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江戸博はなぜiMacやメイド服を展示するのか? 常設展「現代の東京」から見える博物館の意義

六本木や上野をはじめ、東京には美術館・博物館が密集するエリアが多い。そのなかで、最近勢いを増しているのが両国だ。その両国のなかでも、突出して巨大で、なおかつ多くの人々を集めているのが江戸東京博物館。約260年の江戸の歴史、そして約150年の東京の歴史と文化を網羅した博物館だ。今回は、その江戸博のなかで展示されている「現代の東京」にフォーカスしたい。

文=浦島茂世

常設展「現代の東京」展示風景

両国を、東京を代表する巨大な博物館

 両国にある美術館・博物館は、バラエティに富んでいることでも知られている。錦絵や番付、化粧廻しなど相撲に関する資料が充実した両国国技館内の相撲博物館、関東大震災にまつわる資料や徳永柳洲や有島生馬の大型絵画などを展示する都立横網町公園内の東京都復興記念館、携帯電話の歴史を学ぶことができる企業博物館・NTTドコモ歴史展示スクエアのほか、工場や作業場、民家などを展示スペースにした墨田区の独自事業「すみだ小さな博物館」に参加するプチ博物館などさまざま。さらに、2016年にすみだ北斎美術館が開館、続いて18年に刀剣博物館がそれぞれ旧安田庭園に移転開館し、さらに魅力が高まっている。

 そんな両国に1993年に開館した江戸東京博物館、通称・江戸博は、「江戸東京の歴史と文化を振り返り、未来の都市と生活を考える場」として設立された。JR両国駅からもよく見えるユニークで巨大な建物は、メタボリズム建築の菊竹清訓の設計によるもの。博物館の公式見解ではないが、菊竹は自著『江戸東京博物館』のなかで、江戸博の建物は江戸時代初期に焼失した江戸城天守閣の高さを意識し、同程度の62.2メートルに高さを定めたと語っている。そして、この巨大な建物内には、約61万点もの資料が保存・収集そして展示されている。

江戸東京博物館

「江戸」だけじゃない、「東京」もすごい

 その略称から江戸時代に特化した博物館だと思われがちな江戸博だが、正式館名に東京と入っているとおり、明治、大正、昭和、平成の150年の「東京」の歴史もしっかりと展示している。

 そのなかでも、「現代の東京」のコーナーは、老若男女どんな人でも必ず足を止めるといわれている人気スポットだ。

 常設展「現代の東京」コーナーサイン

 この「現代の東京」コーナーは、2015年の常設展の大規模リニューアルで設置された比較的新しい展示コーナー。93年の開館当時、江戸博の常設展示は東京オリンピックが開催された1964年までを展示対象と定め、以降の歴史については触れていなかった。当時の人々からすれば1964年でも約30年前。それ以降の出来事やものごとは、博物館で展示するには、まだ日が浅いと考えられていたのだろう。

 しかし開館して22年、東京はめまぐるしく変化した。この模様をより詳細に伝えるため、リニューアルを契機として、展示する時代の範囲を一気に50年ほど広げることとなり、このコーナーが誕生したのだ。

 常設展「高度経済成長期の東京」
「変化を続ける東京」では60年代から10年ごとに区切られている

 「現代の東京」のコーナーは、1960年代から2000年代までの50年間を10年ごとに5つに分け、東京の変化を直感的に比較できるのが大きな特徴だ。家具調テレビやインベーダーゲーム。多段変速ギア付き自転車など、時代を象徴するものがずらりと並んでいる。

 流行の服装は変化がとくに著しい。竹の子族やボディコン服、ルーズソックスにメイド服など、わずか10年刻みで大きく変動していることに気付かされる。そして、初代iMacやwindows95もすでにガラスケースの中にあることに驚かされる。流行の発信地も銀座から渋谷、秋葉原と位置を移動していることも伺える。

ボディコン服も展示

 「子供のころ使っていたものを展示品のなかに見つけ、『懐かしい』と嬉しがる方もいれば、『博物館に展示されちゃっている』と、複雑な表情を見せる方もいます。このコーナーは、懐かしい思い出話で非常に盛り上がる場所なんです」と担当者は語る。じつは、このコーナーで展示されているもののうち、いくつかは江戸東京博物館のスタッフから収集したものも展示してあるそうだ。

