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INTERVIEW - 2018.6.24

日常におけるポリティクスと倫理を示唆する絵画。ヘンリー・テイラーに聞く

家族や友人から、スポーツ選手、ミュージシャン、活動家まで多様な人物の肖像画を描く、アフリカ系アメリカ人のヘンリー・テイラー。Blum & Poe(東京)での日本初個展を機に来日した作家に、自身の境遇やそれを元とした作品制作の関係について話を聞いた。

文=ネトルトン・タロウ(テンプル大学ジャパンキャンパス アート学科准教授)

東京のBlum & Poeのオフィスにて 撮影=岩澤高雄

東京のBlum & Poeのオフィスにて 撮影=岩澤高雄

俺が黒人の絵しか描かないって言う人がたまにいるけど、そんなのはファックだぜ。

 今年還暦になるアフリカン・アメリカンの作家ヘンリー・テイラーにとって2017年は激動の一年であった。歴史的に麻薬中毒者や路上生活者が多いロサンゼルスのスキッド・ロウにスタジオを持つテイラーは、去年ニューヨークのホイットニー・ビエンナーレ2017に出展し、同じくニューヨーク、ハイラインで初の公共作品を発表。そして『The New York Times Style Magazine』や『Art in America』の表紙を飾り、ボストンのICAに作品を購入され、クリスティーズ・ロンドンでは自身史上最高額で作品が落札された。現在東京のBlum&Poeでは、2017年6月にチューリッヒで開かれた展覧会以降にタンジール、ガーナ、アンティパロスなどの旅行先で制作した作品が展示されている。しかし近年の成功や過去の経歴について、ギャラリーの空間を指差しながら彼は言った。

「俺は10年間精神病院で働き、患者のケツを拭いてたんだ。ホームレスになり車中で寝泊まりしてたことだってある。だからこんなのはいつ消えてもおかしくないってことは十分にわかってるんだよ」。

 世の無常を理解しているからこそ、自分には「誠実にオーセンティックな作品をつくることしかできない」とテイラーは言う。包容力に満ちている、と具象絵画を形容するのは少しおかしいかもしれないが、その独特な倫理観に触れずにテイラーの作品を語ることは道理に反することである。

 彼のポートレート作品のモデルは、家族や日常的に会った人などプライベートの生活のなかに存在する無名の人物であったり、カール・ルイスのようなスポーツ選手やJay・Zのようなミュージシャンなどの有名人、また歴史的な事件の主人公を含むが、それらを彼は区別することなく描いている。その作風の背景には、文化相対性とも言うべき他者への寛大さや、自分の物差しで人を測らない心構えが見える。30代半ばまで修士号を取らず、ジャーナリズムを研究していたこともある彼の関心の対象は多岐にわたり、題材やモデルも多様である。テイラーは「俺が黒人の絵しか描かないって言う人がたまにいるけど、そんなのはファックだぜ」と、作品が安易に語られることを拒否し、今回の展示作品にも様々な人種が表象されている。

ヘンリー・テイラー Marie  2018

即興的な作品制作

 テイラーの作品はとかく情緒的な場面や題材を控えめに扱い、そして共感、仏教的に言えば、慈悲をもってモデルと接している印象を見る者に与えるが、それは一見ナイーヴにも見える技法、明るい色彩、そしてフラットに、拡張的に塗布されている色に由来する。モチーフにはポストモダン的な面もあるが、様式的な影響を受けたとテイラーがインタビュー中に挙げた作家たちは、クロード・モネ(「サイ・トゥオンブリーを通してモネを評価できるようになった」)、エドゥアール・マネ、パブロ・ピカソ(「寿司を握るのと同じで、線一本引くのにも技巧が要されるだろ。だから描いてるときにマネやピカソを思い浮かべるよ」)、ミルトン・エイヴァリー(「もしかしたら俺は彼みたいな抽象的な絵を描きたいのかもしれない」)など、ハイ・モダニズムの巨匠たちであった。

