日本を代表する百貨店である伊勢丹新宿店。そのメンズ館が、じつはアートに満ちた館であることをご存知だろうか? 今年2月、同館には新たにギャラリー「ART UP」が誕生。館内4ヶ所には複数のアーティストが参加するアートスポットが生まれるなど、まさに「アートの館」へと生まれ変わった。なぜ伊勢丹新宿店メンズ館はアートに注力するのか? その背景と探るとともに、見るべきポイントをお届けする。
伊勢丹新宿店メンズ館に生まれた「アートギャラリー」
ファッションとアートは、いつも深い関係にある。最近の例でいえば、ナイキがトム・サックスのモデルを販売したり、(ラフ・シモンズとコラボレーションの経験もある)スターリング・ルビーが独自のブランドを立ち上げたりと、枚挙にいとまがない。ファッションデザインは色やかたちだけのものではなく、その背景には哲学やコンテクストが存在する。それが近年、つくり手だけでなく、購買者にとっても重要になっているという。
「これまではどちらかと言えば外観が重要であったが、近年はクリエイターの内面を知って、洋服を選びたいというお客様が増えています」と話すのは、伊勢丹新宿店メンズ館(以下、メンズ館)の石田修平。2019年2月にメンズ館の2階「メンズクリエーターズ」のフロアに誕生した「ART UP(アートアップ)」の担当でもある。
ART UPはメンズ館内につくられた、いわばアートギャラリー。とくにファッションと親和性の高いアーティストの個展スペースになっており、その場で作品が購入できるのもポイントだ。
8月20日までは映像作家・山田智和の写真展「都市の記憶」が、8月21日からは山瀬まゆみによる“色”をテーマとした作品「colours」が開かれる。
山瀬はコム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)のアート制作も担ってきた。ファッションフロアでアート作品を取り扱うことで、ファッションと同じライフスタイルの一部として、アートを身近なものに感じてもらう意図もある。
このフロアのメインターゲットである、30代前後でも購入しやすい金額設定なのも特徴的だ。ファッションアイテムを買う感覚で、アート作品の購入ができるように考えられている。
ART UPが位置する2階は、クリエイターズブランドを中心に扱っている。これまではいわゆる「見た目」別にブランドを分けていたが、今年、売り場が大きく見直され、ブランドは大きく3つのジャンルに分けられた。
1つ目はスタイルに強い特徴のあるブランド、2つ目は哲学的なクリエイティビティのあるブランド、そして3つ目は個人のテリトリーやストリートカルチャーを強く感じられるブランドだ。
商品としてのファッションだけではなく、その本質的な価値を来館者と共有することを目的とした。アートアップは、うち1つ目のコーナーの入り口に位置しており、バレンシアガやアクネなどの店舗が近くに並ぶ。ちなみに、3つ目のストリートカルチャーのゾーンにはDJブースが設置されている。
メンズ館が掲げる「男として、そして、人として」
2019年3月、メンズ館は新しいステートメントを掲げた。「男として、そして、人として - As a man, and As a human-」。
これまで、同館では「男」であることを全面に打ち出してきたが、社会や個人の価値観の変化に伴い、「男である前に人である」ことを改めて見つめ直した。その結果、ステレオタイプな「男らしさ」ではなく、一人ひとりの「らしさ」を叶える、メンズファッションストアであることを提示した。
メンズ館でアートが見られる場所は、ART UPだけではない。ART UPと同じタイミングでリニューアルされた同館の「ストア・アイデンティティ」は、より直感的に来館者と、メンズ館の考えるこれからの価値を共有する場となっている。1、2、4、6階に設けられた立方体の空間がそれにあたる。初年度は「文体物体身体解体練習 -EXCERSISES in PHYSICAL THINGS-」をテーマに、様々な“フィジカル”を扱うリアル店舗ならではの価値観を見つめ直し、人間そのものを表現した4つの“体=フィジカル”を具現化したものだ。
キュレーションを担当したのは、ブックディレクターの山口博之。「自分らしさ」や「男らしさ」を様々な視点から見つめ直すきっかけを提案している。「お客さま一人ひとりの『らしさ』が見つかる店舗になってほしい」と、同館メディア担当の井手文弥は話す。
1階の「文体練習」には、43名の各界著名人による「自分らしさ」が記された巨大な書籍が置かれている。参加者には、Chim↑Pomのエリイや写真家の齋藤陽道、小説家の町田康などもいる。
2階の「身体練習」には、彫刻家・淺野健一による、「男らしさの身体練習」と題された作品が設置されている。
同作は、「リアルとヴァーチャルを行き来する『憑依』『一体化』というテーマのもと、ゲームやCG以降の身体観で彫刻を生み出している」という。有機的な力士の肉体と、ポリゴンゲームのような無機的な関節部分の対比がユニークな作品だ。
また4階の「解体練習」では、フランス革命から第二次世界大戦までの衣服を半分に分解する「半・分解展」等で話題になった衣装標本家・長谷川彰良によって解体された衣服が展示されている。
この4階には「エルメネジルド ゼニア」など、歴史と伝統を持つラグジュアリーブランドが集まっており、そのようなブランドと親和性の高い、歴史的な意味をもつミリタリー服などが対象に選ばれているという。
そして、6階の「物体練習」では、現在は3名のアーティストが同じテーマで選んだ「自分が大事にしているモノ」を見ることができる。
「もっとも小さい大切なもの」「身近にある丸いもの」など14の問いに対する答えを、実物で示すこの展示。現在、写真家として人々がまだ見ぬ風景を追い求める石川直樹、佐藤健寿、田附勝の3人の写真家の私物が展示されている。三者三様の、個性あふれる「答え(モノ)」を楽しんでほしい。
なおこのストア・アイデンティティは、2019年9月中旬に一部展示替えが予定されているので、これからの展開もチェックしたい。
店舗に求められる「キュレーションの力」
上記以外にも、8月21日からはアーティストとファッションブランドがコラボレーションした企画が多数登場する。
例えば6階では、荒木経惟と「uniform experiment」のアパレルコレクション。荒木の花を被写体にしたポラロイド作品を用いたコレクションを先行販売し、スペースにはポラロイドの実物も展示されるポップアップイベントが9月17日まで開催される。また、「MINOTAUR INST.(ミノトールインスト)」のポップアップでは、都市のデザインコードの要素をファッションデザインとして取り出し、グラフィックを再構築する「Urban Design Generator」のシリーズから、Generative Urban Tシャツ、フーディーの伊勢丹新宿店別注アイテムも限定発売。さらに、スペシャルな映像インスタレーションも見ることができる。
1階ではミラノ発のレザーブランド「BONAVENTURA(ボナベンチュラ)」とアーティストのHideyuki Katsumata(ヒデユキカツマタ)がコラボレーションした手帳型iPhoneケースが数量限定で登場する。ハンドペイントの1点ものとプリントでデザインされたモデルがある。それぞれ9月3日までポップアップにて展開される。
伊勢丹新宿店メンズ館が強く発信を試みるのは、実店舗でしか打ち出せない価値だ。
「場」の持つ意味を考え直し、今年の大規模なリニューアルが行われた。実際に目で見て、手で触れて、一着一着の色やかたち、質感、ディテールを確かめ、試着を繰り返すことで得られる体験は、確かにECサイトとは異なる。
それに加え、同館が目指すように、ファッションデザイナーの意図やクリエイションの背景、関連するアーティストの作品までリアルに体感できる場になると、ただ消費としての「買い物」とは違う意味が生まれるだろう。オンラインでほとんどのものが購入できる現代において、これからの店舗に求められるのは、キュレーションの力かもしれない。