ブルゴーニュワイン委員会(BIVB)が開催する、アート公募展「When Pure Chablis meets Art シャブリワインアートアワード」。シャブリワインのピュアな魅力を伝えるアーティストたちの作品にかける思いや、審査のなかで見えてきたシャブリの魅力に迫る。
シャブリワインの推進を担うブルゴーニュワイン委員会(BIVB)は、「When Pure Chablis meets Art シャブリワインアートアワード」と題し、日本で初めてとなるアート公募展を開催した。フレッシュなアーティストによる「ピュア」をテーマとした立体作品を募集。様々な素材を駆使し、視覚や触覚を通じてピュアなシャブリワインらしさを伝えようと、アーティストたちが作品を制作した。
本アワードに名を冠するシャブリワインについて改めておさらいしたい。フランスのブルゴーニュ地方で生産される辛口の白ワインで、口に含むと、ピュアな印象の奥から白い石灰岩や火打石などの濡れた石、または潮の香りや塩味、中国紅茶に似たスモーキーさを感じさせるミネラル感がそこはかとなく漂う。この唯一無二の風味は、シャブリワインが生み出されるぶどう畑特有のテロワールや気候など、いくつもの条件が重なり生まれているという。
本展の審査員を務めたのはマスターオブワインの大橋健一とウェブ版「美術手帖」編集長の橋爪勇介、デザイナーの秋山かおり、ブルゴーニュワイン委員会内シャブリワイン委員会会長ポール・エスピタリエだ。一次選考を通過したのは10作品。そのなかからグランプリ1作品と、準グランプリ2作品が選ばれた。
7月25日、本アワードの受賞者の発表と授賞式が東京・青山で行われ、グランプリには賞金30万円とシャブリワイン4本セットが、準グランプリには賞金5万円とシャブリワイン4本セットが手渡された。
個性豊かな受賞作品
グランプリを受賞したのは、石灰岩とイエローオニキスを組み合わせ、シャブリの大地の石灰岩に根ざすブドウの種を表現した谷本めいの《息吹》だ。本作について谷本は、次のように語った。
「訪れたことがないシャブリの土地の成り立ちをリサーチし、石灰岩を使おうと発想した。この土地でしかありえなかった大地の始まりを表現できたと思う。石を彫っていると石灰の香りが立ち上がってきて、制作過程においてもシャブリワインに寄り添うことができ、最後まで楽しく制作することができた」。
本作について審査員の橋爪は「2種の素材による質感の対比がシャブリの複雑性をうまく表現した」、秋山は「思わず匂いをかぎたくなるほど五感すべてがくすぐられた」、ポール・エスピタリエは「化石の彫刻が繊細に組みあわされている点が素晴らしい。こうした化石はシャブリの土壌に見受けられる先史時代の痕跡であり、シャブリ地域が約1億5千万年前には海で覆われていたことの証。シャブリワインの深い歴史と唯一無二の個性が美しい形で表現されている」と評した。
準グランプリにはSAYAKA ASAIとアーバンデザイナーの兼平翔太、建築エンジニアの鶴岡諭、アートメディエーターの冠那菜奈からなるクリエイティブユニット・URBAN KNITが選ばれた。
ASAIの《Esprit de Chablis》は、紙と牡蠣の貝殻を使用した作品で、ASAIの独自の染色法「氷染色」にシャブリワインを用いて、ブドウ葉の色味の移り変わりを表現した。ASAIは本作について次のように話す。
「南フランスに在住しながら活動をしており、ブルゴーニュの土地により近いところでその土地性に思いを馳せながら制作を進めた。『氷染色』で立体をつくるのは初めてだったので、今後にも生きる経験になったことが嬉しい。ワインを味わいながら制作を進め、フランスという素材をそのまま作品にすることができた」。
本作について審査員の大橋は「シャブリワインの持つテクスチャーを見事にとらえた作品。丸みのあるシェイプからはやわらかな味わいを感じることができる」と評している。
URBAN KNITの受賞作の名前は《Pureness》だ。シャブリワインの透明感やミネラル、塩の香りを吹きガラスと燧石によって表現した。本作の制作工程について、URBAN KNITの兼平翔太は次のように語った。
「シャブリワインを口にしたときの印象、つまり言葉で伝わらないことをかたちにしようと考えた。自分の口の中で起こっていることを想像しながら作品にした」。
審査員の橋爪は本作を「素材の対比でシャブリの飲後感が表現されている」と評価した。
審査員による座談会
審査においてはどのようなところがポイントとなったのだろうか。大橋、橋爪、秋山の3人が座談会を通じて、受賞作品の魅力を語り合った。
アートの審査という機会が初めてだったという大橋は、自身の評価方法について次のように語った。「専門家ではない立場ならではの視点を大事にした。ほかのふたりと異なり、素材についての知識や制作方法はわからない立場だが、シャブリワインの味わいは頭の中に入っている。自分の中に残っている味わいや香りのイメージをもとに『これがシャブリだ』というフィーリングを大切に評価をした」。
