• HOME
  • ART WIKI
  • マイケル・フリード「芸術と客体性」
ART WIKI

マイケル・フリード「芸術と客体性」

Michael Fried "Art and Objecthood"

 美術批評家のマイケル・フリードが、1967年に『アートフォーラム』誌上に発表した論文。その論説は、当時の活動的な新動向であったミニマリズムの作家(ドナルド・ジャッド、ロバート・モリス、トニー・スミスら)およびその作品群への敵対的姿勢と、それに対するモダニズム(アンソニー・カロら)の擁護に貫かれている。フリードはミニマリズムに対し、「リテラリズム」という別称を与える。「リテラル(文字通りの/直写的な)」という形容によってこの動向が説明されるのは、フリードがジャッドらの作品を、物体「以上の何物でもないもの」、すなわち「文字通りの」物体、現にそうあるがままの様相しか提示しない空虚な対象として参照することに由来する。

 フリードの批評基準において、モダニズムの作品とは、ある芸術ジャンル内において、近過去の傑出した作品とのあいだに比較に耐えうる関係を確立し、その「芸術」としての「質に関しての確信」を与えるものである。そこでは、その「芸術作品それ自体」がある歴史的な意味の充実と結ばれている。反対に、リテラリズムの作品経験において具現されるのは、その「芸術作品それ自体」の内的な空虚さ(芸術が無いこと)である。そこでは「芸術」に値する実質の不在ゆえ、作品(客体)それ自体は、要領を得ないさま、事象の偶然的な相貌、終わりのない持続性の経験、といったいわば確信的な決定性の欠如によって置き換えられてしまうのだとされる。フリードはこうした経験のありようを、「客体性(Objecthood)の経験」と呼ぶ。このような局面において、主体(観者)と客体(作品)は隔離/並置され、持続的な「状況」のうちに不安定な距離の揺動を強いられることとなる。フリードはリテラリズムのそうした側面を「演劇的」と批判的に形容し、例えば光や位置関係といった可変的なパラメーターの編成に応じて作品経験がそのつど現象学的に組み替えられる、モリスの作品に言及している。

 それに対し、カロのモダニズム彫刻の経験には持続性がないかのようだとフリードは評価する。ただしそれは無時間的な経験と同義なのではなく、「どの瞬間にあっても、作品それ自体が完全に明示的である」さまを言うのだと述べる。このような卓越性の強調は、この論文のエピグラフや結論部に認められる神学的な響きと無関係ではないだろう。

文=勝俣涼

参考文献
マイケル・フリード「芸術と客体性」川田都樹子・藤枝晃雄訳『批評空間(第2期臨時増刊号)モダニズムのハード・コア――現代美術批評の地平』(太田出版、1995)