×

広告としての絵画に生きる女性像 椹木野衣が見た山口はるみ

1970年代より、エアブラシを用いてリアルな女性像のイラストレーションを発表してきた山口はるみ。約30年にわたってパルコの広告を担当した彼女は、アートとファッション、カルチャーをつなぎ、渋谷の「顔」となるイメージをつくり上げてきた。渋谷パルコの一時休館にあたって開催された「山口はるみ展 Hyper! HARUMI GALS!!」を、椹木野衣がレビューする。

山口はるみ マルレーネ・ディートリッヒ 1974 板にアクリル 51×53cm © Harumi Yamaguchi / Courtesy of NANZUKA

椹木野衣 月評第97回
躍動する印刷
山口はるみ「Hyper! HARUMI GALS!!」展

渋谷駅から西武百貨店の脇を抜け、公園通りに沿って坂を登ると、渋谷パルコ・パート1の建物が見えてくる。それは、ある世代にとって、確実に渋谷の原風景になっていたはずだ。だが、それだけではない。ここは1980年代の「読売アンパン」とでも呼びたくなる「日グラ」から「アーバナート」に至る一連の公募展を主催し、村上隆「スーパーフラット」展の最初の開催をはじめ、歴史的にも大きな役割を果たしたパルコギャラリーなどを備えた、渋谷ならではのアートの発信基地でもあったのだ。

「のように」シリーズのポスターの展示風景 Photo by TAKAMURADAISUKE

その渋谷パルコが、全面建て替えのため一時休業する。2019年には新たに20階建ての高層ビルとして「新生」するということだが、先のような記憶を持つ者にとっては、またひとつ歴史を証言する場が失われることに変わりはない。実際、館内のいたるところに「ザ・閉店セール」と掲げられた広告を見ていると、その感をいっそう強くする。けれども、そんな一角にあるパルコミュージアムで開かれた今回の山口はるみ展は、1973年から2016年まで渋谷パルコが発信し続けたアートの終幕を締めくくるにふさわしい、もうひとつの「新生」を備えていた。

テレウス・チャンが構成した会場展示風景。《セロリ》と《スケートボード》 Photo by TAKAMURADAISUKE

展示されているのは、エアブラシを駆使してハイパーリアルな女性像を描き、広告やTVコマーシャルを通じて、文字通り渋谷の「顔」となったイラストの原画や当時のポスターである。山口は当時、パルコという流通文化構想を打ち立て、街のただなかで実現した増田通二から声がかかり、アートディレクターの石岡瑛子、コピーライターの小池一子と協働で、これらの心臓部にあたるイメージを次々に提供していた。しかし他方、これらの広告は、消費文化ならではの強みでもある速度や流通と引き換えに、一定の役割を終えると人々の眼の前からは急速に忘れられていった。

展示風景 Photo by TAKAMURADAISUKE

けれども、それから数十年の時が経ち、原画がいまこうして、建物の取り壊しを前に展示芸術としてふたたび世に出されるのを見るとき、70年代から80年代にかけて、本当の意味でのちに伝えられるべきアートは、いまや死語のようになりつつある「現代美術」よりも、実は山口の絵のほうだったのではないかという思いを強くするのである。

テセウス・チャンとのコラボレーションポスター《バナナ》(2016) © Harumi Yamaguchi © Theseus Chan

先にハイパーリアルと書いたが、山口の絵は60年代なかばからアメリカ発で一世を風靡した、いわゆるハイパーリアリズムやフォトリアリズムとは微妙に、しかし確実に違っている。というのも、山口の絵は、一見しては対象を写真のように精密に写し取っているようで、実際には様々な解釈や技巧が施されており、とりわけ、山口が幼少の頃から得意とする多彩な球技によって培われた身体センスに多くを負っている。そのため、じっと見ていると、「キメ」や「タメ」とでも呼びたくなる非写真的な知覚への働きかけを、見る者に対して迫ってくるのだ。

こうした感覚は、かつて彼女の絵をもとに機械的に複製され、街に貼り出された広告からは決して得られなかった性質のものでもある。印刷なら印刷に適応すれば済むところを、山口はなぜ、ここまで迫真的な物質性を絵にもたせたのか。山口の絵は、イラストとタブローをめぐる境界を、いまあらためて相対化している。

PROFILE
さわらぎ・のい 美術批評家。1962年生まれ。近著に『後美術論』(美術出版社)、会田誠との共著『戦争画とニッポン』(講談社)、『アウトサイダー・アート入門』(幻冬舎新書)など。8月に刊行された『日本美術全集19 拡張する戦後美術』(小学館)では責任編集を務めた。『後美術論』で第25回吉田秀和賞を受賞。

『美術手帖』2016年9月号「REWIEWS 01」より)

information

会期:2016年7月8日~7月25日(終了)
会場:PARCO MUSEUM
山口はるみは島根県生まれ。東京藝術大学油画科卒業。西武百貨店宣伝部を経てフリーランスのイラストレーターとして活躍中。主な個展に2015年「HARUMI GALS」(NANZUKA、東京)など。本展では山口が手がけたパルコの代表的なポスターや原画約70点展示。また、ファッションデザイナーの古田泰子、写真家・映像作家のカミーユ・ヴィヴィエ、アートディレクターのテセウス・チャンら3人のクリエイターとコラボレーション。新作描き下ろしイラストをもとに制作した新たな映像作品が公開された。

この記事が気に入ったら
いいね!しよう

美術手帖の最新情報を
お届けします