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2024.1.10

誤解や複製を通じて、その「個性」に着目する。荒木悠が紡ぐ「LONELY PLANETS」

言語・文化間で起こる齟齬や、オリジナルと複製の関係性、そこから生まれる権力構造をユーモラスを交えて表現してきた映像作家・荒木悠。その美術館での初個展「荒木悠 LONELY PLANETS」が十和田市現代美術館で3月31日まで開催されている。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《ALMOST DOWN》(2012 / 2023)
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 映像作家・荒木悠による美術館初個展「荒木悠 LONELY PLANETS」が、青森県の十和田市現代美術館で3月31日まで開催されている。担当キュレーターは中川千恵子(十和田市現代美術館)。

 荒木は1985年山形県出身。幼少期は日本とアメリカを行き来しながら育ち、2007年にはワシントン大学サム・フォックス視覚芸術学部美術学科彫刻専攻を卒業。10年に東京藝術大学大学院映像研究科メディア映像専攻修士課程を修了した。数々の展覧会や映画祭などで作品を発表しており、昨年には「恵比寿映像祭 2023 コミッション・プロジェクト」(東京都写真美術館)で出展した《仮面の正体(海賊盤)》(2023)で特別賞を受賞した。

「恵比寿映像祭 2023 コミッション・プロジェクト」展示風景より、荒木悠《仮面の正体 海賊盤》(2023)

 そのようなバックグラウンドを持つ荒木が関心を寄せ、映像作品として表現してきたのは、各国の様々な言語・文化間で起こる齟齬や、オリジナルと複製の関係性、そしてそこから生まれる権力構造だ。会場では、青森を旅をするかのように巡り、リサーチを経て制作された新作の映像作品4点と過去作品4点が展示されている。

 日本でよく使用されている『NEW HORIZON』という英語の教科書をご存知だろうか。その名を冠した新作は、十和田市内や周辺地域に住む外国語指導助手(ALT)6名のインタビューと、175年前に日本に訪れた最初のネイティブ英語教師ラナルド・マクドナルドの手記の内容をオーバーラップさせた映像作品だ。日本人に対し英語を教える立場という上下関係がありつつも、マクドナルドや受け手の6名は日本国内においてはマイノリティな存在とも言える。日本に来た理由や実際の生活、ギャップなどの話を聞いていくことによって、国や立場を超えた「個人」としての姿に焦点を当てている。

展示風景より、荒木悠《NEW HORIZON》(2023)

 東日本大震災の翌年に岩手・陸前高田へと足を運んだ荒木は、現地で一羽のカラスを偶然撮影する。《ALMOST DOWN》(2012 / 2023)は、胡桃を道路に落として割ろうとする姿が映写機の独特な音とともにループ再生されているのが印象的で、この繰り返しが自然の循環と重なるようでもある。現在ほとんど目にすることがないフィルムや、映写機での投影も見どころと言えるだろう。

展示風景より、荒木悠《ALMOST DOWN》(2012 / 2023) 本作はデジタルHDヴィデオから16ミリフィルムへと変換をしている。展示のたびに制作年に展示年を追記していく行為は、技術の進歩とともに減少していく映写機がその時代まで存在していたことを示す意図があるという。

 展示室をつなぐ廊下には、アカデミー賞で授与される「オスカー像」の複製を世界各地の職人に制作してもらう、荒木のプロジェクトが映像と立体像で展示されている。ここではアイスランドのサンタクロースの木彫をつくる職人や、イタリア南部の町マテーラの木製スタンプ職人、盛岡の南部こけし職人、津軽の亀ヶ岡焼職人の事例が紹介されており、各国で複製することでその地の職人ならではの技術が「土着性」として表れている点が面白いポイントだ。

展示風景より、手前は荒木悠《JB》(2021)

 最奥の展示室では新作《ミチノオク|interstate》(2023)が展示されている。障子に映し出されるイメージは、山形出身の荒木が実際に目にした雪国の景色が着想となっているのだろうか。ふたつのプロジェクターで投影される尺の異なるふたつの映像が非同期で再生されることで、再現性のない、新たな映像の重なり、そして空間を生み出し続けている。この体験は、変わりゆく景色を内側から眺めているような原風景を想起させてくれるだろう。

展示風景より、荒木悠《ミチノオク|interstate》(2023)

 カフェスペースにひっそり展示されているブラウン管テレビも見逃さないでほしい。いわゆる「砂嵐」を手描きのアニメーションで再現した《Noise》(2022)は、映像信号を受信できず、何も映っていない状態を示すはずのノイズを映し出す、といった試みだ。この現象は、文化圏によっては「ホワイトノイズ」や「蟻の戦争」と呼ばれるようで、その比喩表現に地域性があるのかどうかが気になるポイントだ。

展示風景より、荒木悠《Noise》(2022)

 本展の展示作品は、作家が着目する異文化のなかに起きる齟齬をユーモラスな表現としてアウトプットしていることに加えて、影絵や映写機による投影など、様々なメディアを通じて映像表現の可変性にも挑戦している。荒木によるこのふたつのチャレンジをぜひ会場で目の当たりにしてほしい。