2018.10.17

美大教育に革命を。
山口周と長谷川敦士が語るムサビ新学部の可能性

日本を代表する美大のひとつ、武蔵野美術大学。ここに2019年4月、新たな学部と大学院として造形構想学部と造形構想研究科が誕生する。既存のデザイン教育とは一線を画すカリキュラムを有するこの試みは、何を目的としているのか? ビジネスにおけるアート・デザインの重要性を説くコンサルタント・山口周と、同学部の教授に着任する“理解のデザイナー”であるインフォメーションアーキテクト・長谷川敦士がその意義を語り尽くす。

聞き手・構成=藤生新 ポートレート撮影=菅野恒平

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なぜムサビは新学部をつくるのか?

――2019年度より武蔵野美術大学に造形構想学部・大学院造形構想研究科が新設されることになりました。まずは長谷川先生に、新設される学部・研究科はどういったところなのか、その概要を聞きたいと思います。

長谷川敦士 これまで武蔵野美術大学(以下、ムサビ)は造形学部というひとつの学部に11の学科を設置して、そのなかからデザイナーやアーティストを輩出してきました。この学部自体はこれからも引き続き継続してその役割を担っていきますが、社会の環境の変化によって、デザインがよりビジネスのなかに統合されてくるようになってきました。このため、まず、ビジネスプロセスと統合されたデザインプロセスを習得した人材が社会でますます求められるようになってきています。これにくわえて、社会ではいまクリエイティブ能力によって社会の課題を切り開き新しいビジョンを生み出すことも求められるようになってきています。

 こういった社会に対応して、これまでのムサビで培われた造形能力を基礎能力としながら、新しい教育の枠組みを導入するため新学部・学科を設置するという決定をしました。

長谷川敦士

 新設の造形構想学部には「クリエイティブイノベーション学科」と(既存学部から移設される)「映像学科」が設置され、大学院造形構想研究科(修士課程)には造形構想専攻「クリエイティブリーダーシップコース」と「映像・写真コース」が設置されます。学部・大学院という違いはあるものの、英語名は「Institute of Innovation」に統一し、一気通貫で両者が連続した仕組みとして立ち上げます。

 社会で求められるクリエイティブ人材を輩出することはもちろんですが、大学院までのこのプログラムによって、新しいビジョンを提供できる役割を新学科が担っていけることを期待しています。

 そのため、大学院では「ビジョンをデザインできること」「リーダーシップを取れること」「クリエイティブ能力を身につけること」を3本の柱に据えており、学部はそれに資する人材を育成するプログラムとして位置付けています。

 もちろん、全員が大学院に進学するわけでもありませんが、こうしたプログラムで学部教育を受けた学生は、社会で求められる新しいタイプの人材としてすぐに現場に対応できるように育成していきたいと考えています。

武蔵野美術大学鷹の台キャンパス

――デザイナーがビジョンを持った結果どのようなことが可能になるのか、詳しく教えていただけますでしょうか?

長谷川 プロダクトやサービス、ブランディング、コミュニケーションのためのデザインクリエイティブに加えて、イノベーションを生み出すためのアプローチ、企業の方針を決定するためのビジョンデザインなど、社会におけるデザインやクリエイティビティの役割は多様化しています。

 こういった役割の中で、とくにイノベーションをどのように生み出していくのか、あるいはビジョンをどのように持つべきなのかといった部分は、ビジネスの根幹に関わるものでありながら、これまでビジネスのみに携わってきた人々にはそもそもどういったものなのかのイメージも湧きにくいものになっています。これからのデザイナーやクリエイティブ人材は、自らが新しいものを生み出していくだけでなく、ビジネスのなかで自らが率先してこういったアプローチや考え方を導いていく必要があります。これがクリエイティブリーダーシップです。

 このクリエイティブリーダーシップを持つためには、自らのクリエイティブ能力に加えて、そのプロセスを言語化し、デザイナー以外の人々とそれらを共有することが必要です。「デザイン思考(Design Thinking)」がビジネスにおいては普及してきていますが、まだまだそういったアプローチをどのように使いこなしていくべきかはきちんと理解されているとはいえません。もちろんクリエイティブな思考は言語化しえない部分も多くありますが、それでも言語化可能な多くの部分がブラックボックス化されていることで、ビジネスにクリエイティブが活用されていない実態があります。

