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抽象表現主義

Abstract Expressionism

 抽象表現主義は美術批評家ロバート・コーツが『ザ・ニューヨーカー』誌で1946年に命名したもので、40年代の開始から50年代前半にかけて国際的に認知され、近代美術の中心地をパリからニューヨークへと転換したアメリカの美術潮流。また同時期に勃興した「ニューヨーク・スクール」と呼ばれる、美術、文学、ダンス、音楽などの前衛的な表現の一翼でもあった。

 超現実主義がもたらした意識を介在させない「オートマティズム」のような、無意識下の探求による表現が、ニューヨーク・スクールではもてはやされた。無意識下で文章を書く文学での「自動筆記」のように、絵画ではジャクソン・ポロックが、水平に置かれたキャンバスに、絵具を滴らしたり流したりして制作し、「絵を描いている時、自分が何をしているかわからない」と語っていた。またバーネット・ニューマンは、「崇高(the Sublime)」という精神性を重視していた。マーク・ロスコも、観客が抱く感情は、自分が描いている時に抱いた宗教的経験と同じだと言い、鑑賞者の感情を喚起する瞑想的・神秘的な、宗教や神話の要素を持った絵画表現を展開した。しかし他方では、多くのアーティストたちが、30年代の大恐慌では、社会活動に参加するなどした。
 
 絵画技法としては、「アクション・ペインティング」と「カラーフィールド・ペインティング」の二傾向が見られる。前者は、ジャクソン・ポロック、ウィレム・デクーニング、フランツ・クライン、後者は、マーク・ロスコ、バーネット・ニューマン、クリフォード・スティル、アド・ラインハート、アドルフ・ゴットリーブ 、ロバート・マザウェル、ウィリアム・バジオテス、ヘレン・フランケンサーラーに代表される。

 ポロックやデクーニングの作品は、自発的で即興的な動きで描き、身振りを強調していることから、「ジェスチュラル・アブストラクション」とも呼ばれている。概念的な定義としての「アクション・ペインティング」は、52年に美術批評家ハロルド・ローゼンバーグが、キャンバスに描かれるのは、「絵ではなくイベント」であり「描く行為」であるとした論文『アメリカのアクション・ペインターたち(The American Action Painters)』に見られる。

「カラーフィールド・ペインティング」の名称は、50年頃、抽象表現主義第一世代のロスコ、ニューマン、スティルらの作品に与えられた。美術批評家クレメント・グリーンバーグは、55年に著した論文『「アメリカ型」絵画(“American-Type” Painting)』でこれらの画家たちについて取り上げている。同論文に対して、作品の特徴がもっとも顕著とされるニューマンや、この呼称を拒んでいたロスコなど、作家によって様々な反応が見られる。また「カラーフィールド・ペインティング」は、グリーンバーグによって「ポスト・ペインタリー・アブストラクション」として派生し、モーリス・ルイス、ケネス・ノーランドらも加えた絵画表現にも用いられる概念ともなった。

 抽象表現主義は、多様な側面を持っているが、グリーンバーグ、ローゼンバーグのふたりの美術批評家は、ライバルとして互いに批判しながらも、結果的にこの美術運動を多面的に位置づけることに寄与した。いっぽうで、抽象表現主義の超越的で表現至上的なあり方に対して、その後それから脱するかのように、大量生産、メディア、広告などのイメージを多用する軽妙なポップ・アートが登場する。

文=沖啓介

参考文献
ハル・フォスター、ロザリンド・E. クラウス、イヴ=アラン・ボワ、ベンジャミン・H・D・ブークロー、デイヴィッド・ジョーズリット『ART SINCE 1900:図鑑 1900年以後の芸術』(東京書籍、2019)
エレン・G・ランドウ『Reading Abstract Expressionism: Context and Critique』(Yale University Press、2005)
クレメント・グリーンバーグ『グリーンバーグ批評選集』(藤枝晃雄監訳、勁草書房、2005)
ステファン・ポルカリ『Abstract Expressionism and the Modern Experience』(Cambridge University Press、1991)