向けるようになりました。

 またアジアのコレクターは、バンクシーやKAWSのような、現代世界に革命を起こした最先端のアーティストへの関心も非常に高まっています。アジア地域では若いコレクターが市場に参入しており、優れた現代美術のコレクションをつくりたいという欲求が生まれています。

 当社の販売では、アジア地域でのビジネスが30パーセントにも達しています。昨年フィリップスが販売した上位10作品のうち5作品は、アジアを拠点とする顧客が購入したものです。5年前までフィリップスにはアジアでのビジネスがほとんどなかったことを考えると、私たちのビジネスの成長は本当に驚異的です。

──アジア市場における今後の戦略や方針についてお聞かせください。

ドルマン 引き続き、アジア地域のコレクターに刺激的で新しい現代美術を提供したいと思います。それがフィリップスの強みです。私たちは、もっとも優れた現代アーティストを見つけ出し、アジアのコレクターに紹介していきます。

 それと同時に、アジアで非常に人気のある作品を販売することにも注力しています。ここ数年のフィリップスの記録を見ると、奈良美智の活躍は目覚ましい。彼の作品には信じられないような高い価格で販売されており、フィリップスはこれからも素晴らしい作品を提供していきたいですね。

2020年12月にフィリップス香港で約1億300万香港ドルで落札された奈良美智《Hothouse Doll》(1995) Image courtesy of Phillips

国際的に注目されている日本人アーティスト

──奈良美智という名前が挙がりましたが、昨年のフィリップスのオークションでは、日本人アーティストの落札率が非常に高かったようです。近年のオークション市場において、日本人アーティストへの反応はどうですか? また、人気のある作家にはどのような傾向がありますか?

ドルマン 日本人のアーティストは長年にわたり、国際的なアートマーケットにおいてもっとも重要なアーティストとして認識されていると思います。私のキャリアのなかではふたりのアーティストがもっとも傑出しています。村上隆は10年から15年前に世界の市場に並外れた影響を与え、彼は国際的な現代アートシーンにおける日本人アーティストの影響力の重要性を象徴しています。また、草間彌生の作品も世界的に認められ、非常に高い人気を誇っています。

 このふたりのアーティストと奈良は、ここ数年、日本の現代美術を世界の現代美術のトップに押し上げたと思います。また、最近では新しい日本人のアーティストたちも活躍しています。五木田智央はいまやオークション市場でとても人気のあるアーティストのひとりです。個人的にもっとも衝撃を受けたのは写真家の杉本博司です。彼の「海景」シリーズはとても素晴らしい。またチームラボはデジタルアート界での活躍も注目すべきですね。

──日本人アーティストの作品をオークションで購入するのは、主にどの国や地域のコレクターでしょうか?

ドルマン まさに国際的なコレクターのグループだと思います。日本人現代アーティストの素晴らしい作品は、欧米の主要な機関や美術館にも所蔵されていますし、五木田智央の作品は本当に世界的に収集されています。

服部今日子(以下、服部) 草間、奈良、村上など、日本を代表するアーティストは世界的に収集されていると思います。新進気鋭のアーティストたちは、主にアジア人のコレクターに収集されています。名和晃平などは、アジアの若いコレクターのあいだでかなり人気がありますね。

──フィリップスの東京オフィスの主な活動内容を教えてください。日本のオークション市場についてどう思われますか?

服部 オークションのプレビューをはじめ、ご出品、ご購入のサポートを中心としつつ、東京オフィスはコレクター、ギャラリー、アーティストを繋ぐための場所でもあります。国際市場に踏み出す若手日本アーティストをサポートしたり、国際的なアートシーンを日本のコレクターやアーティストに紹介したりするために、コミュニティ向けのイベントも開催しています。

 日本のオークション市場は盛り上がっており、人々はオークションでの入札や販売に慣れてきています。日本のオークション市場が繁栄することでフィリップスの顧客も増えるでしょう。私たちにとっても良いことだと思います。

──日本で新しいコレクターを発掘するために、フィリップスはどのような取り組みをしてきたのですか? また今後は、どのような新しい試みがなされるのでしょうか?

服部 去年だけでは6つの展覧会やイベントを開催し、たくさんの来場者を迎えました。アーティスト、ベテランコレクター、そして若手コレクターが年齢に関わらず、コミュニケーションが弾むスペースとなりました。また、国際的なスペシャリストを招いたコレクターディナーや、森美術館のガラディナーのサポートも行いました。また弊社アドバイザーの先輩アートコレクターたちは若手コレクターへのアドバイザーとしても活躍していただいていると思います。

ドルマン フィリップスはどの国際的なオークションハウスよりも、現代美術市場で起こっていることと結びついているので、人々は国際的な現代アートシーンを知りたいときに、フィリップスにアドバイスを求めます。また若いコレクターが増えているなか、世界の現代美術市場でいま何が起こっているのかに興味がある人にとって、フィリップスはとても良い参考になると思います。