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次世代に向けて創造力を育むミュージアム。「AkeruE」で常設展示中の中山晃子が提示する「ひらめき」

東京湾の臨海エリア、有明のパナソニックセンター東京にある「パナソニック クリエイティブミュージアムAkeruE(アケルエ)」は、「ひらめき」をかたちにするミュージアムだ。クリエーションを通して子供たちの知的好奇心を育む場の特徴を紹介するとともに、オープン時より《赤い緑、黄色い青》と題する作品を常設展示する中山晃子のインタビューをお届けする。

文・写真=中島良平

6つのゾーンで知的好奇心と創造力を育む

 「パナソニック クリエイティブミュージアムAkeruE」(以下、「AkeruE」)という施設名は、前から読むと未来の扉を「開ける」ことを、反対から読むと「ひらめき」を意味するギリシャ語の「Eureka」を表すダブルミーニングを込めて生まれた。SDGsやSTEAM教育(*)をテーマに、多様な展示を通して様々な不思議と出会い、アナログとデジタルを問わずに集められた道具を用いて自由にものづくりを体験できる場だ。 

 パナソニックセンターの2階に上がると、まずフロアは4つのエリアに分かれている。「E(イー)」と名付けられたカウンターは、入場チケットを販売するほかカフェカウンターにもなっており、SDGsを意識した環境にやさしい食材やフェアトレードで生産者に還元される飲み物など、AkeruEのコンセプトを具現化したメニューを提供する。「CHAOS(カオス)」のエリアでは飲食が可能で、サステナビリティやオーガニックについて学びながら楽しめる空間となっている。

「E」カウンター
「E」のカウンターで提供されるのは、味覚と色覚に注目して食を楽しむクリエティブメニュー
「CHAOS」

 その隣のエリアが「GAIA(ガイア)」。中央に設置された「アクアポニックス」は、魚と植物を同じシステムで育てる循環型栽培装置だ。地球で起こっている循環の一部を再現し、水、植物、魚などの目に見えるものと、微生物や二酸化炭素など目に見えないものとの関係を教えてくれる。

「GAIA」展示風景より

 2階の奥にある「TECHNITO(テクニート)」のコーナーは、さながら工作実験ラボだ。3Dプリンターやレーザーカッターなどの最先端のツールから、ハサミやカッター、絵具や筆記具も含めたアナログな文具と工具、電動ノコギリなどの木工加工機材の数々が並び、ものづくりを体験できる。

「TECHNITO」
「TECHNITO」

 そして3階に上がると、「ASTRO(アストロ)」のエリアが広がる。テクノロジーとアートの融合がベースとなり、様々な気づきを与えてくれる空間だ。「ASTRO」の先には、工作展示を行える「COSMOS(コスモス)」と、ストップモーションによる動画制作を行える撮影スタジオ「PHOTON(フォトン)」が展開する。好奇心を刺激し、実際に創作も行えるインプットとアウトプットのバランスが、「AkeruE」の大きな特徴だ。

「COSMOS」エリアでは、季節ごとにテーマを設定。そのテーマに応じてさまざまな材料で考えながら作品をつくり、その作品を中央の回転テーブルに乗せて展示することができる
「PHOTON」では制作した動画を大きな画面にプロジェクションが可能
「PHOTON」の制作ブース

 ストロボで立体物がアニメーション化して見える立体型のゾートロープ作品《アイデアタワー》など、7点が展示された「ASTRO」エリアの入口を抜けて目に入るのが、中山晃子の《赤い緑、黄色い青》。

 キャンバスに描かれた絵画上にデジタルで描かれた絵を投影し、移り変わる色彩を鑑賞するミクストメディア作品だ。キャンバスの色彩の類似色を投影すると、色彩は燃えるように鮮やかな発色となり、補色関係にある色彩の投影によって深いグレーのトーンが生まれる。「物体、光、色覚」の3要素によって、相互に関係し合う色彩の移ろいを味わい、「かたち、質感、色彩」の不思議が立ち現れてくる。中山はこの作品をどう着想し、どのような想いを込めたのだろうか? 本人に話を聞いた。

「ASTRO」展示風景より、左が井上仁行(パンタグラフ)による《アイデアタワー》(2021)

