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2020.10.28

世界が注目するアメリカ大統領選挙に見る、アートと政治の関わり

11月3日に行われるアメリカの大統領選挙。熾烈な選挙戦に対して、アメリカでは多くのアーティストや文化機関もコミットする姿勢を見せている。そのなかから、とくに注目すべき動きをピックアップしてお届けする。

文=藤高晃右

ジェニー・ホルツァー「YOU VOTE」より
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 現在アメリカでは、11月3日の大統領選挙に向けて、日々のニュースは選挙一色と言っていいだろう。とくに今回は、現職トランプ大統領のこれまでの大統領にない破天荒な行動、そこに新型コロナの影響によって期日前投票や郵便投票のルールにも様々な変更が加わって、これは毎回言われていることではあるが、みな口をそろえて、この大統領選挙は史上最も重大なものであると国民の注目は非常に高い。また、アメリカの大統領選挙は、政治家だけでなく、献金をする企業、従来のメディア、そして清濁併せ呑んだ様々な情報が流通するソーシャルメディア、幅広い市民が参加するボランティア活動など文字通り全国民が参加する一大イベントであり、アーティスト、美術館、ギャラリーなども当然、多様な形で活動に参加している。ここでは、それらアートと大統領選挙の関わりについて様々な事例を紹介したい。

 早々と立ち上がったのは「Plan Your Vote」(自分の投票を計画しよう)で、キュレーターのクリスティーヌ・メッシネオがVote.orgとともに立ち上げたもの。サイト上では各州の投票所、期日前投票や郵送での投票についての情報を細かく知ることができるほか、パティ・スミス、ロバート・ロンゴ、ゲリラ・ガールズなど著名なアーティスト60名以上がPlan Your Voteを表題にポスターのイメージを提供し、その画像は誰もがプリントアウトしたり、ソーシャルメディアに投稿して投票を呼びかけることができる。またグッゲンハイム美術館やニューミュージアムなど全米の数十の美術館も協力して、ソーシャルメディアなどで投票を呼びかけている。

「Plan Your Vote」よりゲリラ・ガールズのアートワーク

 ソーシャルでの活動から一歩さらに踏み込んで、「Art for Action」ではジェフリー・ギブソン、トマシ・ジャクソン、キャリー・メイ・ウィームス、ジェニー・ホルツァーなどの作家のやはり投票を呼びかけるアートワークが、ロサンゼルス、ボストンなど全米16の市の350のデジタルサイネージ上に表示される。選挙日までの1ヶ月間で一億人以上の人の目に触れる計算だ。

 上記2つのプロジェクトにも参加しているジェニー・ホルツァーは、さらに自前で「YOU VOTE」を立ち上げた。ソーシャルメディアやデジタルサイネージに加えて、壁画、看板、劇場前の題目表示板、ビルへのライトプロジェクション、さらには巨大LEDモニターを搭載したトラックを街に走らせるなど各種メディアを総動員させて、彼女の著名なスタイルである力強いボールドフォントで「PROTECT YOURSELF」「ENOUGH」「VOTE JOYOUSLY」「BE AN ALLY」などのメッセージを表示させていくもの。メッセージそのものはある特定の政党、候補への投票を呼びかけるものではないが、間接的には現職トランプに反対するものと読み取れるだろう。またこの活動は民主党の勝利がほぼ確定しているニューヨークやカリフォルニアではなく、選挙ごとに民主党、共和党が入れ替わりがちで大統領選を左右するスウィングステートとよばれるフロリダ、ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシンなどで行われることからもシンボリックなアート作品ではなく、選挙に実質的に影響を与えようとするアクティビズム、選挙活動といってさしつかえないだろう。これまでビルボードやテレビCMなどのスタイルをアート作品に持ち込む手法は数多くなされてきたが、逆にアート作品をこれほど大規模なかたちで選挙広告に直接的に持ち込むのは前代未聞ではないだろうか。

