EXHIBITIONS
吉田克朗・成田克彦 カラーズ
「もの派」の作家に数えられる吉田克朗と成田克彦。本展は2人の活動を改めて読み解く試みとして、「色彩」というテーマのもとで両者のドローイングに焦点を当てる。
吉田は1943年生まれ、成田はその翌年に誕生。2人はほぼ同時期に多摩美術大学絵画科で学び、卒業後すぐに旺盛な発表を始めた。成田は、第6回パリ青年ビエンナーレ(1969)と「第10回日本国際美術展(人間と物質展)」(1970)に、木材を炭化させた作品《SUMI》を展示。吉田は成田も参加した「現代美術の動向」展(1969)、「1970年8月 現代美術の一断面展」(1970)に、鉄板や電球、ガラスといった工業製品を、加工を最小限に抑えて出品した。
「もの派」の動向の中心にいた吉田と成田は、その後それぞれ異なる制作を展開。吉田は70年末まで写真を用いた版画と、転写を用いた絵画作品を手がけ、80年代後半からは手指に黒鉛をつけて描く絵画に集中した。いっぽう成田は《SUMI》に先行して、壁や床面を別の素材に代替させ空間の再構成を試みた。数年の空白を挟んで76年に発表を再開し、有機的な抽象レリーフで存在感を示すと、その後15年ほどのあいだに、布や丸太、ウサギの毛を用いたオブジェ、日本の古美術から着想を得たオブジェや絵画に取り組んだ。
本展では「もの派」の経験を下地に豊かな作品展開を見せた2人が、生涯で真剣につくり続けた作品の「色」と対面する機会となる。
吉田は1943年生まれ、成田はその翌年に誕生。2人はほぼ同時期に多摩美術大学絵画科で学び、卒業後すぐに旺盛な発表を始めた。成田は、第6回パリ青年ビエンナーレ(1969)と「第10回日本国際美術展(人間と物質展)」(1970)に、木材を炭化させた作品《SUMI》を展示。吉田は成田も参加した「現代美術の動向」展(1969)、「1970年8月 現代美術の一断面展」(1970)に、鉄板や電球、ガラスといった工業製品を、加工を最小限に抑えて出品した。
「もの派」の動向の中心にいた吉田と成田は、その後それぞれ異なる制作を展開。吉田は70年末まで写真を用いた版画と、転写を用いた絵画作品を手がけ、80年代後半からは手指に黒鉛をつけて描く絵画に集中した。いっぽう成田は《SUMI》に先行して、壁や床面を別の素材に代替させ空間の再構成を試みた。数年の空白を挟んで76年に発表を再開し、有機的な抽象レリーフで存在感を示すと、その後15年ほどのあいだに、布や丸太、ウサギの毛を用いたオブジェ、日本の古美術から着想を得たオブジェや絵画に取り組んだ。
本展では「もの派」の経験を下地に豊かな作品展開を見せた2人が、生涯で真剣につくり続けた作品の「色」と対面する機会となる。