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2021.12.7

相次ぐ告発、美術業界の変化のただ中で。小田原のどか評「居場所はどこにある?」展

今夏、コロナ禍を背景に「安全な居場所」をテーマとしたグループ展「居場所はどこにある?」が、東京藝術大学大学美術館 陳列館で開催された。様々な協働のあり方が提示された本展について、小田原のどかがレビューする。

文=小田原のどか

UGOの展示風景より 撮影=堀蓮太郎
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美術のある場所

 東京藝術大学大学美術館 陳列館で開催された「彼女たちは歌う」展(2020年8月18日〜 9月6日)を皮切りに、「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」展(森美術館、2021年4月22日~ 2022年1月16日)、「ぎこちない会話への対応策:第三波フェミニズムの視点で」展、「フェミニズムズ / FEMINISMS」展(ともに金沢21世紀美術館、2021年10月16日〜2022年3月13日)と、「女性」や「フェミニズム」を焦点化した展覧会の開催が、近年、美術館で相次いでいる。

 女性アーティストの大規模個展がこれまでにない頻度で開催されていること、創刊から70年以上を経て初めて『美術手帖』2021年8月号で女性と美術史が特集されたことも象徴的だ。「ジェンダー論争」(*1)というバックラッシュを経て、男性中心にかたちづくられてきた美術制度の見直しや再考が、各所で試みられていると言えるだろう(*2)。そしてこれとともに、これまで不問とされていた事柄の問い直しの動きも散見される。それは、美術関係者の性加害行為に対する告発である。

 参加作家の性加害をめぐる展覧会の対応という点で対照的であったのが、「トランスレーションズ展─『わかりあえなさ』をわかりあおう」(21_21 DESIGN SIGHT、2020年10月16日〜2021年6月13日)と、「平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ) 1989–2019」(京都市京セラ美術館、2021年1月23日〜4月11日)だ。

 「トランスレーションズ展」の出品作家のひとりであったNPO法人soar理事・鈴木悠平に対し、複数の個人から性加害の被害申告が同団体に寄せられた。ここでの被害申告が同団体の内部調査チームによって認定され、鈴木は同法人の理事職を解雇された。これを受け同展では、鈴木がファシリテーターとして参加する出品作《moyamoya room》の展示を取りやめた。

 以下は、《moyamoya room》の共同制作者であった出品作家の清水淳子と、展覧会ディレクターのドミニク・チェンによる声明だ。

鈴木氏が本展覧会で作家として振る舞う姿勢や、この展示の存在を知って本当に辛い想いをされたと思います。自分を不当に傷つけた人物が、表層的に人の痛みに寄り添っている映像なんて、絶対に許せない空間であり、耐え難い屈辱と苦しみであるはずです。 [・・・]この件が抱えている社会的構造に対して、デザインという技術を用いて行うことのできるアクションは色々な方法があると思います。今すぐに解決はできませんが、この件をなかったことにはせず、人生の中で信頼できる仲間たちと考え続けていきたいです。(*3)
この事案の被害者の方々のお立場になって考えれば、鈴木氏が出演する作品を展示し続けることは、二次被害につながるものと考えられます。また、本作品に出演して頂いた方々にとっても、今回の事案によって大きなショックを受けられたことは想像に難くありませんし、展示を鑑賞される来場者の方々のお立場に立ってみても同様に受け入れられないと思います。(*4)

 ここでの清水の声明からは、「『わかりあえなさ』をわかりあおう」という同展の主題と《moyamoya room》のコンセプトをふまえて展示の取りやめに至った経緯が述べられ、またドミニクの見解からも展示の継続が「二次被害」につながるとの見方が示された。

 他方、「平成美術」展では、招聘団体のひとつ「カオス*ラウンジ」のキュレーターであり、同団体の母体組織、合同会社カオスラ代表・黒瀬陽平に対し、同社と業務委託契約を結んでいたアーティスト・安西彩乃からセクシュアルハラスメントおよびパワーハラスメントの告発が行われた(*5)。同社は訴えを認め黒瀬は代表を辞任するが、直後に方針を一転し、被害申告者を提訴した。そのような事態がおおやけになったあとも、平成美術展でのカオス*ラウンジの招聘に変更はなかった。

平成美術展実行委員会(京都市美術館、朝日新聞社)及び企画・監修を務めた椹木野衣は、本展出品作家として予定していたカオス*ラウンジの組織内トラブルを理由として、同団体の作品展示を取り止めました。一方で、平成年間における同団体の活動実績を踏まえて、歴史的事実を確認する意味で、資料2点を展示したところであり、同団体に係る展示が作品展示ではなく、資料展示であったことを改めて明らかにさせていただきます。(*6)

 このように、平成美術展を主催した京都市京セラ美術館の声明文からは、本件を「組織内トラブル」としたうえで、作品展示ではなく資料展示へと参加形態が変更されたことが明らかにされている。

