「言葉にできないものを表現する」という挑戦
──佐藤さんは『夜明け』の宣伝写真を撮影した縁で広瀬監督と知り合ったんですよね。映画の撮影現場に行かれ、かつ完成した映画を見て、とても感銘を受けたということですが、どんな点が印象深かったのでしょうか。
佐藤 私は(広瀬)監督とも主人公のシンイチとも近い世代なのですが、自分のなかで思っていることがあるにも関わらずうまく表現できず、「ああ、これをああしとけばよかったな」と自分のなかで引っかかって、もやもやしたまま時間が過ぎてゆく、そういうところの表現が、シンイチを演じた柳楽優弥さんの演技力も含めてすごく印象に残っていますね。
広瀬 そうですね、シンイチは最初は何を考えているのかわからない、何かやらかしたような得体の知れない人間に見えると思うんです。それが見ているうちにだんだん腑に落ちてくるというか、この人が感情を表すことができない感じわかるな、って見え方が変わってくるんです。非常に受け身なキャラクターで、そもそも主人公になりえない人物像だったのですが、柳楽さんの演技力を借りて、なんとかつくり上げていきましたね。
佐藤 シンイチ役を誰にお願いするかはすぐに決まったんですか?
広瀬 シンイチを助ける哲郎という人物を演じる小林薫さんのほうが先に決まりました。シンイチの役はずっと悩んでいたんです。柳楽さんの名前は以前から挙がっていたのですが、やっぱり『誰も知らない』(2004)で私の師匠である是枝裕和監督が見出した人だから、ちょっと抵抗があって。
佐藤 確かに、その印象は強いですよね。
広瀬 でも、柳楽さんを思い浮かべたときに筆が進んだというか、たんに受け身で遠慮するだけのキャラクターじゃなくて、柳楽さんがもともと持っているエネルギー、「そこからなんとかしてやろう」っていう強い欲求が瞳に宿っていて。最後にはこの役は柳楽さんしか考えられなくなっていました。
表現できないものを具体的にする作業
佐藤 言葉にできないものを表現する、ということはまさに自分にとって写真を撮ることです。私はもともと言葉にするのがあまり得意じゃなくて、曖昧な感覚や気持ちを写真で表現しているようなところがあるので、そのあたりはすごく共感しました。シンイチを演じる柳楽さんは、表には出せないけど内面で渦巻いているような、言葉にしづらい気持ちを表情や仕草のひとつひとつで見事に表現できている。そういったものを映像で描こうとするときに、どうやって指示をし、進めていったのかが気になります。
広瀬 撮影する前や撮影中に、柳楽さんと私と2人きりで、ほかのスタッフたちを遮断するようなかたちで話し合う、「柳楽タイム」みたいな時間を設けて、そこで相当密度の濃い話し合いを重ねながらつくっていきました。柳楽さんのこれまでのヒストリーとか、抱えていた問題と重なる部分もあったりして、そういうところもきちんと話し合って。プライベートなことも含め、お互いのことを共有していきましたね。
佐藤 私も撮影現場にお邪魔して宣伝写真を撮らせていただいたのですが、キャストやスタッフの皆さんが真剣に撮影に打ち込んでいるので、現場に張り詰めた緊張感が漂っているのを感じました。
広瀬 スタッフ一人ひとりが、絶対妥協せずにやってやろう、っていう態度で挑んでくれたのはとても嬉しかったですね。柳楽さんも非常に真面目な方なので、大事なシーンでモチベーションを高めるまでにかなり自分を追い込んでいて。お芝居に気持ちを入れ、ひとりの人物をつくり上げていくまでには時間がかかるものなんだな、というのは肌で感じました。
──広瀬監督が柳楽さんをある種追い込んでいくというか、「こういう状況でこういう感情をつくってほしい」というとき、柳楽さんとどんなやり取りをして導いていったのでしょうか。彼を追い込む、というような感覚でやっていましたか?