こうした大橋の意識について、橋爪は次のように語った。「シャブリの味覚をいかに視覚的に落とし込むのか、その評価軸がもっとも難しい部分だった。私や秋山氏とは異なる観点から、シャブリの味わいが視覚的にどう表現できているのかを考えさせられたので、大橋氏には大変助けられた」。
秋山は、グランプリに輝いた谷本の作品を評価するうえで重視した点を語った。「審査においては、シャブリとはどういうものなのか、提出されたコンセプトやスケッチから考えることになった。シャブリを表現するには、とくに口に含んだミネラルの印象が重要だと感じていたが、谷本氏の作品からは匂いからその印象が感じられた。視覚ではなく嗅覚で受け取ることができる素材の魅力が宿っていて、シャブリらしさを訴える大きな要素だった」。
大橋は谷本の作品の視覚面についても触れた。「シャブリは北国のワインであり、寒く、タイトで、そしてシャープだ。苦労しながらブドウを育てる土地の持つ厳しさのなかの喜びが、谷本氏の作品の、険しい山々のような硬質な色合いの中で映える、ろうそくにも見えるオニキス石の温かみから感じ取れた」。
秋山は、様々な素材に触れてものづくりをしている立場から、シャブリの素材としての魅力を次のように述べた。「審査を通じて、シャブリはそれを使う側が試される素材だということが感じられた。マスターオブワインとしての立場からそれを言語化してくれる大橋氏の力添えにより、シャブリという素材の魅力をより多くの人に伝えたくなった」。
大橋も審査を通じて、改めて自分にとってのシャブリという存在の大きさを感じたという。「30年間ワインと関わる仕事をしてきたが、アートの審査を経験することで、自分がシャブリに対して感じてきた思いを新たにすることができた。なにかを好きであり続けるには自分のなかのヒーローが必要だが、私にとってのワインのヒーローはシャブリだ。アーティストたちが表現するシャブリを見て、その思いがより強くなった」。
シャブリの魅力を味わう
会場では審査員の大橋による、シャブリを深く楽しむための講座と試飲も行われた。シャブリをこよなく愛し、自らそのプロモーションを名乗り出たという大橋は「価格もバリエーションも豊かなシャブリを選ぶには、たしかな見識眼が求められる」と語った。
そんな大橋が今回の講座のために紹介したシャブリは4銘柄だ。1つめは「プティ・シャブリ 2021 ジャン=マルク・ブロカール」。1973年にジャン=マルク・ブロカールが創設した家族経営のドメーヌで、かつて海だった土地ならではの細くタイトな香りや、シトラスやリンゴのようなドライな口当たりを楽しむことができる。
2つめは「シャブリ サン・マルタン 2021 ドメーヌ・ラロッシュ」だ。シャブリの伝統を永続させるため、生態系のバランスをも重視しているというこのドメーヌ。樽香がないものが好まれるシャブリのアイデンティティが強く前に出た銘柄だ。
3つめは「シャブリ・プルミエ・クリュ モンマン 2021 ドメーヌ・ヴォコレ・エ・フィス」。シャープな酸味とミネラル感を感じられる一品であり、ブルゴーニュを代表するチーズであるエポワスや、和洋を問わず焼き魚との相性に秀でていると大橋は評する。
そして4つめは「シャブリ・グラン・クリュ ヴォーデジール 2020 ドメーヌ・ジャン=ポール・エ・ブノワ・ドロワン」。13世代にわたり生まれ故郷を離れたことのないワイン生産者たちによって取得された、広大なブドウ畑で育まれた本銘柄の香ばしさは、甲殻類やオイスターなど、カルシウムを主成分としたものに合うという。
そのほかにも会場では「プティ・シャブリ 2021 ドメーヌ・アレクサンドル」「プティ・シャブリ 2020 ドメーヌ・ダニエル・ダンプ・エ・フィス」「シャブリ 2021 J.モロー・エ・フィス」「シャブリ 2021 ドメーヌ・ピエール=ルイ・エ・ジャン=フランソワ・ベルサン」「シャブリ・プルミエ・クリュ コート・ド・レシェ 2021 ドメーヌ・フレィ」「シャブリ・プルミエ・クリュ ヴァイヨン 2021 ドメーヌ・スーペ」「シャブリ・プルミエ・クリュ フルショーム 2021 ドメーヌ・アラン・ジョフロワ」「シャブリ・グラン・クリュ ブーグロ 2020 ドメーヌ・セルヴァン」が紹介され、訪れた人々が舌鼓を打っていた。
いずれの銘柄も、ブルゴーニュの土地と深く結びつき、太古の昔から育んできた土地の要素がなくては生まれ得ない、シャブリの魅力があふれる逸品と言えるだろう。
シャブリの魅力をアーティストたちの視点を通して再発見し、その味わいを五感で楽しむことができた本イベント。アーティストたちの意欲的な表現と、シャブリの持つ多感な味わいが混じり合う、奇跡的な場となった。