 無論、告発された内容は個別のものであり、被害と加害の実相を一般化することはできず、双方のケースを並列に論じることもできない。しかしながら、NPO法人soarの内部調査チームが被害申告者と告発を受けた当人のヒアリングを行ったいっぽうで、合同会社カオスラの内部調査では被害申告者へのヒアリングは行われていない。そのようななかでの訴訟について、被害申告者である安西の代理人・山口元一弁護士は、「この訴訟自体がハラスメントの延長」と指摘している(*7)。

 相次ぐ美術関係者に対する告発は、美術業界の変化の現れと言える。そしてそのような変化に強く呼応する出来事のひとつが、今年度から東京藝術大学の新入生向けに実施された「デートDV予防プログラム」だ。NPO法人エンパワメントかながわ協力のもと、同大学では、美術学部の新入生全員、在学生、そして教員に対しても講習が行われた。本講習は、国内の美術系大学における初めての取り組みだ。筆者も参加したが、ワークショップ形式の内容で、男性ジェンダー・女性ジェンダーの区別なく誰もが加害者になりうるという視点と、「デートDV」の背景にある人権の軽視について知識を深めることができた。

UGOの展示風景より 撮影=堀蓮太郎

 そして今夏、同大学大学美術館陳列館で開催された「居場所はどこにある?」展もまた、美術業界の変化と響き合うものであった。同展は、コロナ禍の標語「ステイホーム」「おうち時間」などで、否応なく意識することとなった「居場所」についての展覧会だ。とはいえ、本展における居場所とは、安寧が約束された安住の地ではない。むしろ理不尽な暴力にさらされ、途方もない悲劇が起きうる場所として設定されていると感じられた。

 本展で特徴的なのは、「アーティスト・コレクティブ」とひと言では定義できない複数の共同/協働のあり方とともに、どのように、誰と、作品をつくるかについての異なる方法が提示されていたことだろう。竹村京&鬼頭健吾、MOM+I、UGOはそれぞれのやり方で他者とともに生きる方法を模索し、そしてまた、そのような模索の延長として制作行為があるように思える。

 竹村と鬼頭は、生活をともにするパートナーであるが、アーティストとしては個別に活動を続けてきた。本展で展示された共同制作による「Playing Field」シリーズでは、竹村と鬼頭による刺繍とペイントというそれぞれの方法論を尊重しつつ、個別の作品へと着地させるための細心の注意が見て取れた。

展示風景より。手前左が竹村京&鬼頭健吾、右壁面がMOM+Iの作品 撮影=堀蓮太郎

 MOM+Iは、エリン・マクレディ(Elin McCready)、エリス・オットソン(Elis Ottosson)、もりたみどり(Midori Morita)、一平(IPPEI)の頭文字から名付けられた。マクレディともりたは結婚して21年目の婦婦であり、マクレディとオットソンは遠距離恋愛中のパートナーだ。そして、マクレディともりたと一平は、ともに生活をしている。4人は本展において、展示における協働とともに冊子を公開した。言葉と物質が張り巡らされた糸によって結び付いた展示は、関係性の構築と維持、その緊張について示唆に富むものとなっていた。

 UGOは東京・新大久保に拠点を持つコミュニティとして、2020年初頭に結成された。同展開催時のメンバーは、磯村暖、海野林太郎、金色の愛・ユンボ(当時活動休止中)、佐久間萌香、丹原健翔、中尾一平、ぱにぱにぱにぱにともちんぱ、三好彼流、山縣瑠衣ら総勢15人を超すメンバーによって構成されていた。UGOについては、本展開催に際し、異なる背景を持つ他者が集い、場を形成・維持していくことの困難が顕在化したように思える。どういうことか。  

 本展の展覧会ポスターなどメインヴィジュアルには、磯村暖《How to Dance Forever (Dance Lesson #1 VOGUEING)》(2019)の作品画像が使用された。ここでのクレジットなどについて、アーティストの金色の愛・ユンボから問題提起の声が上がったのだ。磯村はUGOのメンバーのひとりであり、金色の愛・ユンボもまた、当時は活動休止中だったもののUGOメンバーであった。その問題提起はUGOの構造についても波及する。これついては、磯村とUGO、両者からSNS上で声明が出されている(*8)。

 「居場所はどこにある?」展でのUGOの展示は、会場1階で行われた。暗幕で区切られた展示空間の奥から、マゼンタ色の光が漏れている。幕の内側に入ると、映像とともに様々なものが寄せ集められた空間が広がっていた。ブルーとピンクが重なりあうシンボルは、「バイ・プライド」を体現するともいわれる。他方でマゼンタは、イエロー、シアンとともに、印刷で用いる三原色のひとつだ。クイアであることを物事の主軸とすること。そのようなUGOという場の実践と模索が、内から外へとしみ出すようなマゼンタの光に重ねられていた。

 中谷優希、小林勇輝、室井悠輔、磯村暖は1990年代生まれ、リー・ムユンは2000年生まれのアーティストだ。自らの身体を被写体かつ支持体として問題提起を行った小林、生と性の多様性という文脈から、人間の歴史と切り離すことのできないダンスを焦点化した磯村、蒐集と表現のあわいで「制作行為」をとらえ直す室井、そしてリーは居場所めぐる4つの他者の物語を再構成した《山を背負う子たち》という秀逸な映像作品を出品した。