 厚く塗られた絵具に見える筆の動きは敏速に描かれたことを示唆し、なかには中断されたように見える作品もある。テイラーいわく、「こういうのは『パレット掃除』って呼んでるんだ、ハハハ。1枚描き終わったときにパレットに残っている絵具だけで次の絵を描くんだよ。俺は育ちが貧しかったから、母親に、浪費しなければ窮乏することもない、と教えられたんだ」。ただ、もったいないからというだけではなく、衝動に駆られ必然的に制作していることもわかる。例えば今回の展示にはバスルームで描かれた絵が2枚あるが、「描きたいと思ったら、トイレでもどこでも、パレットと絵具を持ち込んで描いちゃうんだよ」と、携帯で証拠写真を見せながら彼は言う。

 こうした即興的な制作をテイラーはセロニアス・モンクに言及しながら説明してくれた。「モンクはしばしばミュージシャンに録音していることを伝えなかったらしい。例えばベーシストが失敗しても、全体の雰囲気を重視して録り直しを拒否したっていう。だから俺もプロセスを受け入れるようにしているんだ。作品が完成したかどうかなんてわからないこともある。それでも放っておいたほうがいいときもあるのさ」。

ヘンリー・テイラー Tatiana and Danny – Greece 2017

 テイラーは高校時代、キャンプ先などで出会ったばかりの人を実家に連れて帰ったという。「すると母親は『この人誰?』って聞くんだ。で俺は、彼はギターを弾けるんだよ、なんて言ってね。俺はいろんなことに興味があるから自分にない技術を持った人に会うと仲良くなっちゃうんだよ」。絵を真剣に学び始めたのも、1980年代オルタナ・コミック界の最重要作品のひとつである『Love and Rockets』の著者ヘルナンデス兄弟との友情がきっかけであった。

「彼らの影響で最初はデッサンが上手くなきゃいけないと思っていたんだ。バスケットボールと同じで、まずルールは学ぶ必要があるけど、そんなのは1回覚えたら捨てていいんだ。ジミ・ヘンドリックスの『星条旗』みたいなもんさ」。

 そして、テイラーにとってあらゆる出会いが絵の触媒になり得ることが今回の展示作品からもうかがえる。ガーナで滞在したホテル近くの仕立て屋がアトリエになることもあれば、東京のギャラリーのスタッフがミューズになることもある。そこには彼にとっての社会的な関係の重要性と先入観を持たずに人と接する傾向が見え、その態度は作品に色彩的だけでなく心情的な温かさを与えている。

いま、アメリカを描くということ

 しかし、テイラーの過去の作品の文脈を汲み取ると、決してそれらは直感的に制作されていないことがわかる。例えば前述した『Art in America』の表紙に使われたマイルス・デイヴィスとセシリー・タイソンの肖像画であるが、テイラーは2人をホワイトハウスの前に立たせている。タイトルは《オバマ宅を訪問するセシリーとマイルス》である。周知の通り、マイルスはオバマ就任以前に他界しているので、これは架空の場面であるが、マイルス・デイヴィスとセシリー・タイソンが結婚していた80年代(結婚期間1981〜88年が、レーガン政権の81〜89年とほぼ被る)にオバマが大統領になっていたら、どんなに素晴らしかっただろうと訴える絵であろう。

 そこにはレーガン政権こそがアメリカ政治を大幅に右に押し進め、弱者に残酷なネオリベラリズムの台頭を促したことが関係している。1987年にマイルス・デイヴィスがホワイトハウスの晩餐会に招待された際、ナンシー・レーガンに「あなたはここに招待されるに値する業績が何かあるの?」と聞かれ、デイヴィスが「俺は音楽史を5、6回変えた。あんたは大統領をファックしただけだろう?」と答えたのは有名な話である。

 皮肉にもこの絵が描かれた2017年にはレーガンを尊敬するというトランプが大統領に就任しているのである。テイラーは言う。「信じられないようなことってのは日常的に起きるんだ。例えば、いつか自分が大統領より年上になるとは思いもしなかった」。第45代米国大統領は1946年生まれなので、テイラーが自分より年下の大統領と言うのは61年生まれのオバマのことである。テイラーは言い足した。「いまはトランプみたいなマザーファッカーが大統領になってるんだぜ」。

