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美術の非物質化

Dematerialization of Art

 美術批評家のルーシー・リパードとジョン・チャンドラーは、1968年の『アート・インターナショナル』誌2月号で、「美術の非物質化」と題して、オブジェなき「超概念的(ultra conceptual)」な美術の出現、物質的な表現にとって代わる表現を取り上げた。

 非物質的な表現では「観念としての美術」と「行為としての美術」とが結びついていると指摘し、例えばロバート・モリスの作品は、「観念として観念を、オブジェとして観念を、そしてパフォーマンスとして観念」を取り扱ってきたと紹介されている。また「絵画、彫刻へのエレクトロニクス、光、音の導入」、パフォーマンスなど「ジョン・ケージを予言者とする、いまだ実現をみないインターメディア革命」やフィルム、テキストなども含まれ、ロバート・ラウシェンバーグ、イヴ・クライン、河原温、クリストらを含む30例ほどのアーティストの名前と表現を挙げている。またフルクサスの影響も指摘している。リパードらは、60年代アメリカのアート・シーンを念頭にしたが、直後にこの傾向が世界的に同時に広がっていたことに気づく。日本では、『美術手帖』(1973年7月号)において藤枝晃雄の翻訳で「美術の非物質化」を紹介しているが、当時すでに日本の現代美術もこの「非物質化」の傾向は顕著であった。

 73年にリパードは、「Six Years」として知られる66〜72年のアートの非物質化が大いに展開した6年間を振り返る書籍を執筆している。その長い書籍タイトル「6年間:1966年から1972年のアート・オブジェクトの非物質化:いくつかの美的境界に関する情報の相互参照書:断片的なテクスト、アート作品、資料、インタビュー、シンポジウムが年代順に編纂され、いわゆるコンセプチュアル、情報、思考のアートへ焦点をあてた、アメリカ大陸、ヨーロッパ、イギリス、オーストラリア、アジアで(時に政治的な含みをもって)現在進行しているミニマル、アンチ・フォーム、システムズ、アース、プロセス・アートなどとして曖昧に指し示される領域を取り上げる、ルーシー・R・リパード編集と注釈による本」は、複雑だが広がりをもったこの時期のアート・シーンを具体的に示している。

 同書は「コンセプチュアル・アート」の出現を記すものとして知られているが、実際には、「美術の非物質化」というコンセプチュアル・アート以前の広範な表現も含め、「ミニマル/コンセプチュアル・アート」として語られる初期の未分化な状況や、時間性、連続性などを取り上げてメディア・アート、映像、パフォーマンス・アートへとつながる流れを示している。2001年版では、序文でリパードによる「コンセプチュアル・アート」についての解説が加えられ、リパード自身が「非物質化」状況からコンセプチュアル・アートへの展開を論理的に純化して語っている。

 美術批評家、キュレーター、フェミニスト、活動家であるリパードは、「キュレーショナル・アクティヴィズム」の先駆者であり、また女性アーティストの活躍を大きく取り上げていることも、特筆すべきことである。

「非物質化」とリパードが呼んだ状況は、その後の現代美術や、デジタル技術以降の非物質的な芸術表現へともつながっている。

文=沖啓介

参考文献
ルーシー・R・リパード、ジョン・チャンドラー『The Dematerialization of Art』(Art International、Vol.12、No.2、February 1968)
「ルーシー・R・リパード 美術の非物質化」『美術手帖』1973年7月号(藤枝晃雄+美術手帖編集部翻訳、美術出版社、1973)
ルーシー・R・リパード『Six Years: The dematerialization of the art object from 1966 to 1972: a cross-reference book of information on some esthetic boundaries: consisting of a bibliography into which are inserted a fragmented text, art works, documents, interviews, and symposia, arranged chronologically and focused on so-called conceptual or information or idea art with mentions of such vaguely designated areas as minimal, anti-form, systems, earth, or process art, occurring now in the Americas, Europe, England, Australia, and Asia(with occasional political overtones), edited and annotated by Lucy R. Lippard. 』(University of California Press, 1973, renewed 2001)
ブルックリン美術館『Materializing Six Years Lucy R. LIppard and the Emergence of Conceptual Art』(The MIT press、2012)
コーネリア・バトラーほか『From Conceptualism to Feminism Lucy Lippard’s Numbers Shows 1969-74』(Koenig Books、London、2012)