広瀬 うーん、難しいですね。私自身がどこまで柳楽さんを追い込めたかわからなくて、追い込む時間を2人でつくっていったというほうが近いですね。「まだ追い込めてないです」っていうサインを柳楽さんから頂けるので、そのときに追い込む時間をつくっていったというテンポ感だと思います。
佐藤 具体的にその役をどのように表現していくかを詰めていく作業に近いのですか。
広瀬 そうですね、なぜ主人公がそういうところに追い込まれていったのかということを柳楽さんと私とで分析してかたちにしていく。基本的に私から主人公の感情を説明するということはやっていません。
優しさが反転してエゴになる瞬間
佐藤 説明がすごく難しい映画ですよね。ストーリーはシンプルかもしれないけど、描いているものが本当に複雑。シンイチを助ける哲郎にしても、優しさが反転して狂気になる瞬間があったりだとか。だけど、映画というチームでの作業にも関わらず、本当に繊細な部分が的確に表現されているのを感じます。
──佐藤さんが印象に残っているのはどんなシーンですか。
佐藤 哲郎がドラム缶でシンイチの免許証を焼くシーンと、シンイチがパチンコ屋さんから逃げて森の中を走ったあとに家に帰ってきたシーンですね。人間ドラマなんだけどホラーみたいな不気味さを感じる、ちょっと不安になるような描き方が印象的でした。
広瀬 免許証を燃やすシーンは見た人に「ラブシーンだ」と言われたりもしました(笑)。2人の感情がいちばんピークに達する、惹かれ合っている部分が出ているシーンでもあるので。
佐藤 たしかに、恋愛みたいですね。
広瀬 そうですね。(小林)薫さんも恋愛に例えてお話しされていましたけど、哲郎のシンイチへの依存がどんどん出て狂気じみてくる、いちばん濃いシーンなので、あそこは結構不気味ですよね。免許証の入った財布を燃やしたくせに、翌日新しい財布をプレゼントしちゃうっていう(笑)。
佐藤 焼きもちですよね(笑)。前に付き合っていた人の痕跡を消したくてお財布を買い替える、みたいな……。ジェラシーを感じましたね。
広瀬 ホラーっぽく撮るというのは私も意識していて、カメラとかもわざと舐めまわすような、気持ちが悪い撮り方にしたいなと思っていました。
佐藤 見ていてリアリティがある、その場に一緒にいるような感じを受ける箇所がいくつかありました。あと私が感じたのは、世代間の感覚の違い。例えば親世代との間に感じるジェネレーションギャップのようなものを、シンイチと哲郎の間にも感じて。哲郎にとっては相手に優しくすることが親切のつもりだけど、シンイチにとってはどうなのか。その優しさが相手を追い詰める狂気になっていないか、難しい部分がありますよね。
広瀬 世代によって見え方が違うと思いますね。哲郎に感情移入して「シンイチはひどいな、これだけ哲郎が良くしてやってるのに」というふうな感想を言われる方も多いですし。でも優しいがゆえの怖い部分や、相手を支配したいというエゴもあり、お互いに残酷さを抱えているんですけれど、いっぽうに感情移入すると意外にその不気味さ、残酷さに気が付かないまま観てしまいますよね。不気味さ、というと、佐藤さんの撮る写真はあえて不気味に写るような撮り方をされているのかなと思うのですが、どのように意識されているのですか。
佐藤 シンイチにも通じることなのですが、私は身体と魂が別だと思っていて。人は、表情と心のなかがうまく一致していない瞬間があるように感じているんです。誰かと一緒にいる時にうまく話せなかったり、どういう顔をしたらいいかわからない感じとか、そういう魂と身体のズレみたいなものに私は魅力を感じていて、それを写真でも表現できないかな、という気持ちがあります。あとは自分のなかで抱えているストレスや不満を写真にしています。広瀬監督の場合は何を意識されていますか。
広瀬 「身体と魂が別々」という表現は新鮮でしたが、お話を聞いているとなんとなくわかります。シンイチがうまく感情表現ができないキャラクターであるというのはおっしゃる通りで、最後にああした行動をとってしまうのも、「思いと行動が一致しない」みたいなものにクライマックスで挑戦したいな、という思いがあったんです。
佐藤 デビュー作で何を題材にするかは、非常に迷うところかと思うのですが、すごく難しい題材を選ばれましたよね。どんなふうに決めたんでしょうか。
広瀬 初めから共依存のような関係を描くつもりはなかったのですが、結果的にそうなってしまったんです。最初は社会に出て挫折した弱い人間、若者を主人公にしようというところから始めて、権威的な人間とそれに従うことしかできない人間の関係性を紡いでいこうと思っていました。
佐藤 お客さんから感想をもらって、新たに気付いたこともありましたか?
広瀬 たくさんあります。作品を発表すると自分の手を離れて誰かに届いて、こちらの意図とは別の分析、批評をしていただけたりするので、自分のなかではこういうものだ、と思っていたものが、だんだん違うものになっていくんだなと。人の手に渡るってすごく面白いな、と思っています。
──見た方からの感想で、印象に残っているものはありますか?
広瀬 いっぱいあります。最後、シンイチが海に行く前に靴を脱ぐシーンがあるのですが、見てくれた友人に「あれは死の暗示だ」って言われたんです。橋に立つシーンから映画が始まるのですが「橋は生と死の境界線であり、最後に靴を脱ぐのは死の暗示である」と分析をしていて、そうだったのか、すごいなーと。
佐藤 それは意図せずに……?
広瀬 はい、意図してなかったです(笑)。今度からそう答えるようにしよう、その意見もらっちゃおうかなと一瞬思いましたが、正直そこまで考えていなかったですね。
──佐藤さんは、ラストシーンもすごく印象に残っているんですよね。
佐藤 そうですね。最後のシンイチの表情、みなさんもすごく印象的だったかと思いますが、あのあとシンイチがどのような道を選んだのか、みなさんはどう感じたのか、すごく気になります。
(2月3日、アップリンク渋谷にて。進行はライターの門間雄介。)