「この世界に、バグを。」
菊地敦己と保坂健二朗が語る「BUG Art Award」への期待

東京駅八重洲南口に直結する「グラントウキョウサウスタワー」1階にこの9月、リクルートホールディングスが運営するアートスペース「BUG」が誕生する。ここを舞台に展開される予定の「BUG Art Award」も公募作品募集が始まっている。前身にあたるアワード「1_WALL」で審査員経験のある、滋賀県立美術館ディレクター(館長)・保坂健二朗とアートディレクター・菊地敦己が、新しいスペースとアワードへの期待を語り合った。

構成=山内宏泰 撮影=稲葉真

「BUG」という言葉に込めた思い

BUG外観

保坂健二朗(以下、保坂) 新しいスペースの名称が「BUG」で、アワードの名前が「BUG Art Award」になったと聞いて、ちょっと驚きました。ネガティブな文脈で使われることもあるBUGという言葉を、臆せずタイトルにあてるとは。いまのアートシーンをはみ出すBUGになるんだとの気概ありということなんでしょうね。

菊地敦己(以下、菊地) 名称の検討には僕やキュレーターの長谷川新さんも外部スタッフとして参加していたのですが、議論が煮詰まったところで「BUG」が候補として上がってきて、その場では割とすんなりと決まりましたね。今回、新しくできるスペースやアワードは、既存のカテゴリーに収まらない作品を掬い取ろうという目論見があるので、象徴する言葉としては的確だと思っていますけど、決まったときには僕も驚きました(笑)。これまでリクルートが運営してきたアートスペースは、写真作品を中心とする「ガーディアン・ガーデン」とグラフィックを扱う「クリエイションギャラリーG8」のふたつがありました。『ひとつぼ展』を前身とする「1_WALL」というアワードも写真部門とグラフィック部門の両軸をもっていましたが、BUGではそういったカテゴリーを持たないところが一番大きな違いです。文字通りBUGのような表現を拾っていければ面白いと思います。

保坂健二朗と菊地敦己

保坂 「ギャラリー」とか「ミュージアム」と言わないところに意気込みを感じて、なんだかうらやましい。僕は滋賀県立美術館のディレクターとして、館のスペースをどう見せていくか常日頃考えているわけですが、美術館という名を掲げていることがときに受け手に先入観を与えてしまったり、活動の足かせになったりすることもあると感じているので。BUGとだけ名乗っていれば足かせにはならなさそうだし、自由にやっていいんだという気分にもなれそう。

 ただ、アワード名称は「BUG Art Award」で、アートという文言が入っている。これも外して、アートという枠すら取り払うところまでは考えなかったですか?

保坂健二朗

菊地 その議論は実際ありました。僕は「いらない」派だったんですけど、「BUG Award」だと昆虫コンテストだと思われてたくさん虫が送られてきても困るということで「Art」は残すことになりました。いえ、昆虫標本で応募しても、もちろんいいのですけれど(笑)。

保坂 アワードの審査員の顔触れも、かなり新鮮ですよね。応募者と評価する側がともに成長していこうというねらいがあることを感じさせます。審査員のなかでベテランと言えるのは菊地さんくらいで。

菊地 初めて僕がリクルートのアワードで審査を担当したときは最年少だったのですが...…。つなぎ役も必要ということで、許してください(笑)。 

保坂 菊地さんは適任でしょう(笑)。アートの領域に対して常に少し外側から関わっているスタンスもあって、悪しき権威には決してならないだろうし。さらに「BUG Art Award」が面白いのは、審査員にギャラリストを入れていないところですよ。他のアワードだとコマーシャルギャラリー関係者が入っていることは多くて、つながりのある商業スペースで受賞者が展示できるかもしれないことを事実上の売りにしていたりする。「BUG Art Award」はコマーシャル方面と結びつかず、作家と作品を育てることに重きを置いているとはっきりとわかるのが希少でいいですね。

菊地 アートマーケットにデビューするための登竜門みたいになっちゃうと、ちょっと話が小さい気がします。いまのアートシーンはマーケットが膨張しているのは事実だと思うけれど、それがアートの活動領域のすべてであるはずはないし、リクルートのアートプロジェクトがマーケットの活況に乗っかる必要はないでしょう。前身の『ひとつぼ展』「1_WALL」でも、どの棚に収めていいか迷う奇特な作家・作品を掬えていたと思うし、アートの地下活動的な動きを下支えする役割を担っていたと思います。ガーディアン・ガーデンは実際に地下にあるスペースだったし。そうしたスタンスは「BUG」でも継続していってほしいですね。  

菊地敦己

キラキラな立地だが「ごった煮感」はキープ

保坂 新コンペの審査のやり方は、従来のものが踏襲されるんですか。

菊地 基本的な構成は同じです。まずポートフォリオ審査、二次では審査員と対面で1対1の審査を実施し、そしてファイナリストによるグループ展と公開のプレゼンテーションでグランプリを選出するかたちですね。応募者も審査員も相当つかれますけど、グランプリに選ばれなかった人も得られるものは少なくないと思います。

保坂 見守る人も含めて、関係する人すべてにとってすごく勉強になるから、あのシステムはぜひ続けてほしいですね。それにしても新しいスペースは立地がすごい。東京駅直結のビルの1階で、大通りに面したガラス張り。ビルの地下にあったガーディアン・ガーデンとはかなり様相が異なります。

BUG内観

菊地 これまでスペースがあった銀座は、どんな人が集うのか、どういう情報が行き来するのかという街の「色」がはっきりしていてわかりやすかった。東京駅のこのあたりの感じが僕はまだ掴みきれていなくて、スペースがどう機能するのか、どんな馴染み方をしていくのか、うまく拡張していけるのか、ちょっと読めないところはあります。

保坂 試金石になりそうなのは、スペースの一角に設けられる「BUG Cafe」じゃないですか? ここが東京駅前の単なる洒落たカフェとならず、BUG的な雰囲気を醸し出せるかどうか。「グラントウキョウサウスタワー」一帯は、今春まで八重洲ブックセンターがあったりと、もともと文化の香りがきちんとしていたところ。うまく地域を先導する存在になっていけるといいですね。美術館もそうなのですが、こうした文化施設は、公共空間として地域全体にどういう影響を与えるか、常に意識しておかないといけませんから。

 それにしても、場として華やかになったことは間違いないから、以前のような「地下活動」的な作家・作品が寄りつかなくなって、「キラキラアート」系ばかりが集まることにはなりませんか。

BUG Cafe外観

菊地 キラキラしていても良いと思いますけど、そればかりだと困りますね。ギザギザした人や作品もぜひという気持ちでBUGと名付けたわけで、いろんなタイプの作品が集まってきてほしい。『ひとつぼ展』「1_WALL」に応募していた人にも参加してほしいし、これまでは「ちょっと違うかな」と思って敬遠していた人たちも出品してくると、どんどん混ざっていっていいなと思います。

保坂 以前からリクルートのアワードの「ごった煮感」は他と比べ際立っていましたから、気風として残ってほしいところです。

菊地 その意味では、初めの数回のアワードは大事になりそう。新たな混沌をつくり出せるように、心して審査にあたりたいと思います。

BUG内観

編集部