ライブパフォーマンスとペインティングの間のヒリヒリした状態。中山晃子インタビュー

「久しぶりに見ると、この部分がチョークで描かれて、この部分がアクリルで、という物理的な材質を忘れているので、マテリアルではなく色彩だけを見られるのが新鮮で、色が浮いているような感覚が不思議だと感じました」と中山晃子

──キャンバスに描いた絵の上に、色の変化を続けるデジタル絵画を投影する作品の発想はどのように生まれたのでしょうか。

 東京造形大学の絵画専攻を修了しているのですが、在学中に流動する絵具をビデオカメラでマクロ撮影し、それを大きな画面にプロジェクションする「Alive Painting」というライブペインティングのシリーズを続けていました。その目的のひとつは、変化し続ける絵画の可能性を模索することでした。 

Alive Painting at ARS ELECTRONICA center DEEP SPACE 8K
Alive Painting at ARS ELECTRONICA center DEEP SPACE 8K

 あるときのイベントで、赤い衣装を着てパフォーマンスするダンサーの上に赤い光をプロジェクションしたら、いままでに感じたことのないぐらい発色が良く燃えるような赤が目に飛び込んできました。そのときに色の喜びというのは自分で選択した絵具の色だけでなく、そこに外的な要素が影響して複合的にステージに現れるということを経験しました。それ以来、例えば蒔絵づくりの箱を鑑賞したら、この時代にはどういう光源のもとで制作されたんだろうと気にするようになり、光とものの組み合わせを学ぶことが面白くなりました。そこから、在学中に絵画にプロジェクションする作品の習作をつくり始めました。

──絵画とプロジェクションを組み合わせた作品を最初に発表したのは何年ですか。

 2015年に、初台のNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]で、子供たちが鑑賞してどのような驚きが生まれるかをテーマとする「キッズプログラム」という企画がありまして、そこで初めて《赤い緑、黄色い青》を公に発表しました。色の認識の成り立ちを味わう作品研究の第一ステップがそのときにかたちになり、それからは岩場や雪に投影したり、ライブする環境も変わっていくなかでプロジェクターという光源を試す場が広がり、作品制作を進める過程で光と物と眼による実験を進めてゆきました。AkeruEで展示されているこの作品も、ICCでの展示を見てくださった方からのお声がけで制作することが決まりました。

Alive Painting Solo Performance at MUTEK JP Photo by Haruka Akagi

──「子供たちが鑑賞してどのような驚きが生まれるか」というテーマがあることで、普段とは異なる作品プランが生まれましたか。

 子供の頃、色をすごく面白いと思うようになる原体験がありました。植物を色鉛筆でスケッチしに行ったときに、ドクダミか何かの茎を描こうとしたときの体験です。茎の下の方から赤い色鉛筆で塗っていって、葉脈の上の方から緑色の色鉛筆で塗っていったら、真ん中で赤と緑が重なったときに、なんとも言えず生々しいオレンジグレーのような色が生まれて植物の匂いがグッと匂った気がしました。命の生々しさが、色彩を塗ることで立ち現れた経験というか。そういう体験から赤の強烈さや緑の奇妙さが心に根付いて、自分のルーツになっています。

 そのような体験があるので、繊細な五感を持っていた子供の状態に立ち返ろうとは考えましたが、とくに普段と変えたり、子供向けにと分けて考えることはありませんでした。この作品への感想ではありませんが、子供たちを相手にワークショップをやったときには、ある年齢までは、絵具を混ぜることが快感だったり不快だったりという直感的な絵具との触れ合い方なのが、年齢層が上がるにつれ、混ぜた絵具に川などの自然風景や人の姿を見出だしたり、記号と現象を結びつけるような見立てが生まれることに気づいたのは興味深かったです。

──抽象的なものが何か具体的なものに見えてくる「見立て」というのは、描きながらどの程度意識するものですか。

 AkeruEに展示している《赤い緑、黄色い青》は、1ヶ月ぐらいかけて現地で制作したのですが、最終的にこういう図像にしようという絵の目標みたいなものは設定せずに描き始めました。大きなキャンバスにザッと絵具を流し込んだり、にじみに任せてかたちのきっかけを選んだり、いくつもの細部の描写が似すぎないように気をつけながら、全体の大きな気持ち良さを消さずに、というバランスを考えました。

