2023.10.2

海と人と酒と。詩人・黒川隆介が歩いた宮崎市

多くの土地の魅力を肌で感じ、そこで得たものを詩作してきた詩人・黒川隆介が宮崎市を初来訪。この地で黒川は何を見て、何を語るのか。旅の様子をお届けする。

詩=黒川隆介 写真=稲葉真 文=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

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 詩人・黒川隆介。コピーライターとしても活躍し、多くの土地の魅力を肌で感じ、そこで得たものを詩作してきた。今回、黒川が訪れたのは宮崎市だ。宮崎空港から市街地へと向かう道にはワシントニアパームの木が立ち並び、南国の様相を呈する。この初来訪の地で黒川は何を見て、何を語るのか。「ANAで行く宮崎 魅力再発見クーポン」のキャンペーンもスタートした宮崎の、旅の様子をお届けする。

青島のビーチと黒川隆介

広い空とともにある神話の島・青島

 宮崎市街からほど近い宮崎空港から、車で15分ほどのところに位置する青島。日南海岸国定公園に属するこの岬は日向灘を望むビーチが続き、夏は海水浴客やサーファーで賑わう。岬の先端から橋を渡った先には歴史ある青島神社を有する青島があり、南国の海のみならず歴史も同時に体験できる場所となっている。

青島

 青島に到着した黒川は、遠くに宮崎市のシンボルである「シーガイア」を望む海岸を散策。羽田から飛行機で2時間弱、空港から直行した黒川は東京の風景と比較して「空が広くて大きく雰囲気が変わりましたね」と語る。抜けるような空や海とともに黒川の目に映ったのは、何かを探すように裸足で波打ち際を歩く老人や、ビーチから流れてくる脈略のない選曲。東京とは明らかに異なる時間を過ごす人々たちがつくり出す空間がそこにはあった。

青島の海岸線を歩く黒川隆介

 海岸線を望む「AOSHIMA BEACH PARK」では、人々がコーヒーやビールを片手に思い思いの時間を過ごす。海に入れない季節でも、多くの人に青島を訪れてほしいという思いから整備されたという通年営業のこの広場。季節ごとのショップの入れ替わりを楽しみに定期的に訪れる人も多いという。

AOSHIMA BEACH PARK

 橋を渡って青島に向かった黒川を出迎えたのは、鬼の洗濯板と呼ばれる独特の地形だ。約700万年ほど前に海中でできた岩が隆起し、その後、長い時間をかけて波に洗われたことで、固い砂岩だけが板のように積み重なった。潮が引くと、ところどころに水たまりができ、子供たちが海の生き物たちと戯れる。その様子を傍らに眺めながら、鳥居をくぐってたどり着くのが青島神社だ。

青島の鬼の洗濯板

 日本神話の神、彦火火出見命 、豊玉姫命、塩筒大神をまつる青島神社。平安時代の始めにはすでに文献への記述があり、この島で祭祀が行われていたことがわかっているという歴史ある神社。拝殿でお参りを済ませた黒川は、さらに奥へと続く道を発見。その先には、まるで熱帯のジャングルのような光景が広がっていた。

青島神社
青島神社で参拝する黒川隆介

 熱帯及び亜熱帯植物の27種が確認されているというこの森は、本土と比べて独特の生態系が育まれているという。古来から続く熱帯林が偶然この場所に残ったのか、あるいはその種子が遠く南方から運ばれてきたか、その由来は定かではないそうだ。かつては限られた人のみが立ち入ることを許されていたというこの場所には、聖地となったのも頷ける異界の空気が漂っていた。黒川はひとり静かに、熱帯の木々を見上げながら物思いにふけっていた。

青島神社の森に立つ黒川隆介

 まるで現実へと戻っていくかのように青島から本土へと戻る橋。そのうえで、黒川は言葉をつむいでいく。50年ほど前、この宮崎の地は新婚旅行のメッカであり、全盛期は新婚旅行の行き先の3分の1が宮崎だったこともあったという。まだ、海外旅行が夢のまた夢であった時代、人々が南国への越境を求めて訪れた宮崎の物語を、黒川が詩に載せた。

青島のビーチ

 昼食はこの地を訪れた人々に愛されてきた「フジヤマプリン宮崎」で、名物となっているチキンカレーを。豊かで香ばしいスパイスの香りに舌鼓をうちながら、黒川は南国の時間に浸っていく自分を感じていた。

フジヤマプリン宮崎のチキンカレー

江田神社と海岸線とシーガイア

 多くの神話が伝わり、神社も多い宮崎市。青島神社に引き続き、黒川は新たな神話の舞台を求めて北上、「フェニックス・シーガイア・リゾート」に隣接する江田神社へと向かった。

