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ネオ・ダダ

Neo-Dada

 1950〜60年代にニューヨークで起こり、ロバート・ラウシェンバーグ、ジャスパー・ジョーンズなどのアート作品や、アラン・カプローのパフォーマンスなどの活動に名づけられた。名称が示すように、20世紀前半のダダイズムの反権威性を継承し、50年代にアメリカのアートシーンで支配的だった抽象表現主義の情緒性への反発があった。技法としては、コラージュ、アッサンブラージュ、ファウンドオブジェクトなどが代表的であり、また日常のごくありふれたものや廃物(ジャンク)を材料として使用、「ハプニング」などパフォーマンスを展開したことが特徴である。アートシーンにラジカルな変革を持ち込んだネオ・ダダはポップアート、ミニマリズム、コンセプチュアル・アートの道を拓いた。

 ネオ・ダダ誕生の背景には、いくつかの要素が見える。ノースカロライナ州で実験的な芸術教育を推進したブラック・マウンテン・カレッジでは、音楽家のジョン・ケージなど多様な人材が教鞭を執り、独特な授業を行っていた。ここでケージ、ラウシェンバーグ、舞踏家マース・カニンガムらが交流し、従来の芸術とは異なる表現を構想した。カプローも、ケージの作曲理論に影響を受け、それがハプニングにつながった。このようなつながりに後に加わることになったジョーンズも、ケージ、ラウシェンバーグ、カニンガムと出会ったことが転機となっている。

 またダダイストであったマルセル・デュシャンがニューヨークに住んでいたことも、ネオ・ダダ成立に影響を与えている。アート作品は、アーティストが開始し観客で完結するプロセスのなかの媒介物であるというデュシャンの考えが、ネオ・ダダの根底に流れているのは、ラウシェンバーグ、ジョーンズ作品からも見てとれる。

文=沖啓介

参考文献
スーザン・ハップグッド『Neo-Dada Redefining Art 1958-62』(The American Federation of Arts in association with Universe Publishing、1994)