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「現代根付」文化や美術家を支える。文化庁長官特別表彰も受彰した、木下宗昭の文化支援活動とは?

佐川印刷の創業者であり、「京都 清宗根付館」「清宗記念館」の館長を務める木下宗昭。現代根付文化の発信や作家支援など長年の文化活動が評価され、2025年度の文化庁長官特別表彰を受彰した。その活動を紹介するとともに、文化庁長官の都倉俊一にも話を聞いた。

文=永峰美佳

日本の文化振興への貢献者を賞する「文化庁長官特別表彰」

 2025年12月10日、佐川印刷の創業者で取締役名誉会長であり、「京都 清宗根付館」と「清宗記念館」の館長を務める木下宗昭が、「現代根付」文化や美術家らへの支援活動を評価され、文化庁長官特別表彰を受彰することが発表された。「文化庁長官表彰」とは、文化活動においてすぐれた成果を挙げ、日本の文化の振興や海外発信、国際交流に貢献した個人や団体の功績をたたえるため、1989年に制定された賞。令和6年度からはそのなかでもとくに発信力の高い人に対し、「特別表彰」が授与されている。今回木下に本賞を授与した理由を、第23代文化庁長官の都倉俊一は「芸術作品を収集、保管するだけでなく、一般への公開、調査・研究成果の発信、アワードの開催などを行っていることを総合的に判断した」とし、その発信力に期待を寄せている。

都倉俊一長官と、木下宗昭。1月15日、京都市内で開催された文化庁長官特別表彰式にて 撮影=佐川印刷

現代根付の発信拠点「京都 清宗根付館」

 木下を筆頭とし、佐川印刷はメセナ事業の一環として多くの文化支援事業を行ってきた。その活動の中核をなすものが、現代根付に対する取り組みである。

 木下は2007年9月、京都市壬生の「旧神先家住宅」を改装し、国内随一の根付専門美術館「京都 清宗根付館」を開館。この建物は、京都市の有形指定文化財であり、1820年に建てられた武家屋敷と京町屋の特性を併せもつ、市内に現存する数少ない江戸時代の郷士(上層農民)の邸宅だ。館内に足を踏み入れると、おもに現代の根付作家たちの精緻な造形が生き生きと並び、訪れる人々を惹きつける。

京都 清宗根付館外観

 都倉長官も、同館の功績を次のように評価する。「これまで収集した5000点以上の根付を所蔵し、常時、約400点を展示するとともに、根付の歴史的変遷を整理している。根付が我が国固有の文化のひとつの集積であることを明らかにし、浮世絵や漆に等しく独立したひとつのカテゴリーであることを確たるものにするため、調査・研究を行い、その成果を発信している」。

京都 清宗根付館1階展示室

 2013年に「京都 清宗根付館」は公益財団法人に認定され、翌14年から「ゴールデン根付アワード」を主催。毎年すぐれた根付作家を表彰し、若手作家の育成、発掘に取り組んでいる。25年11月11日に開催された第12回では、グランプリの栗田元正と山本伊多呂、理事長賞の及川空観を含めた7人が受賞した。授与式には毎年、名誉総裁である高円宮妃久子殿下も臨席する。

0000年の「ゴールデン根付アワード」授賞式の様子

現代根付」の魅力と文化継承

 帯に引っ掛ける留め具として発想され、江戸時代に興隆した「根付」。当時のものは「古典根付」と呼ばれ、骨董品としてコレクターに人気がある。いっぽうで、その小さな姿のなかに無限の造形をたたえ、時代の感性に応じて様々な物語を宿すことのできる根付は、つねに時代を反映し、革新的な表現を追求できる媒体でもあり、「現代根付」という新しい領域として発展を続けている。

京都 清宗根付館のコレクションより、及川空観《少年空想探検隊》(2021) 堀出恒夫(第一スタジオ)=撮影

 木下はこの「現代根付」を通じて100名以上の根付作家と交流を続けている。その個性は十人十色であり、長い付き合いのある作家の作品でも、その作品から生気が感じられなければ手を伸ばさない。敬意と感謝を示しつつも、自らの要望を伝え、根気よく対話を重ねながら作家を育成してきた。このように、現代根付作家たちの制作環境を整える支援者としての木下の功績は大きい。

根付作家との交流のため不定期に開催している「根付の夕べ」にて、木下宗昭(前列右から2人目)と根付作家たち

 「京都 清宗根付館」には、海外から来訪者も多く訪れる。「根付」と文化財である「武家屋敷」の組み合わせは、日本の粋を感じられる場所として外国人観光客からも高く評価されている。同館では3月31日まで「根付の幸せ展」と題した企画展を開催。1月は「めでたい根付」、2月は「笑いを誘う根付」、3月は「めでたい瑞獣根付」といったテーマで、根付に表現される「幸せ」のかたちを紹介している。

日本画家・鹿見喜陌と「清宗記念館」

 木下の文化支援活動は現代根付にとどまらない。2025年春、京都・北白川に「清宗記念館」を開館させた。ここでは、日本画家・鹿見喜陌(しかみきよみち)の作品をはじめ、奥田小由女、武腰敏昭・冬樹など、木下がこれまで公私にわたる出会いのなかで、その人柄と作品に惚れ込み、親交を深めながら長年収集してきた芸術家たちの作品群が一堂に展示されている。

清宗記念館外観

 比叡山の麓の静かな一角に建つ美術館の重厚な扉を開くと、館内には芸術家たちの息遣いが満ちている。地下1階には鹿見喜陌や奥田小由女の作品が並び、1階では再び鹿見喜陌の作品群が来館者を迎える。2階には白隠やマイセンの作品、さらに現代工芸の数々が広がり、3階には精緻な現代根付がその小さな世界観で訪れる人々を魅了する。

鹿見喜陌《四季草花図襖絵》(制作年不詳)。清宗記念館での展示風景 撮影=来田猛

 この美術館の開館への歩みは、木下会長と故・鹿見喜陌との出会いに始まる。鹿見は35歳のとき、のちの支援者である木下と出会い、ともに趣味の時間を過ごすようになった。木下はその作品に惚れ込み、描いた絵を購入することで画家を支えていた。木下はいつか鹿見の美術館を建てることを約束したものの、鹿見はその10日後、2018年に享年70でこの世を去った。それから約7年後、木下は約束を果たすべく、鹿見の作品をもっとも多く所蔵する美術館として「清宗記念館」を開館させた。そのため、そのコレクションは、鹿見の人物画の初期作品から、転換期となった宗教画、円熟期の花鳥画まで、ひとりの作家の創作の変遷をじっくりとたどることができるものとなっている。

鹿見喜陌(左)と木下宗昭(右)。鹿見が清水寺成就院のために制作した襖絵《随息界〜四季》の前で

パトロネージと文化支援の精神

 木下のこれらの活動全体に通底するのは、「パトロネージ」という作家支援の精神である。パトロネージという語は日本では馴染みが薄いが、欧米では芸術を保護・育成する社会的役割として長い歴史がある。

 このパトロネージの在り方については、都倉長官も次のように述べている。「文化芸術の振興には、国、地方公共団体といった公的資金だけでは不十分と考えており、国民の皆様からの支援も必要と考えています。そのため、支援活動を行っていただいた方には表彰を行うことで、その功績に報いていきたい」。

 こうした支援の積み重ねが文化の土台を築き、芸術家たちの創造力を育む。支える力なくして文化の発展はあり得ず、表彰などによってその情熱を可視化し、新しい連鎖を生む。木下宗昭の活動は、こうした連鎖の起点として、次世代の芸術を支える確かな礎となっている。

編集部