昭和のキャラクターグッズも並ぶ ※現在は違う資料を展示中
80年代を代表するおもちゃ、ゲーム&ウオッチとファミリーコンピューター
2000年代の学校給食

 「現代の東京」の展示品の選定は、誰もが経験したことのあるものを軸にしている。「ほとんどの人が食べた経験のある学校給食はその代表です。自分の食べていた時代の給食を基準に、前後の時代を見比べてみるとその違いが実感できると思います。また、学校給食は、社会のニーズに合わせて変化していることに注意を向けて見てみると非常におもしろいです。1960年代は栄養を摂ることが第一の目的でしたが、現在は食育を意識した献立になっていることがわかります」と担当者。展示しているCM映像やベストセラーなども、そのような観点から選定されているのだそう。

BGMの曲目パネル

 また、展示ケースの周囲には石原裕次郎から筋肉少女帯、さらには岡村靖幸から相対性理論に至るまで「東京を歌った曲」がエンドレスで流されており、聴覚でも東京の移り変わりを知ることができる。聴き込んでいると、あっというまに数時間は経過してしまいそうだ。

90年代女子高生の制服マネキン

 そして、ただものを並べるだけではなく、当時の着こなしなど時代考証にも余念がない。90年代を象徴する服装として展示されている制服を着たマネキンは、片方の持ち手だけ肩にかけて片方はブラブラさせる独特なカバンの持ち方をしている。当時女子高生だった学芸員による綿密なチェックのもとで再現されたものだという。「かつては、このカバンの持ち方がトレンドだったそうです。服装の流行は非常に残りにくいので、体験者が身近にいるとありがたいです」と担当者。いまではめったに見られなくなってしまったルーズソックスも、今後は専門家による検証の対象となっていくのだろう。

時代の変化に追いつくために

 ちなみに「現代の東京」のコーナーのように、ごく近い過去の文化や風俗を保存・収集するのは、通常の博物館的な作業とはまた異なる苦労があるという。都市にまつわる資料は、時代の変化スピードが速すぎるため、「史料として後世に残すべきか」を博物館が検討するまえに前に消えてしまうものが多いためだ。

 例えば、東京都の認証マークがついている「東京23区推奨ごみ袋」もそのひとつ。「東京都は1993年から、それまでの黒いゴミ袋に変わり、半透明で中身が見えかつ燃焼が早い推奨ごみ袋でのごみ出しをお願いしていました。けれども、他のごみ袋の品質が推奨ごみ袋と変わらなくなってきたため、推奨ごみ袋は2009年に廃止となりました。このごみ袋、いま探してみても未使用のものがなかなか見つけられないんです。環境に対する取り組みの変化がわかる重要な資料なのですが、館内の備品から運よく見つけることができました」とのこと。美術館とは異なる展示への苦労があるのもまた興味深い。

東京23区推奨ごみ袋

江戸から現在までを結ぶ線

 江戸東京博物館の強みは、私達が暮らしている現代の東京が、江戸時代から明治、大正、昭和を経た歴史の延長線の上にあることが展示を通して体感できることだ。「現代の東京」の展示を見て、装いの文化や食文化の歴史をもっと深く遡りたいと思えば、400年前までなら常設展示や図書室ですぐにたどることができる。それまで遠い昔のものと思っていた江戸時代の展示品が身近にも感じられるようになる。そして、2020年代、2030年代の展示ケースにはどのようなものが入るのか、未来についても思いを馳せるようになってくるのだ。それもまた楽しい。

 残念ながら新型コロナウイルス感染予防対策として、一部の体験型の展示は運用を休止している。しかしそれでも見どころはたっぷりだ。「現代の東京」コーナーだけでも半日は見ていられる場所。戦後の現代美術やサブカルチャーに興味・関心を抱いている人はぜひ一度訪れてほしい。

常設展「現代の東京」展示風景

編集部

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