 そういうなかで、画面に生まれるかたちが、何かのものに見え過ぎたら行き過ぎだし、でも絵具そのものに見える状態だと足りていない、ということは意識していました。ライブペインティングをやっていると、生まれる色が絵具の滲みのままなんだけど、そこに想像の余地が生まれる瞬間があり、醍醐味であると思っています。

丁寧に言葉を選びながら話す中山晃子

──実際にキャンバスの絵を完成させて、それから絵の画面に投射するデジタルの絵をつくるんですよね。 

 いえ、アナログとデジタルを並行して描いていきます。まずキャンバスに絵を描き、制作における踊り場まで描き進んだら、キャンバスを撮影して画像をコンピュータに取り込み、画像の色彩を反転させて色を調整します。静止画を動画にする作業です。キャンバスの絵の色に光源の色が一致したときには、すごく鮮やかな色の快感が生まれ、光源がキャンバスの絵と補色関係の色に変化していくと、だんだんと絵がモノクロームに転じていきます。その混色で生まれるグレーは、この方法だからこそ観察できる美しいグレートーンです。PC上での光源の色を変化させるデジタル作業を進めたら、ふたたび絵の具をつかってアナログの絵画を描きます。すると、段々と色の見え方の認知の揺らぎを自分自身体験しながら制作が深くなっていきます。

──キャンバスに描いた絵画に、色が変化を続けるデジタル動画を投影することで絵は変化していきますし、「Alive Painting」でも変化は重要なコンセプトです。「変化」が作品において重要な位置を占めるようになったのはどのようなきっかけがありましたか。

 もともと、表現によって世界をどうつかむかと考えたとき、自分が一番饒舌に表現できる方法は鉛筆デッサンだったり、水彩画だったり、古典的な技法がベースにありました。大学に入学して絵を続けるなかで、ペインティングしている状態を持続したいというか、作品に時間が含まれている「進行形」の状態で絵画作品ができないかということに興味を持ち、変化するからこそ得られる感触を求めて進行形の作品を手がけるようになりました。

 例えば、粗い赤の絵具と細かい青の絵具が出会ったときにどういう関係性の境界線が現れるか、その出会ったときの表情を観察したいと思うのです。その物理現象をマクロレンズで追ううちに、物語が展開してゆきます。そういう認識と表現の関係に興味があるので、ライブパフォーマンスとペインティングの間のヒリヒリしたところで制作活動をしている状況です。

──今日久しぶりにAkeruEに来場されて、《赤い緑、黄色い青》をご覧になった感想と、この作品をきっかけに、新たにどのような展開をお考えかお聞かせください。

 作品を制作していたときのアクリルやチョークなどの素材と色の関係を忘れて、純粋に色が四角く空間に浮かんでいるような状態を見ることができたのは新鮮でした。ペインティングという名称からも離れてもっと純粋に光のことを考えたり、色の実験をしたり、色の見え方についてリサーチを深めたいと思っています。

中山晃子

 3月19日にはAkeruEに中山を招き、「色や光と対話してみよう 〜赤い緑、黄色い青〜」と題する展示作品を利用した対話型鑑賞イベントを実施。思ったことや浮かんだイメージを言葉にするなど、作品鑑賞から子供たちには自由な発想が広がった。

3月19日のイベントの模様
中山が実際に作品をハックして、作品に色を乗せるライブ実験も行なった

 そして4月10日には、「対話型鑑賞ワークショップ まちの研究所」を開催し、ニューヨーク近代美術館で開発された、観察力・思考力・言語能力などを高めるアート鑑賞法「VTS(ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ)」の考え方と手法をベースに、子供たちがすでに持っている「感性」「クリエイティビティ」を高めるアートとの対話と表現活動を行う。次世代の創造力を育むために誕生したパナソニック クリエイティブミュージアムAkeruEでは、刺激的なイベントの数々がこれからも企画開催される予定だ。

*──Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学習する「STEM教育」に、Art(芸術)を加えて提唱された教育手法のこと。

編集部