 あたえられた枠の中で最大限のクリエイティビティを発揮するのではなく、いまの状況に対してもっともクリエイティビティを活かすにはどのようなスケジュールで、どれくらいの予算をかけて、どういったアプローチをとればいいのか、これをプラニングすることはクリエイティブ人材にしかできないことです。

 この新しい学科では、クリエイティブ能力を基盤にしたビジョンデザインをビジネスのなかでしっかり活かしていってもらえるような教育をゴールとしています。

左から山口周、長谷川敦士

これからのデザイナーのあるべき姿「意味のイノベーション」

山口 デザインのプロセスが言語化されるうえで、何が重要になってくるとお考えですか?

長谷川 利用者のニーズをしっかりふまえたデザインが実現できているという前提で、デザイナー自体の意思や信念がより重要になってくると考えています。もともと、あまり利用者を考えてこなかったデザインへの反動として、「Human Centered Design(HCD、人間中心設計と訳される)」というアプローチが生まれ、これが一般化して、「デザイン思考」となりました。HCDのアプローチは手続きと記述可能なプロセスとなったため普及するようになりましたが、実はこれはデザインのアプローチとしては基礎中の基礎といえます。

山口周

 というのも利用者・生活者をみているだけでは実はマーケットの最適化を行なっているに過ぎず、行き着くところまで行けばすべてのプロダクトやサービスが横並びになってしまうでしょう。きちんとユーザーを見て、HCDサイクルをしっかり回していけているという前提で、さらにその上に事業側の意思を形にすることが重要になってきます。これをミラノ工科大のロベルト・ベルガンディ教授は「意味のイノベーション」と呼んでいます。それは、批評的な議論を踏まえた、主体性や主観をより投影させたビジョンです。

 デザインを多層構造としてとらえて、基本のHCDサイクルをふまえながらこの意味のイノベーションを実現していくことがこれからのデザインアプローチには求められます。その時のデザイナーには経営者や事業責任者と同じ目線で、その企業や事業がどうあるべきかの意思をビジョンとしていて提示していくことが求められていくと思います。

長谷川敦士

意欲と共感を持った人に来てもらいたい

山口 ムサビでは実際にどのようなことに取り組まれるのですか?

長谷川 最初の1・2年ではスタジオワークによって基本のクリエイティブ能力を体得してもらいます。専用のスタジオを用意しますので、そちらにこもって取り組むことによって見えてくるものを重視しています。このクリエイティブの身体性はこれまでのムサビのクリエイティブ教育の歴史によって生み出されるものであり、本学科の大きな特徴となります。また、1・2年次ではこれと同時に産業史やイノベーションの実態などに触れることで視野を広く持ってもらいます。

 このクリエイティブイノベーション学科は、ムサビの他の学科と異なり入学時に実技課題を課さず、学科試験のみとなります。まずなにより意欲と共感を持った人に来てもらいたいと考え、実技に関しては入学してから学んでもらおうという考えです。

武蔵野美術大学鷹の台キャンパス

――今回、キャンパスもこれまでの鷹の台(小平市)に加え、市ヶ谷(新宿区)に新設されますね。

長谷川 1・2年次はムサビの本拠地である鷹の台で学んでもらいますが、3・4年次、そして大学院は市ヶ谷に新設される新しいキャンパスで学んでもらいます。3年生からは、1・2年次に培ったクリエイティブの基礎能力をどう使うかということをプロジェクトの実践を通じて体得してもらいます。

 市ヶ谷という土地は企業からもアクセスしやすい立地で、様々な企業に関わってもらうことが決まっています。企業の現場で実際に起きている課題に対して、学生と企業が同一のプロジェクトに携わりながら、実際の商品開発やサービス開発、ビジョンづくりなどに取り組んでいく試みを市ヶ谷で展開していく予定です。

山口 具体的にはどういうプログラムが展開されるのでしょうか?

