EXHIBITIONS

笠井麻衣子「Moonlight」

笠井麻衣子 Walking at dawn 2022

 ユカ・ツルノ・ギャラリーでは、笠井麻衣子の約4年ぶりとなる個展「Moonlight」を開催する。

 笠井は1983年愛知県生まれ、金沢美術工芸大学大学院修了。日常のなかで目にした場面をもとに自身で物語をつくり上げたり、既存の物語や絵画の伝統的主題で語られえなかった部分を独自に想像したりすることで、絵画における物語性を追求してきた。

 大胆な筆触やキャンバスの余白を生かした笠井の絵画作品には、少女や動物、着ぐるみなど、社会的に未分化であるがゆえに他者として現れる存在が登場する。西欧の伝統的な題材を再考するいっぽうで、絵巻物などの日本伝統文化に見られる複数の時系列が同居する俯瞰的視点や花鳥風月の主題を絵画の構図に取り入れることで、永遠性の獲得ではなく、日常の事象が展開していく、時間性を伴った絵画上の物語の在り方に関心を寄せている。

 しかし笠井は自身の出産と子育て、さらには世界的なパンデミックによって、多くの時間を自宅で過ごしながら他者との関わりが少なくなり、日常の風景の多くがメディアによって報道されるニュースやソーシャル・ネットワーキング・サービスの情報に取って代わるなか、俯瞰的な視点に対する自らの態度(他者の存在や出来事に対しての距離感)も変容してきている。そのような変容に対して笠井は、自宅の外で起きる事象を見る時に、長い絵巻を眺めている時のような既視感を持つと同時に、自身もつねに見られているという視線の存在への主観的な気付きがあったと言う。

 また、自宅に設置されているベビーモニターのカメラが監視のための緊張的な視線というよりも、空間全体に向けられた他者への慈愛の眼差として感じられたり、窓から部屋に差し込む月の光が人間の手に及ばない俯瞰的な視点によって見守られている居心地のよさをもたらしたりしたと語る。ますます生活と切り離せない環境で制作するなか、このような複数の視線が日常的に同居する笠井の体験は、自身が追求してきた絵画上での俯瞰的な視点を再考するきっかけとなった。

 本展で笠井は、これまで追求してきた制作手法を継続しながら、自身の経験と深く結びついた俯瞰的でありながらも、対象を包み込むような近接した視線の関係性を絵画上で探求した新作を発表する。