 2017年8月、バージニア州シャーロッツヴィルで開催された白人至上主義集会に対して、参加した白人至上主義者によって死傷者が出たにもかかわらず、トランプ大統領が彼らを批判することを渋るという信じ難い出来事が起きた。また、15年の統計によると、アメリカでの白人以外の人種は人口の38%足らずであるが、若い黒人男性は白人の5倍以上の確率で警察に殺されている。近年ショーン・ベル、トレイボン・マーティン、マイケル・ブラウン、エリック・ガーナー、アルトン・スターリング、フィランド・カスティーユほか多数の黒人男性が非武装にもかかわらず警官に殺され、警官が無罪判定を受ける事件が続いており、原因のひとつにトランプが提唱する、とかく人種が「根拠」になるストップ・アンド・フリスク(職質)があると言われる。テイラーは初のホイットニー・ビエンナーレで車内に座るフィランド・カスティーユが警官に射殺される場面を描いた作品を発表した。タイトルはボブ・ディランの曲名に由来するが、ディランが「時代は変わる」と歌ったのに対し、テイラーのタイトルは、《時代の変化が遅すぎる》である。「フレッド・ハンプトンだって何も悪いことはしていなかった。ただプログレッシヴなブラザーだっていうだけで警察に暗殺されたんだ」。ブラック・パンサー党のこのカリスマ的指導者が射殺されたのは1969年だった。

作品に潜む両義性

 このような深刻な政治問題、とくにアメリカの黒人に関する問題をあからさまにではなく、滲み出すように扱うのも、また、テイラーの特徴である。明確な政治性は一見ないように見えるが、テイラーの作品には日常的経験と作品制作、著名と無名、私と公などの二元的な概念を覆す傾向がある。インタビュー中、フォトグラファーがカメラを向けると「撃たないでくれ[英語では撮影も射撃もshootである]! 黒人を撃ち殺すのはアメリカだけだと思ってたぜ」と言ったかと思うと、瞬時に走っているポーズを取りながら、「サツから逃げている感じだ、どうだ?」とおどけた。

ヘンリー・テイラー Far away Thinking of You 2017

 展示作品で最大サイズのメキシコのグアダラハラで描いた風景画や過去作品にも現れる黒馬のモチーフについて聞くと、少し無口になり、「んー、なんというか現れるんだ。どうしてかは正確にはわからない。ロバに似ているからか、もしくは俺の祖父が牧場をやっていたからか、あるいは馬はパトカーのような存在だからかもしれない」。この答えひとつにしても、奴隷制度廃止時に黒人が一時的に「40エイカーの土地と1頭のロバ」を与えられた史実、そしてかつてKRS-ONEがリリックで綴った現代の警官と過去の奴隷監視人との共通性に関連している。表層的にはスーザン・ローゼンバーグが10年近く描き続けた馬たちに近いのだが、彼女にとって空のイメージにすぎなかった馬はテイラー作品では自由と抑制を同時に象徴する、きわめて強い両義性を持ったシンボルなのである。

展示風景より。右に見えるのが、《OXXO- Somewhere in Mexico but close to the BORDER》(2015-2018) 撮影=若林勇人

 この両義性がテイラーの作品を解く鍵のひとつであろう。シンプルに見えて複層的であり、ナイーヴに見えて博学であり、悲劇的であり楽観的である。別れ際にテイラーから「おまえ、俺のライターを持ってないか」と聞かれた。持ってないよと答えると、彼は手をポケットに沈め、間髪を入れず言った。「ごめん、入ってたよ。ハッハッハ。でもいまので、黒人として生きることがどんな感じか少しわかっただろ」。その捨て台詞が過去数年、急激な成功を収めているこのアフリカン・アメリカン・アーティストのスタイル、態度、そして作品の縮図に思えた。

『美術手帖』2018年6月号「ARTIST PICK UP」より)