聴診器を通して聞く自分の心臓のリズムに合わせ、赤々とした生肉の塊を叩く《生きている/生きていない》。あるいは「戦時中、髪の毛で代用醤油がつくられていた」という都市伝説をもとに、自身の髪の毛から醤油を生成した《≒醤油》。伊東宣明は「人間の本質的な部分であり、逃げられないもの」だと言う「身体」「精神」「生/死」を軸に、映像やインスタレーション作品を発表してきた。
WAITINGROOMにて11月26日から12月25日まで開催する個展では、2種類の映像作品を発表。伊東が各地のアートスポットを巡り、抑揚のある口調で「美術とは何か」を語る自撮りの作品《アート》では、伊東は伝道師のような雰囲気をまとう。「作品の先にある“X”を追い求めるものこそがアートだ、と主張しています」。
いっぽう、《芸術家》は、作家か「普通」の生活か、その境界に佇む女性が主人公の映像作品だ。歴史上の芸術家の名言で構成された「芸術家十則」を1分以内にすべて絶叫することを伊東により課された女性は、達成までの過程で、時に感情を露わにしながら作家として生きる決心を固めていく。「《芸術家》は、制度によって精神が矯正されること。また、作家の“不自由さ”について表しています」と伊東は言う。これら2つの作品は、異なる「芸術像」を示す。しかし共通するのは、それらがいくつかの事実と矛盾を含んだ「フィクション」であることだ。「美術に対して自分が信じたいこと、あるいは状況への揶揄を込めています」と話す作品は、現実と虚構の狭間をゆらぎ、真意を見え隠れさせる。そして「アーティスト」である伊東本人が作品に登場し語ることで、より複雑に多層化され、見る者の認識をゆさぶる。
(『美術手帖』2016年12月号「ART NAVI」より)