ART WIKI

カルチュラル・スタディーズ

Cultural Studies

 日常生活を社会的な諸力による支配・抵抗・交渉の場ととらえ、そうした諸関係から結節される表象として「文化」のさまざまな形態を研究しようとする取り組み。イギリスのバーミンガム大学に設立された現代文化研究センター(Centre for Contemporary Cultural Studies, 略称:CCCS)がその議論の拠点として主導的な役割を果たし、またこの潮流の成立経緯を考える際には英国の言説史的な脈絡が参照されるにせよ、現在カルチュラル・スタティーズのアプローチは他のヨーロッパ諸国やアメリカ、アジアなどの各国でも広く実践されている。考察の対象は生活世界や主体の表象に関わるさまざまな事象であり、テレビ視聴などをトピックとするメディア研究やサブカルチャー研究、ジェンダー、セクシュアリティ、エスニシティ、人種に焦点化したアイデンティティ・ポリティクスに及ぶ、広範な問題系をカバーしている。

 1964年にリチャード・ホガートを初代センター長として創設されたCCCSは当初、大学院を基盤とする体制をとり、学部中心の教育プログラムからは独立しつつ、共同研究による運営スタイルを築いていった。スチュアート・ホールがセンター長を務めた期間に重なる60年代後半から70年代後半にかけて、CCCSを中心としたカルチュラル・スタディーズは発展期を迎えた。

 ホガートやレイモンド・ウィリアムズといった草創期の人物は、労働者階級の成人教育に携わった経歴を持ち、こうした背景は、大衆の日常生活というカルチュラル・スタディーズのライトモチーフへと通じている。ホガートは『読み書き能力の効用』(1957)において大衆文化を批判的に分析しつつ、大量生産に基づく戦後の新しいマス・カルチャー(アメリカナイゼーション)に対して、戦前の有機的な労働者階級文化をノスタルジックに擁護した。

 しかしやがて、カルチュラル・スタディーズにおける考察の軸は、ある特定の階級の文化から、より広範囲にわたる大衆の日常的実践へと移行していく。1970年代以降、ルイ・アルチュセールの理論的触発を受けつつ経済決定論の批判的乗り越えが図られ、またアントニオ・グラムシのヘゲモニー論の導入により、文化は単に支配階級によって規定された従属物ではなく、対抗的な契機をも伏在させた交渉関係の産物であるという視点が獲得されるなど、従来のマルクス主義的伝統とは異なる見地から、記号論的・構造主義的分析なども交えた研究が展開されていった。さらには、フェミニズムやブラック・ポリティクスによってカルチュラル・スタディーズ内部に向けられた批判を伴いつつ、「階級」というカテゴリーの特権性もまた見直されていき、アイデンティティや主体性をめぐる諸問題を前景化させることとなった。

文=勝俣涼

グレアム・ターナー『カルチュラル・スタディーズ入門——理論と英国での発展』(溝上由紀、毛利嘉孝ほか訳、作品社、1999)
上野俊哉、毛利嘉孝『カルチュラル・スタディーズ入門』(筑摩書房、2000)
吉見俊哉 編『知の教科書 カルチュラル・スタディーズ』(講談社、2001)