中谷優希《Scapegoat》の展示風景より 撮影=堀蓮太郎

 紙幅の都合で個別の作品を十分に論じることができないが、なかでも特筆すべきは中谷優希の《Scapegoat》(2018)だ。ウィリアム・ホルマン・ハントの絵画《The Scapegoat》(1854–56)を参照した本作は、中谷自身が扮する仔羊に対して行われる毛繕い(グルーミング)についての映像作品である。ここでの毛繕いとは、相手をケアするようでいて、その実、まったくそうではない。

 虐待の一種であるグルーミングは、今夏、法務省の「性犯罪に関する刑事法検討会」において議論の俎上に載せられた。ここでグルーミングは、「手なずけの意味であり、具体的には、子供に接近して信頼を得て、その罪悪感や羞恥心を利用するなどして関係性をコントロールする行為」と説明されている(*9)。表現の現場をとりまくグルーミングと、いまもなお連綿と続く「生贄/身代わり」と美術との関わり。《Scapegoat》が示した射程は大きい。

 筆者から見て本展の骨子となっていたのが、松田修と岡田裕子の映像作品である。松田修《奴隷の椅子》では、松田の母親の物語が焦点化された。ここでの語りは、決して「女/母の苦節」といった定型にはおさまらない。本作には、そのような固定された見方を内部から破壊する「読みかえ」の力が響いている。

 岡田の《翳りゆく部屋》は、「ゴミ屋敷の住人」を岡田が演じた映像作品だ。「ゴミ」という他者の評価に抵抗する住人の切実さが、滑稽さすらともなうかたちでアイロニカルに提示されていた。岡田が老齢の女性に扮したことも重要だ。若く美しい女性ばかりが、描かれる/映される対象となってきたのはなぜか。その根底にある規範と欲望に、本作は迫ろうとする。

岡田裕子《翳りゆく部屋》の展示風景より 撮影=堀蓮太郎

  大学付属の美術館を会場とする本展では、在学生も多く鑑賞に訪れる。本展を鑑賞することが、社会と美術の関わりの多様性を知るという点で、ひとつの学習機会ともなっていると感じられた。本展に集められた作品は、完了したプロセスや確固たる結論を提示しているわけではない。「居場所」が安定しないものであるからこそ、まったく異なる他者とともに生きることを諦めず、規範を疑うこと、追求をやめないこと。いまを生きる作家たちによる模索し続けることの豊かさ、先の見えない状況における可能性の希求こそが、ここに提示されていた。

*1──ジェンダー論争については、イメージ&ジェンダー研究会のウェブサイトに本論争で交わされた一次資料が掲載されている。
*2──このような「再考」や「再評価」については、丸山美佳による問題提起も参照のこと。丸山美佳「「女性アーティスト」はどのように評価されてきたのか:ジェンダーにまつわる問題を流行として消費しないために」
*3──《moyamoya room》取り下げまでの詳細な経緯についても、以下の清水の声明を参照のこと。清水淳子「トランスレーションズ展 モヤモヤルーム公開終了の経緯について」 
*4──Dominick Chen「トランスレーションズ展の一部内容変更(「moyamoya room」の取り下げ)に至った経緯等のご説明」
*5──「黒瀬陽平氏と合同会社カオスラによるハラスメントの経緯」Be with Ayano Anzai
*6──「平成美術:うたかたと瓦礫デブリ 1989–2019」展覧会ウェブサイト
*7──「カオスラ告発、一転して訴えられた女性『美術業界のハラスメント許す空気、耐え難い』」弁護士ドットコムニュース 
*8──金色の愛・ユンボ@GOLDENLOVEYUMBOによる問題提起は、2021年5月28日のツイートを参照。これを受けて、以下のような応答があった。「私、磯村暖が参加している展覧会にて龍村景一さんの編集が加わっているデータの使用許可を得ていなかったことに関する謝罪文と経緯説明」(磯村暖@OhayouDogによる2021年5月29日のツイート)「龍村景一さん(アーティスト名:金色の愛・ユンボ)の一連のツイートに関して」(磯村暖@OhayouDogによる2021年6月3日のツイート)「龍村景一さん(作家名:金色の愛・ユンボ)の一連のツイートに対する新大久保UGOの声明」(新大久保UGO@Shinokubo_UGOによる2021年6月9日のツイート)。本稿執筆にあたり、本件について独自に取材を行ったが、この問題については、若手作家を搾取しかねない構造に根本的な原因があると筆者には感じられた。当人たちの心理的支援を最優先に、事態が解決に向かうことを切望する。
*9──令和3年5月性犯罪に関する刑事法検討会「「性犯罪に関する刑事法検討会」取りまとめ報告書」

*──事実関係についての指摘を受け、一部修正と追記を行いました。(12月9日)