EXHIBITIONS

生誕110年 第30回瑛九展 フォト・デッサンと型紙

2021.09.03 - 09.25

瑛九 三人のバレリーナ 1958 フォトデッサン 裏面にタイトルと年号あり

瑛九 ハシゴの上のピエロとおどり子 制作年不詳 フォトデッサン 裏面にサインあり、タイトルの記述あり

瑛九 作品 制作年不詳 フォトデッサン 額裏に杉田都夫人のサインあり 「瑛九フォトデッサン展記念 一九八七.九月 於 マリオン朝日ホール」と但し書きあり

瑛九 フォトデッサン型紙47 切り抜き、厚紙

 ときの忘れものは、「生誕110年 第30回瑛九展 フォト・デッサンと型紙」を開催。瑛九の生誕110年にあたる今年、本展では瑛九のフォト・デッサンと型紙を約25点を展示する。

 瑛九(本名・杉田秀夫)は1911年宮崎県生まれ。15歳で『アトリヱ』『みづゑ』など美術雑誌に評論を執筆し、36年にフォト・デッサン作品集『眠りの理由』を刊行。37年に自由美術家協会創立に参加すると、既成の画壇や公募団体を批判した。51年にはデモクラート美術家協会を創立。油彩、フォト・デッサン、版画などに挑み、独自の世界を生み出していった。60年に48歳で生涯を閉じた瑛九の活動は、靉嘔、池田満寿夫、磯辺行久、河原温、細江英公ら若い作家たちに大きな影響を与えている。

 瑛九の造語である「フォト・デッサン」は、先行するマン・レイやモホリ=ナジが印画紙上にものを置き、直接光を当てて制作した「フォトグラム(レイヨグラム)」と同じ技法だ。マン・レイたちとは異なり、瑛九は自ら切り抜いた「型紙」を使って膨大な点数を制作。「型紙」に使ったのは、普通の「紙」や「セロファン」のほかに、一度は完成させたフォトデッサン(印画紙)を次の作品をつくるために「型紙」として切り抜いてしまったものも多数存在する。

 従来は、瑛九が「フォト・デッサン」の失敗作を「型紙」に転用したと言われてきたが、その型紙のなかには、確かな作家自筆のサインや年記が記入されたものもある。

 本展では、完成作品を惜しげもなく切り抜いて用いた、フォト・デッサン型紙も展示。それら型紙の鉛筆による下書きの線や、切り抜きのためのラインは、瑛九の手の痕跡を感じさせる。展覧会に合わせてカタログを刊行(テキスト執筆は飯沢耕太郎、ワーグナー浅野智子)。