江田神社

 江田神社は日本最初の夫婦神とされる伊邪那岐命と伊邪那美命を祀っており、良縁を願う参拝者が多く訪れる。新婚旅行で賑わった宮崎らしい神社とも言えるだろう。境内にはふたつの御神木があり、パワースポットとして多くの人が触れていく。広大な境内の森にはいたるところに長寿の巨木が佇み、訪れるだけで心身が清められそうだ。

江田神社で御神木をなでる黒川隆介

 森の奥にはかつて河川だったという神秘的な池「みそぎ池」がある。伊邪那岐命が黄泉の国の穢れを祓うために身を清めたため、この名で呼ばれるようになったというこの池のほとりのベンチに黒川は佇んだ。「この場所は光の差し込み方が独特ですね」と語った黒川。近隣に在住していると思われる人々が、散歩がてらにその傍らを歩いていく。神話が生活のなかにある宮崎の紡いできた歴史の片鱗を感じることができる。

江田神社のみそぎ池

 江田神社と隣接している「フェニックス・シーガイア・リゾート」は、ゴルフ場、プール、温泉施設、ホテルなどを備えた総合施設だ。なかでも地上154メートル、地上43階、地下2階建ての「シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート」は、宮崎空港に着陸する飛行機のなかで、黒川がまず目に入ったという建築だ。

シェラトン・グランデ・オーシャンリゾート

 36階にある「シェラトンクラブ」を訪れた黒川は、先程まで訪れていた青島神社を海岸線の向こうに確認。眼下の海の青と美しいコントラストを奏でる瑞々しい海岸線の緑の松林は「フェニックス・シーガイア・リゾート」が手入れをし、守り続けてきた。広大な黒松林に囲まれたこのホテルの客室は、すべてオーシャンビューとなっており、松林と海岸線を必ず望むことができるという。ホテルから雄大な夕刻の海を見たのち、黒川は宮崎市の中心部へと向かった。

シェラトンクラブで海岸線を望む黒川隆介
シェラトン・グランデ・オーシャンリゾートからの眺め

スナックの聖地・ニシタチ

 夕闇が迫る宮崎の町。宮崎の名物として名高い宮崎牛を堪能するため、黒川が訪れたのが鉄板焼・ステーキの店「橘通りミヤチクAPAS」だ。ヒレステーキのコースは、厳選された宮崎牛を楽しめるのはもちろん、ピーマンや玉ねぎといった宮崎の地場の野菜を素材の良さそのままに楽しむことができる。

橘通りミヤチクAPASのヒレステーキ

 宮崎牛に合うドリンクとして、シェフのおすすめに従って黒川が選んだのが焼酎だ。宮崎でポピュラーな焼酎は、一般的に売られている25度のものではなく、20度のものだと語るシェフ。度数が低いので、ソーダ割りにすれば軽い口当たりとなり、濃厚な和牛とも相性が良い。

橘通りミヤチクAPASでステーキを食べる黒川隆介

 空腹も満たされたところで、スナックの聖地と呼ばれる橘通りに黒川は繰り出す。電話帳に乗っている人口10万人あたりのスナックの数が日本一ということで、いちやくスナックの町として知られるようになった宮崎市。なかでも一番街から西橘通にかけての通称「ニシタチ」には、数多くのスナックがひしめく。日々、酒とともに詩を書き、酒を楽しむ連載記事も持っていた黒川にとって、夜のニシタチは今回の旅の楽しみのひとつでもあった。

ニシタチと黒川隆介

 黒川がまず最初に訪れたのは「華酔亭」だ。40年以上、このスナックの街の歴史を見守ってきたこの店の茶圓イツ子ママは、齢80を超えてもカウンターに娘とともに立つ。ここで黒川がオーダーしたのは、やはり20度の焼酎のソーダ割り。

華酔亭

 黒川が「時間の流れがゆったり」という宮崎市の感想を口にすると、イツ子ママは「それを宮崎の人たちは日向時間と呼ぶの」と教えてくれた。のんびりとした県民性を表すこの言葉は、黒川が訪れたときに感じた感覚をまさに表すものだ。「初めて来たのに、再来訪のように受け入れてくれる、やわらかい空気を感じた」という黒川の宮崎のイメージは、まさにこの「日向時間」がつくりだしてくれたものなのかもしれない。長年、宮崎の人々に酒を注ぎ続けてきたイツ子ママは、宮崎の人々を「やさしい」と素直に評した。来る人々を受け入れてくれるこの土地性が、スナック街を発展させていったのだろう。