長谷川 とくに学部後期では、「テクノロジー」「ビジネス」「ヒューマンバリュー」という3つのキーワードを軸に具体的なプログラムを構築しています。

 まず、テクノロジー領域では、実践を通じながら必要なテクノロジーをいつも使えるような姿勢を習得します。市ヶ谷キャンパスには3Dプリンタやレーザーカッターなどのファブ施設なども設置し自由に使える環境を用意します。演習でも実際にIoTやVR/MRなどを取り扱った課題を設定しています。

 ビジネス領域では、ビジネスのしくみや現在のビジネスプロセスのなかでのデザインの位置付けなどの理解に重きを置いています。たんに数値的なビジネス理解ではなく、デザインをビジネスに活かしていくために求められる意思決定の根拠を想像できるようになるように演習も計画しています。

 3つ目の領域の「ヒューマンバリュー」とは、利用者・生活者といった人間の理解です。デザインとは究極的には人を動かし、人の体験を作るための活動です。そのためには、認知心理学や人間工学的な知識や、それをデザインに活用するためのモデル化などを会得する必要があります。

長谷川敦士

 学部後期ではこういった専門分野を深めながら、基本的にプロジェクトを自身で企画し、実施し、改善していくようなアプローチを繰り返していくような演習プログラム「クリエイティブイノベーション演習」を核にしています。このプログラムによって、状況に対してプロジェクトを設計する能力、実際にデザインを遂行する能力、そしてそれらのアプローチを客観視する能力を身につけてもらうことを意図しています。

 この、デザイナーが自身のアプローチを客観視できたうえで得られる自信を「デザイン・コンフィデンス」と呼んでいます。本学科ではこのデザイン・コンフィデンスの体得をひとつのゴールにしています。

なぜ「構想力」が必要なのか?

――これからのデザイナーにはどのような考え方が求められているのでしょうか?

長谷川 これから重要になってくる考え方を示すものとして、「サービスデザイン」という言葉があります。ユーザーの体験を重視して「すべての事業はユーザーに対するサービスである」とする考え方で、それに関連して(モノとサービスを区別なくとらえる)「サービス・ドミナント・ロジック(SDL)」という思考も生まれています。

 最近は、日本でも行政サービスをサービスデザインのアプローチで改善していこうという考えが出てきています。また関連する言葉として「UX(ユーザーエクスペリエンス)デザイン」という考え方がありますが、(それとの違いとしては)顧客体験だけでなくビジネスとしての実現性も取り入れた「全体的な設計」を行っていくことがサービスデザインの特徴になります。

武蔵野美術大学鷹の台キャンパスの図書館

 例えば、アプリによる配車サービスに革新をもたらした「Uber」や世界最大の民泊サイトである「Airbnb」などが提供する新しいモデルは、既存のタクシー業界や宿泊業界だけを見ていても決して出てくるものではありませんよね。

 実際、UberやAirbnbの基本的な仕組みはマッチングビジネスです。いま課題が発生している生態系を包括的に見て、ユーザーの体験を最適化するいっぽう、ビジネスとしてもステークホルダー(利害関係者)がうまく立ち回れるようにするにはどうしたらいいのかを考えた結果、新しいモデルが生まれたのです。そのように(UXとビジネスの双方を)包括的に考えていくアプローチが「サービスデザイン」として議論されているのです。

 今回、大学院クリエイティブリーダーシップコースではこのサービスデザインの講義も設けています。大学院では、ぜひこのサービスデザインも包括的に体得して、ビジネスや行政サービスなどで実践できるようになってもらいたいと思っています。

左から山口周、長谷川敦士

山口 かつては「洗濯が大変」とか「食べ物の保存ができない」とかわかりやすい問題があって、そうした問題を低価格でソリューションできる人材や能力が求められていましたよね。1960年代から90年代くらいまではずっとそうだったと思います。その背景には「モノ不足」もありましたし、欧米の先行事例もありましたので、(不足を解決し欧米に追い付くために)自ずと解決しなくてはならない問題が生まれていたのです。

