「一人の作家と多くの個展を開催してきたことが、ギャラリーの勲章」
絵画ブームから学んだこと
東京、京橋駅から徒歩2分ほどの場所にある「ギャラリー椿」は、天井高3.4mのゆったりとしたスペースが特徴だ。ギャラリーでは主に約50人の取り扱い作家による絵画、版画、立体などを継続的に紹介し、新進作家の発表の場となる貸し画廊「GT2」も併設されている。
代表を務める椿原弘也がギャラリーを設立したのは1983年。大学卒業後、当時数十人規模のスタッフを抱えていたという大阪の「梅田画廊」、そして新宿で父が営む「椿近代画廊」のスタッフを経た後に独立した。「梅田画廊で5年、椿近代画廊で9年。独立する36歳まで、約14年間をかけ自分の方向性を見極めることのできた、大切な時間でした」。と椿原は振り返る。
椿原が大阪を拠点としていた70年代は、貨幣と“もの”との関係性が大きく揺らいだ時期でもあった。「インフレで貨幣価値がなくなるから、お金を“もの”に変えようという時代が70年代初頭。その一環で絵画ブームが起こり、作品は飛ぶように売れました」。
ともに歩んできた2人の作家の存在
そうした華やかなブームも、オイルショックなどの経済混乱をきっかけに2年ほどで終焉を迎える。すると今度は、投機として作品を購入していた一部の顧客からは、「なぜ、絵の価値が下がったときに教えてくれないのか?」と、苦情がくるようになったという。
作品の価値は、経済に連動して上下する。そのことを痛切に感じた椿原は、ひとつの考えに至った。「経済の動きとは別に、自分の指針で作品の価格を決めたい。適切な価格で販売し、売れなくなったからといって安く売り叩くこともない。だから自分で作家を見つけよう、と。大阪から東京に戻るタイミングでそう決心したわけですが、父からは“ずいぶん青臭いことを言っているな”と思われていたかもしれませんね(笑)」。
84年、現在のスペースからからほど近くのビルの地下1階に「ギャラリー椿」をオープンさせた椿原は、当時はまだ無名であった作家も積極的に発掘し、紹介していった。そうした作家の中でも「開廊直後からギャラリーや僕を支えてくれた作家だと思う」と話すのは、絵画を中心に、詩、音楽、映像、オブジェなどを制作し、著書『ぼくらの鉱石ラジオ』でも知られる小林健二。そして、染色、陶芸、ガラス絵、版画、木彫など多様な作品や、本の意匠を手がける望月通陽(みちあき)だ。ともに30年来の付き合いで、望月はギャラリー設立にあたりロゴマークを作成した人物でもある。「ロゴマークには、羊が苗木を育てている姿がかたどられています。望月さんいわく“美”の文字には“羊”が潜んでいるから、“羊は美の神様だ”と。その神様が若い自分(作家)たちを育ててくれるという思いを込めたそうです」。
そうした思いを反映するかのように、小林、望月を含む作家は着々と活動の場を広げていった。「美術館などの空間を生かして作品を構成できるのは作家の資質。ギャラリー椿以外での展示を見るのは作家の成長を感じられますし、空間との共演がいつも楽しみです」。
細く長く、マイペースに
ギャラリーでは、あどけない表情を持つ人物が植物や動物の着ぐるみを思わせる衣服をまとった、クスノキの木彫を手がける中村萌や、銅版画の抽象表現を経て、幻想的な具象画を描いてきた山本麻友香といった、若手~中堅作家も多く在籍している。作品に共通するのは、詩情があり、童心を感じさせる佇まいだ。「子供が抱く夢のような、あたたかい表現がある作品が好きです」。そして、作家の評価について次のように続けた。「作家が自分の本当の評価を知るには長い年月がかかる。あるいは生きているうちですらないかもしれない。でも、作品を通して自分の足跡を残せるということはかけがえがなく素晴らしいことだと思いますから、細く長く、マイペースな姿勢で制作を続けてほしいです」。
そして、日本ではまだあまり一般化していない、作品購入の文化について言及する。「いま、“浪費”をする人が以前よりもずいぶん減ったように思います。作品を買うのは贅沢なことかもしれませんが、歴史を見るとその贅沢によって文化はつくられてきた。気に入った作品があれば、気軽に手にとってほしいですね」。
ギャラリーの勲章
2016年6月、椿原の古希とギャラリー35周年を祝うために7名の作家が発起人となり、90名もの作家が出品する展覧会「GALLERY TSUBAKI REUNION」が開かれた。その際に作家から贈られたという賞状の冒頭では「志をもって船出をしても風を見逃し、星を見失い、漂うばかりの若者の船にとって、ギャラリー椿はしおれる帆の数々を尚も励まし、次の海へと送り出してくれる港です」と、作家の感謝の意が記されている。
「一人の作家と多くの個展を開催してきたことが、ギャラリーの勲章だと思う。売れ行きの好調・不調もあれば、作風の変化、スランプもある。でも、作家と損得勘定のない関係性で“お互いずっとやってきたんだな”と思えるのはこのうえなく幸せなことです」。
ギャラリーいち押しの作家
小林健二
作品に向き合う姿勢が素晴らしいと感じる作家の一人です。書庫は専門書で埋め尽くされ、望遠鏡も、シンセサイザーも、水晶までも、すべてを自作してしまう、現代のレオナルド・ダ・ヴィンチのような人。自分の好きなことがそのまま作品に生かされる様子は、いつでも新鮮に見えます。
(『美術手帖』2017年11月号「ART NAVI」より)