現代社会の形骸化した希望の行く末を静かに照射する
陳維(チェン・ウェイ)は1980年、中国の浙江省に生まれ、現在は北京において主に写真を用いた作品を発表している。中国の一人っ子政策、改革開放政策以後に生まれた「80後」世代を代表する作家のひとりである。
薄暗く光るネオン、床にはミラーボールが転がり、カウンターの周囲には酒瓶が乱雑に置かれている。監視カメラは深い霧に包まれていて、本来の役割を果たしているか疑わしい。それぞれの作品は極めて具体的な状況を示しながら、どこか現実離れした印象を観客に与える。その理由の一端は被写体のすべてが、チェン自身がスタジオにつくった精巧なモデルだということにあるだろう。
展覧会そのもののタイトルともなっている《ナイト・パリ》は10年以上前に建てられたカラオケ店という設定だが、いまやそこに集まる人々の姿は見えない。本来鮮やかな都市生活を象徴するはずのものが、ただ憂鬱に、物悲しく、打ち捨てられている。
「北京ではよく、お店にパリやマンハッタンといった海外の都市の名前がついています。中国での生活は過酷なので、そこから逃げ出したいという思いが込められているのだと思います。しかしこの作品では、 その思いはすでに失われてしまっているのです」。
一方、今回展示されている作品の構想のもととなった《フューチャー・アンド・モダン》は、対照的に人々の希望の始まりを示している。
「夜遅くにスタジオから車で 帰っている途中に、ちょうどあの作品と同じような感じの建物を見かけたことから始まりました。真新しくてまだ誰も住んでいないマンションの屋上に、未来への期待が込められたネオンが光っていた。しかしそれがあまりにも現実の生活を無視したもののように感じて、まるでゴーストタウンというか、中身のない見せかけの世界のように思えて、非常にがっかりした気持ちになったのです」。
そうした形骸化した希望の行く 末を示しているのが人気(ひとけ)のないカラオケ店であり、その現実に失望した人々が再び求めるのが《フュ ーチャー・アンド・モダン》の掲げる「未来 現代 新城」なので ある。両者は繰り返し現れて、どちらが先ということはない。チェンは現代の中国に蔓延する、「ここではないどこか」を求める人々の空気とその現実を、実に見事に描き出している。
「10年ほど前までテレビ局でニュースの取材の仕事をしていました。それが真実を確かめられる方法だと思っていたので。しかし実際はまったく違っていました。 中国では報道の内容はかなり規制されています。ですから、テレビ局での取材の仕事では、真実に触れることはできないのです。そういった状況はとても悲惨ですよね。今でもニュースを見ますが、当然ながらすべてを信じることはできません」。
理想から乖離した現実を距離を保ち見つめる
こうした経験を通じて、表面的に示されていることの裏で本当に語られていることについて探求しようとする現在の作品スタイルが生まれたと言えるだろう。その過程でチェンがもっとも重視しているのは「距離を保つこと」だという。チェンにとって、現れた風景を即座に撮影するのではなく、リサーチに基づきモデルを作成し撮影するという制作のプロセスは、 目の前の事象と一定の距離をとりながら、真実を模索するための方法論なのだろう。
実際の制作の方法については次のように語ってくれた。「制作においては、詳細な脚本などがあるわけではありません。基本的には撮る前にほぼ完璧なイメージが頭の中にあるので、それをスケッチに書き、アシスタントとリサーチをして、何ができて何ができないかを話し合い、撮影を行います。
例えば、《フューチャー・ アンド・モダン》のネオンは、中国の建物の中でどのような単語がもっとも使われているかというリサーチをした上でつくっていま す。実際には、作品と同じ名前のビルは存在しませんが、自分でつくってしまったほうが言いたいことをより正確に伝えられるし、憧れを象徴した3単語を合わせることによって、さらに誇張した表現ができると考えました」。
現在は、自分の生活から見えてくるものから作品を生み出すことが重要であると語るチェン。最後に、アーティストとして中国に身を置くことについて尋ねてみた。「中国にいることは私にとって重要なことです。いまの中国には本当に様々な問題があります。特に深刻なのは人々の心のなかに幸福感や安心感、満足感が存在していないということです。それについて政府は何もしてくれません。具体的な問題と不安は自分で解決するしかないのです。
アーティストの仕事は作品を通じて、見る人が社会にはこういう問題がある、こういう側面もあると気づき、考えることにあると思っています。ですから中国に住む中国人の私が、自国の問題を扱う作家だと思われることは仕方がありませんが、それらの問題は同時に日本や他の国々でもあると思うのです」。
物心ついた頃には激動の時代はすでに終わり、すべてが揃っていて自身の生活以外には興味のないわがままな世代、とされていた「80後」。しかし、だからこそチェンは市民として、また個人としての自身の有り様を客観的にとらえ、「距離を保つ」。自らの身を置く国の現状を、より大きな社会の一部として、内部から鋭く観察する視点を保持することができるのだろう。
(『美術手帖』2016年1月号「ARTIST PICK UP」より)
PROFILE
CHEN WEI 1980年中国浙江省生まれ。2008年より北京を拠点に活動。主な個展に、2015年ChiK11美術館(上海)、2014年オーストラリア・チャイナ・ ファウンデーション(シドニー)、など。日本では2011年に滞在制作と個展「漠然の索」(コハマ創造都市センター)を行う。また2015年「China 8, Works in Progress, Photography in China 2015」(フォルクヴァンク美術館、エッセン)、2014年「Performance and Imagination:Chinese Photography 1911-2014」(スタ ヴァンゲル美術館)などグループ展にも多数参加。