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ポスト・インターネットの旗手、オリバー・ラリックインタビュー

ポスト・インターネットの旗手として注目される、オーストリア出身のアーティスト、オリバー・ラリック。彼は、古典彫刻からアニメキャラクターまで、ありとあらゆるイメージを複製し、流転、変異させていく。この時代におけるイメージの問題に取り組む作家に話を聞いた。

新藤淳

オリバー・ラリック turbosquid.com/3d-models/free-obj-mode-scan-ligier-richier/969915 2015 ポリウレタン、顔料、アルミニウム粉末 90×40×6cmPhoto by Kensuke Tomuro

最近、「ポスト・インターネット」という言葉が、世界的に注目を集めている。つまり、ネットとリアルの境界がもはや自明ではなくなった情報環境、両者の相互浸透がほとんど無意識に生じる状況を指す概念だが、それを象徴するような制作活動を展開していると評されるアーティストのひとりが、オリバー・ラリックにほかならない。

もっとも、そんな時代の寵児の意識は、自身の作品によって単に「インターネット以後」の情報環境を映し出すといった、素朴な「自然主義」にはない。むしろ、ネットが新たな「現実」や「自然」になったとして、そこでなお「芸術作品」が可能であるとすれば、それはいかにしてかという、ある種の存在論的な条件を問うことに、彼の関心はある。

オリバー・ラリック 無題 2014-15 4Kビデオ、カラー、サウンド 5分55秒
Courtesy of the artist and Tanya Leighton, Berlin

1月23日までKaikai Kiki Gallery(東京・元麻布)で開かれていた個展「TF」は、ラリックの活動を本格的に紹介する日本では初の試みだった。 世界各地での展示が相つぐなか、時宜を得た催しである。ただし、ラリックにとって、自作をどこか現実の場に設置し、物理的に展示するという行為は、ウェブ上で非実体の画像や映像を発表することと等価だという。

「僕は自分の彫刻作品の画像をすべてインターネットで公開している。いま展示している彫刻の3Dモデルも、誰でもダウンロードできるよ。実物の彫刻とそれらに違いはない。イメージと彫刻、ドキュメンテーションのあいだに、確たるヒエラルキーはないんだ。ただ、異なるマテリアルがあるだけだよ」。

この「マテリアル」という言葉は重要だろう。いましがた「非実体の画像や映像」と書いたが、それはラリックには不適当な表現であって、彼の制作論理においてはおそらく、JPEGやSTLなどのイメージ・ファイルそれ自体が、手触りのあるマテリアルなのだ。

例えば、今回の個展で展示された《The Hunter and his Dog》は、イギリスのリンコルンの美術館に所蔵される大理石彫刻を3Dスキャンし、そこからポリウレタンや金属を合成した3体のハイブリッドな彫像を起こした作品である。ラリックはその3Dモデルをネットにアップしており、それは誰もが容易にダウンロードすることができる。

オリバー・ラリック The Hunter and his Dog 2015 ポリウレタン、ヒスイの粉末、銅粉、アルミニウム粉、顔料 180×66×80cm

興味深いのは、その「原型(オリジナル)」となったのが、実際には新古典主義の彫刻家の手になる19世紀の創作物でありながら、まるでローマの地層から発掘された彫像であるかのような事物、すなわち、架空の古代彫刻の複製のごときオブジェクトであったということだ。

この場合の「原型」は、それ自体がオリジナルとフェイク、実体と虚像、実在と非実在の閾(いき)にある幽霊的な何かだといっていい。ラリックはそれを、STLデータやポリウレタンなど、様々な「マテリアル」に変換することで、複数の異なる「イメージ・オブジェクト」(アーティ・ヴィアカント)へと変形してみせる。

問題はしたがって、美術史における「オリジナル」の地位を、既成のイメージやオブジェクトの「流用=盗用(アプロプリエーション)」によって侵犯するというような、生硬な旧態的戦略ではない。ラリックにあっては、そもそもいかなるイメージも、いかなるオブジェクトも、単一のマテリアルには還元されえず、つねに別なるメディウムへと塑型され直し、異化されうるという、その限りでの「ポストメディウム」の意識が当然のものとなっているだけだ。

彼の作品は、そのつど見出され、また発明されるメディウムを通じて変換=変形されてゆくイメージ・オブジェクトの偶有的なTF(トランスフォーメーション)の構造、あるいは変異(ミューテーション)の過程そのものとしてある。

そしてそこには、よくいわれるネット時代の集合的で匿名的な想像力/創造力とは似て非なる、もっと錯雑した歴史の時間性を孕んだ「作者」の姿が浮かび上がる。

(左右いずれも)オリバー・ラリック Mars Relief 2015
Photo by Kensuke Tomuro

「僕は特定の『主体性』という概念からは離れて、つかのま『作者性』と結びつくようなパーソナリティーに目を向けたいんだ。僕の彫刻作品は、元は過去のアーティストがつくったものだけど、それは僕と結びつき、今後100年のうちにはまた別の誰か、200年後にはさらに別の誰かと結びつくだろう。そこに僕自身の名が付されていようと、別の誰かの名が付されていようと、どちらでも構わない。忘却があるとすれば、それはまったく喜ぶべきことだよ」。

過去・現在・未来の「誰か」たちとの、アナクロニックにして暫定的な「結びつき=協同(アソシエーション)」のなかに仮構される「作者」── それはネット以後のコミュニケーションと同時に、ミハイル・バフチンの「対話理論」に惹かれるというアーティストに、いかにも相応しい発想である。

個展を見逃した人も、作家のウェブサイトやYouTubeなどで、「バージョンズ」と題された代表作を見ることができる。その一連のビデオ作品では、多種のイメージ・オブジェクトの可塑的な変形プロセスが描き出されるが、それらは「一連の彫刻、エアブラシで描いたミサイルのイメージ、トーク、PDF、歌、小説、レシピ、戯曲、ダンスのルーティーン、長編映画、また商品」としてある。ラリックはこうして、あるものが別の複数のものになりうることの可能性に、いつも賭けている。

PROFILE

オリバー・ラリック 1981年インスブルック(オーストリア)生まれ。ウィーン応用美術大学でグラフィック・デザインを学び、現在はベルリンを拠点に活動する。 複製やリミックスなどの手法からのアプローチでイメージや表象の問題を扱った作品で知られる。 2015年「ニュー・ミュージアム・トリエンナーレ:サラウンド・オーディエンス」(ニュー・ミュージアム、NY)、 同年「オール・トゥモローズ・パスト」(クンストハレ・ハンブルク)などに参加。また、ウェブ上でも作品を発表している。

『美術手帖』2016年3月号「ARTIST PICK UP」より)

編集部

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