 そうした時代にはもちろん、「問題の定義なんて必要ない」「とにかく問題を解ける人がほしい」となります。ただ、時代が進んで世の中のニーズがある程度満たされてしまうと、顧客側からはとくに不満が出てこなくなりました。2005~07年ごろに私が携帯電話のプロジェクトに関わっていたとき、顧客に「何か不満はありますか?」とアンケートを取っても課題が出てこないということがありました。

山口周

 「強いて言えばお風呂の中で使いたい」みたいなニッチな問題だけが出てきて困っていたところに、iPhoneが登場して市場の半分をかっさらっていたのです。結局、あのときのマーケティングメソッドは、「問題は山積みでそれを解決できる人が必要である」という思考モデルの上に成り立っていたわけですね。

 それに対していまは状況が逆転しています。問題はむしろ少なくて、解決できる能力を持っている人はたくさんいる。そんな時代では「問題をつくれる人」こそが希少なのです。その典型がAirbnbだと思いますが、「ホテルは満室なのに世の中には部屋が余っている」という状況で「(需要と供給を)マッチングできないのはなぜなんだ」という問題提起が生まれた。

 そうした事例があり、いまは「問題提起のできる人」に高い経済的価値が生まれてきています。そしてその「問題」は「現状」と「あるべき姿」のギャップから出てくるものなので、その「あるべき姿」を構想できる人がもっとも必要になってくる。そういったときに、先ほど長谷川さんが仰った「構想力を持つ人を育てる」ことが重要になってくるわけです。だから「構想」という言葉が学部名の中に入っているのはすごく腑に落ちた感がありました。問題提起をするためには構想力が不可欠なんです。

「未来の当たり前」を見出すために

山口 2013年に『世界で最もイノベーティブな組織の作り方』(光文社)を書いたとき、現役のイノベーターの方々にお話をうかがったのですが、「イノベーション」と聞くとつい「何か新しいものを生み出すこと」と考えがちじゃないですか。でも、彼らの発想は「新しいものを生み出そう」というよりは「未来の当たり前をこちらに引っ張ってくる」という感覚だったんです。つまり、未来においてはこうなっているべきなのに、なぜいまがこうなっていないんだとバックキャストする発想ですね。

 そうなると、「未来の当たり前」という観点を通して、デザイン・コンフィデンスやある種の審美眼が生まれてきます。現状からインプルーブ(改善)することを考えるよりも、現状をいったん置いて、大きな未来像からバックキャストしていくと、現状で「仕方なくこうなっている」ことが明らかになり、「あれ、これってもしかしていまでも実現できるんじゃない?」という新しい発想へとつながってくるわけです。

山口周

長谷川 本学科のカリキュラム設計において参考にした大学の一つに、米マサチューセッツ州にあるオーリン工科大学(Olin College of Engineering)があります。ここは工学系の大学ですが、主体性教育というものに注力しており、講義ではなくプロジェクト主体のカリキュラムになっています。学んだことを活かすのではなく、課題に取り組んでから必要なことを学ぶという順序によって主体性を持った学びや態度が生まれるというこの姿勢には大変共感しており、本学科でもそのエッセンスを取り入れています。

 まず、基本の武器となる造形教育は学部前期で習得してもらったうえで、それらを応用するときに必要となる専門教育についてはあくまでプロジェクトを遂行しながら適宜必要となるスキルを集めていくというような構成です。

山口 普通の講義がYouTubeで見られる時代に、わざわざ物理的に大学に集まる意味はなんなのか、ということへの回答でもありますね。

長谷川 そうですね。とくに大学院のコースではもっと踏み込んだところとして、企業や組織とのビジョンづくりを目指していきます。その際には学生が自ら解決すべき課題を設定し、それに対応したプロジェクトを起案していくことが必要になってきます。大学院生と学部生がひとつのプロジェクトで課題に取り組みながら、チームマネジメントにも触れてもらいつつ、自分たちの取り組んでいるデザインのプロセスを言語化していけるようになればいいなと思っています。

左から山口周、長谷川敦士