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浦上玉堂

Gyokudo Uragami

 浦上玉堂は18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍した遊歴の文人画家。1745(延享2)年、備中鴨方藩(現・岡山県)の武家に生まれる。51(宝暦元)年、父が病没し7歳で家督を継いだ。16歳のときに藩主の側近となり、以後、勤勉に公務に従事し順調に昇進を果たすいっぽう、儒学に傾倒し、七弦琴に夢中になった。79(安永8)年、大阪の木村蒹葭堂を訪問。その頃より次第に文人生活への思いが募り、文事に没頭するあまり、43歳のときに左遷される。93(寛政5)年、表向きの勤めを辞し、翌年、春琴・秋琴の2人の息子を伴い50歳で脱藩。十数年にわたり全国を遊歴し、晩年は京都に定住した。本人は琴士であることを自負しており、画作に向き合うようになったのは、30代半ば以降と思われる。玉堂が描いたのは基本的に墨で描く山水画(時折わずかな淡彩を施す)で、構図や筆法のバリエーションは限られているが、同一主題をくり返し描くなかで、その水墨表現は深化し、中国文人画の本質に迫っていった。1820(文政3)年没。死後、京都嵯峨野の法輪寺境内に、頼山陽撰文の「玉堂琴士之碑」が建てられた。国宝にも指定されている代表作《東雲篩雪図》は文豪・川端康成の愛蔵品。