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2024.4.9

「浮世絵の別嬪(べっぴん)さん」(大倉集古館)開幕レポート。室町から幕末まで、肉筆画で辿る浮世絵の歴史

室町から江戸末期にいたるまで、肉筆による美人画に焦点を当てた特別展「浮世絵の別嬪(べっぴん)さん―歌麿、北斎が描いた春画とともに」が東京・神谷町の大倉集古館で開幕した。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、歌川広重《三美人図》(1818~30頃)似鳥美術館蔵
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 浮世絵師たちが描いた肉筆浮世絵に焦点を当てる特別展「浮世絵の別嬪(べっぴん)さん―歌麿、北斎が描いた春画とともに」が東京・神谷町の大倉集古館で開幕した。会期は6月9日まで。

展示風景より、《役者と美人図》(個人蔵)

 本展は17世紀の初期風俗画や岩佐又兵衛から、菱川師宣、喜多川歌麿葛飾北斎といった有名絵師までの肉筆画を紹介し、浮世絵の歩みを5章構成で辿るものだ。なお、第5章「めくるめく春画の名品」は性的な描写が多いため、15歳未満の鑑賞を制限しているので注意してほしい。

展示風景より、歌川国貞《金瓶梅》(1841〜44頃)個人蔵

 第1章「初期風俗画と又兵衛、そして師宣の誕生ー17世紀」では、浮世絵の前段階とされる室町時代の初期風俗画や岩佐又兵衛を経て、最初の浮世絵師と呼ばれる菱川師宣が活躍するまでをたどる。

 浮世絵のルーツは、室町時代後期に成立した人々の暮らしを描く風俗画にある。屏風などの大きいサイズに風景のなかに複数の人物を描いた風俗画が、やがて美人をはじめとした人物を単体で取り出すことで浮世絵となっていった。本展ではこの時代の風俗画として《遊楽図屏風》(17世紀前期~中期)などを展示。また、岩佐又兵衛の《伊勢物語図「梓弓」(樽屋屏風)》(17世紀前期)も、浮世絵の前史として重要な作品となる。

展示風景より、岩佐又兵衛《伊勢物語図「梓弓」(樽屋屏風)》(17世紀前期)個人蔵
展示風景より、《遊楽図屏風》(17世紀前期~中期)個人蔵

 江戸時代に入ると、又兵衛風を変容させた江戸人好みの美人風俗画を菱川師宣が展開し、それがやがて浮世絵と呼ばれるようになる。師宣の生家が縫箔を家業としていたため、着物の柄の表現には目を見張るものがあり、《紅葉下立美人図》(1688〜94頃)などはその典型といえるだろう。

展示風景より、《紅葉下立美人図》(1688〜94頃)個人蔵

 第2章「安度、長春の隆盛ー18世紀前期までの美人画」では、師宣の退場後に美人画を主導した、懐月堂安度や宮川長春を紹介する。

 懐月堂安度は絵馬屋の出身とも伝えられており、《立美人図》(1704〜16頃)のように太く誇張された輪郭線による迫力ある美人画が人気を集めた。また、この作風を継承した門下の懐月堂安知の作品も併せて会場では見ることができる。

展示風景より、左から懐月堂安度《語らいの図》(1704〜14頃)、《立美人図》(1704〜16頃)ともに個人蔵

 いっぽうの宮川長春は、師宣系の作風を継承した絵師だ。たおやかな面相と容姿をもつ《雪中遊女道中図》(1711〜36頃)のような美人像を世に残したことで知られている。

展示風景より、左から宮川長春《雪中遊女道中図》(1711〜36頃)、懐月堂安知《立姿美人図》(1711〜36頃)ともに個人蔵

 第3章「春草、歌麿、栄之の精華ー18世紀後期の美人画」は、多色刷によって版画錦絵が流通し、浮世絵市場が活性化した時代における肉筆画に焦点を当てる。

 磯田湖龍斎、勝川春章、鳥居清長といった絵師たちが切磋琢磨し、それぞれの作風を追求し続けたこの時代は、美人画も顔立ちから着物の図案まで、それぞれに趣向を凝らした作品が生まれた。

展示風景より、左から勝川春章《立姿美人図》(1783〜87頃)中外産業株式会社 原安三郎コレクション、礒田湖龍斎《花魁禿歩行図》(1781〜89頃)川崎・砂子の里資料館蔵

 こうした絵師たちが退場したのちに人気を博したのが喜多川歌磨だ。心理まで描写するかのようなその美人画は、いまも多くの人を引きつけている。いっぽうで、旗本であった鳥文斎栄之は町人文化の性格が強かった浮世絵のなかでも、富裕層を相手とした雅で高貴な美人画を描いた。

展示風景より、左から喜多川歌麿《蛍狩り美人図》(1801〜04)個人蔵、《鳩台持つ娘立姿図》(1804〜06)摘水軒記念文化振興財団蔵

 第4章「葛飾北斎と歌川派の浮世絵師ー19世紀の美人画」は、幕末にかけて浮世絵を盛り上げた葛飾北斎、そして豊国、国芳、国貞、広重といった歌川派の肉筆画を紹介する。

 本章では近年発見された秀作が目立つ。例えば《青楼美人繁昌図》(1804〜18頃)は、葛飾北斎、勝川春英、歌川豊国、勝川春扇、勝川春周、勝川春好の六名の絵師によって合作されたもので、2021年に発見されたものだ。当時の浮世絵界を彩った豪華な顔ぶれの共演をぜひ会場で見てもらいたい。

展示風景より、左から葛飾北斎、勝川春英、歌川豊国、勝川春扇、勝川春周、勝川春好《青楼美人繁昌図》(1804〜18頃)個人蔵、葛飾北斎《詠歌美人図》(1810〜19頃)似鳥美術館蔵

 また北斎の《詠歌美人図》(1810〜19頃)も近年その存在が明らかになった肉筆画だ。画面上部の色紙形には柿本人麻呂の和歌が描かれており、文をつづる女性の姿が人麻呂と重ねられているようにも見て取れる。

 第5章「めくるめく春画の名品」では、鳥居清信、宮川長春、鳥文斎栄之、喜多川歌麿、歌川国貞、葛飾北斎といった肉筆春画の名品を紹介する。

 なかでも鳥文斎栄之による《源氏物語春画絵巻》(1789〜1818頃)は興味深い逸品だ。『源氏物語』の主人公である烏帽子姿の光源氏が、様々な階層の女と交わる絵巻だが、それぞれに源氏の各章より引用された四季折々の花があしらわれている。江戸時代における王朝文学への傾倒や『源氏物語』の様々な見立てを知ることができる作品といえる。

展示風景より、鳥文斎栄之《源氏物語春画絵巻》(1789〜1818頃)個人蔵

 江戸時代に花開いた浮世絵師たちによる華やかな美人画の系譜を、肉筆という希少な作品を通して学ぶことができる本展。ぜひ会場で、その豊かな色彩と筆致を見てほしい。