茶圓イツ子ママと黒川隆介

 次に黒川が訪れたのが、ニシタチ唯一のピアノバー「ピアノラウンジ バラード」だ。店の中央にはグランドピアノが鎮座し、プロのピアニストの演奏に耳を傾けながらグラスを揺らすことができる。訪れた客のリクエストに応えてくれるだけでなく、なんと常連がプロの演奏とともに歌うことも。

ピアノラウンジ バラード

 演奏に耳を傾ける黒川の隣には、今日初めてこの店で歌ってみるという女性客。疲れたときや物思いに耽りたいとき、ここを訪れては演奏に癒やされているという。緊張した面持ちでピアノの前に立った女性は、見事にベット・ミドラーの「Rose」を歌い上げた。店と客の親しみやすいこの距離感。黒川はこの店でも、多くの人を受け入れてくれる宮崎らしさを感じることができたようだ。

ピアノラウンジ バラード

 「ENTERTAINMENT SNACK FARCE」は、一風変わった「エンターテイメントスナック」。宮崎のエンタメを盛り上げるためにオープンさせたという。店内にはステージがあり、ギターとマイクまで用意され、日々、お笑い芸人やものまねショーなどが披露されている。元気のないニシタチの街をエンタメで盛り上げたいという使命を感じ、コロナ禍にオープンしたというこの店は、黒川が訪れた当日もものまねショーが披露され、会場を湧かせていた。

ENTERTAINMENT SNACK FARCEのパフォーマンスを見る黒川隆介

 宮崎の夜は更けていく。詩作のため、宮崎の人たちの心の声をもっと聞きたいと黒川が訪れたのはスナック「時間割」だ。「まず名前が素晴らしいですよね、宮崎大学の学生たちの行きつけなのだと先程のスナックで教えてもらいました」と黒川。

時間割

 電飾とカラオケが目を引く店内は、まさに昭和の学生たちが集ったスナックという趣だ。学生に愛される理由を黒川がマスターに尋ねると、マスターは嬉しそうに「たくさんの宮崎大学の学生を育てたと思っている。学校の校長や医師になった人も多いよ。学校みたいなものなんだろうね」とはにかみながら答えてくれた。なるほど、だから「時間割」なのかと、所以を知った黒川も納得。

時間割

 かつて学生だった客が子供とともに訪れることも多く、また大阪や東京に出ていった学生のなかには帰郷のたびに必ず立ち寄ってくれる子も多いと嬉しそうに語るマスター。訪れた学生の声と名前を忘れることはないという。学校とは違う学びの場所。「宮崎の人々の暖かさの真髄を感じることができました」と店を出た黒川は笑った。

昼の橘通りは美味しい

 翌朝、昨晩の豊かなひとときの記憶を反芻しながら、甘いものも好きだという黒川は宮崎のフルーツを味わうために、宮崎市の中心地にある橘通りへと繰り出した。

 まず、訪れたのは「フルーツ大野ANNEX」。南国・宮崎はマンゴーやパパイヤなどのフルーツの生産が盛んだ。これをパフェで堪能できるのがこの店。運ばれてきたのは旬のフルーツが山盛りに盛られたトロピカルパフェ。ドラゴンフルーツやパッションフルーツなど、東京のパフェではなかなか乗ることがない南国の果物は目にも鮮やかだ。

フルーツ大野ANNEXのトロピカルパフェ

 「お菓子の日高」の「なんじゃこら大福」も、橘通りで買えるお菓子として有名だ。いちご、栗、クリームがあんこの中にはいったこの大福。「ひとつ食べるだけで満足感が半端ない」と黒川も思わず笑顔になってしまう一品だ。

お菓子の日高でなんじゃこら大福を食べる黒川隆介

 昼食は宮崎で愛されるソウルフード・チキン南蛮の元祖である「おぐら瀬頭店」へ。駐車場も店内も、昼食を求める地元の人々で溢れており、市民の生活に根ざした人気がうかがえる。

おぐら瀬頭店のチキン南蛮

 黒川が注文したのはジューシーな胸肉を揚げ、上から甘酢をかけた元祖・チキン南蛮。「酸味をきかせた味つけが独特で白飯が進む」と評しながら、周囲の常連たちがハンバーグステーキやちゃんぽんなどを次々に頼む様子も見て、地元で愛される定食屋の底力を感じていたようだ。

おぐら瀬頭店のチキン南蛮と黒川隆介

 帰路につく飛行機のなか、黒川は宮崎に後ろ髪を引かれつつも、新たな詩作の構想を練っていた。「どのスナックも素晴らしかったのでもっと掘り下げたい」「こんどは郊外の店も探訪してみたい」などと、再びの宮崎来訪に思いを馳せる。黒川の旅の手帳に新たな1ページが加わったようだ。