ジェニー・ホルツァー「YOU VOTE」より

 アメリカでは美術館の大半は公立というよりは、私立の財団によって運営されているが、財源の一部が税金であったり、そもそも非営利の法人として様々な税制上の優遇を受けている。それではそれらの美術館は選挙という政治活動に参加できるのであろうか。答えは制限付きではあるがある程度できる。今回の選挙に先駆けて、アメリカ博物館協会(AAM)は税制優遇を受けている美術館に向けて行動指針を発表した。そこにはできること、してはいけないことが例とともに羅列されていてとてもわかりやすい。基本的には特定の政党や候補者をサポートするもしくは妨害する行為をすることはできない。逆に市民が選挙に行くこと、投票を促すことはできるし、そのためのポスター、チラシなどをつくることも許されている。全候補者を招いた討論会を開くことも可能だ。当然、職員に特定の候補への投票を促すことは許されていない。職員は職務外の時間に選挙活動をすることはできるが、そのために美術館のパソコンやプリンターを使うことはできない。最初に紹介した「Plan Your Vote」はこれらの要件を満たしているからこそ多くの美術館と連携することができるのだろう。

アメリカ博物館協会(AAM)ウェブサイトより

 逆に通常の会社法人として活動しているアートギャラリーは自由に政治活動に参加することができる。一番大きな事例としては、ニューヨークのデイヴィッド・ツヴィルナー・ギャラリーが企画した「Artists for Biden」。ジェフ・クーンズ、ケヒンデ・ワイリー、サラ・ジー、ジョージ・コンド、ダグ・エイケンなどの100人を超えるアーティストが作品を寄付し、10月初旬にオンラインサイトで販売され、売上金は全額バイデン候補のキャンペーンに寄付された。総額は公表されていないが、数億円はくだらないはず。きっかけはバイデンのキャンペーン側からツヴィルナーへの選挙活動資金集めへの協力依頼だったという。アメリカでは政治家が資金協力をアートに求めるまでマーケットが巨大化していることの証左ともいえる。

「Artists for Biden」ウェブサイトより

 当然のことながらアートコミュニティの大半は歴史的にリベラルで民主党寄りなうえ、2016年にトランプが大統領に選出されてからは、トランプを揶揄する、もしくは攻撃するイメージをモチーフにした作品は枚挙にいとまがない。

 最近、ミュージシャンの50セントがトランプ支持を表明して大きな話題になったが、アート業界の著名人でトランプ支持を表明している例は見当たらない状況だ。アートにおけるトランプ支持の例を探しても、ほとんど見つけることはできず、出てくるものといえば、ロサンゼルスで「Swamp Thing」(モンスターもののTVシリーズ)のビルボードのモンスターの顔が保守的なストリートアーティストによってバイデンに描き替えられた事件。ブルックリンに「Wall of Lies」というトランプが大統領に就任してからつかれた嘘を2万個列挙した壁画が制作されたのだが、その後白人至上主義的なタグがスプレーで上書きされたという事件などくらいだ。

 断っておくが、ニューヨークの街を歩いていて目にするストリートアートはアンチトランプのものや政治とは直接関連しないものが圧倒的に多い。ただ、2008年にオバマが当選した際に、シェパード・フェアリーが「Hope」というタグとともにオバマの肖像を描いたストリートアートが街にあふれたような熱狂的な盛り上がりにはなっていない。また左派を代表するアイコンとして見かけるのは、RBGの名称で親しまれ先日惜しまれつつ亡くなってしまった最高裁判事のルース・ベイダー・ギンズバーグくらいで、民主党のなかでは保守よりで高齢の白人男性であるバイデンがアイコンになったりモチーフになったりしているわけではないことも確かだ。メディアや大都市部の社会一般がそうであるようにアートコミュニティでも、バイデンを熱狂的に支持するというよりは、トランプはもうたくさんだという雰囲気が大勢をしめている。アートコミュニティのこうした直接、間接の選挙活動をうけて、実際の選挙はどういう結果になるのであろうか。