およそ650年にわたって今日まで受け継がれてきた能。その能において、古来より正式な上演の場合、最初に必ず演じられていたのが「翁(おきな)」だ。この翁を見つめ直す企画展「翁─細川家の能の世界─」が、東京・目白台の永青文庫で開幕した。
「翁」とは、能楽の源流とされるきわめて儀式的な演目で、世界の未来の平和と安泰を言祝ぐ舞のこと。しかし、その成立や意味はいまだ謎に包まれている。
本展は、本来であれば開かれてたはずの東京五輪と連動する文化プログラム「日本博」のひとつである、「翁プロジェクトー能楽の原点から日本を探る」の一環として開催されるもの。会場に並ぶのは、永青文庫が所蔵する細川家由来の翁面や装束の数々だ。
54万石を誇った細川家は、大名家にふさわしく数多の「能道具」を所有。伝来の資料は約900点に上る。本展は、「翁とは」「細川家の能装束」「細川家の能面」「細川家と能」の4章構成。なかでも、3階展示室「細川家の能面」にずらりと並んだ能面の数々に注目したい。
永青文庫は能面だけで130面、狂言面を含めると163面を所蔵している(うち52面は熊本県立美術館で保管)。この数は、まとまったコレクションとしては他に類を見ない規模であり、大名家伝来の施設のなかでも、極めて貴重な資料だという。
能面は「面(おもて)」と呼ばれ、その種類も様々。翁役が「白色尉」を、三番叟役が「黒色尉」を用いる「式三番面」、神の化身や樹木の精霊などに用いられる「尉面」、妄執にさいなまれる様を表す「怨霊面」、天狗や鬼などを表す「鬼神面」などだ。
同館は、これら演能に必要な種類の能面のほとんどを網羅しており、その網羅性から、細川家では多くの演目が上演されてきたことがわかるという。
細川家は、初代・藤孝(1534~1610)が20代の頃より能に親しみ、隠居後は太鼓の名手として演能に出演。また2代忠興(1563~1645)は自ら舞い、現在の理事長である細川護煕も謡や仕舞を習うなど、能との関係性は深く長い。
代々、能の庇護者であった細川家。その細川家伝来の美術工芸品、歴史資料を保存・公開する美術館である永青文庫は今年で設立から70年を数える。この場所で、「翁」と「能」の世界に触れてほしい。なお本展は、2020年12月12日より金沢能楽美術館に巡回する。