「没後30年 菅井汲」(広島県立美術館)開幕レポート。「未来の美術」を求めて走り続けた菅井の画業と人柄に迫る
プロローグ「デザイナー菅井汲」と第1章「自分自身の表現を求めて」の展示風景 絵画作品は左から《朝のオートルート》(1964)、《オートルート》(1964)、《マッス・グレー》(1964)。両脇の立体作品は左から《無題》(1970頃)、《黒》(1964)。「海坊主」のシルエット以外にも○△□の形状が多用されているが、角田はこれを「禅(仙厓義梵)に関心があったのではないか」とも推測している 第2章では、「第34回ヴェネツィア・ビエンナーレ」の様子が写真をもとに再現されている 《FESTIVAL DE TOKYO(フェスティヴァル・ド・トーキョー)》(1969)紙にシルクスクリーン 広島県立美術館。本作は同名の大型壁画のための下絵を版画作品としたもの 東京国立近代美術館のための大型壁画《FESTIVAL DE TOKYO(フェスティヴァル・ド・トーキョー)》(1969)の再現 美術館の吹き抜けで見ることができる 同じ要素を組み合わせてイメージを変化させる「VARIATION(ヴァリアシオン)」シリーズ。画面に近づくほどに、完璧に塗られた色面や精密な線に驚かされる 第3章「表現の揺らぎ」より、菅井汲《S.23 S.24 S.25 S.26》(1991)キャンバスに油彩、アクリル絵具 広島県立美術館 菅井による「トランプ」(1973)。ヌーベルイマージュ社の依頼でデザインを手がけた 「S」シリーズの関連資料。どの絵画もしっかりとした設計図のもとに制作されていたことがうかがえる 第4章「マチエールを排して」より、《Rouge-de-Cadmium11. 12(カドミウム・レッド11. 12)》(1992)キャンバスにアクリル絵具 広島県立美術館 「カドミウム・レッド」シリーズの組み合わせを検討したと思われる写真の数々 エピローグ「菅井汲という人」より、自身が使用していた絵具のチューブや筆をオブジェとした作品群 菅井が監督を務めたソフトボールチーム「フェスティヴァル」のユニフォームや優勝記念の写真 1階に展示された「ポルシェ911カレラRS2.7」は、菅井が生涯最後に愛用していたもの 14 / 18
編集部