櫛野展正連載:アウトサイドの隣人たち ②怪獣ガラパゴス天国

ヤンキー文化や死刑囚による絵画など、美術の「正史」から外れた表現活動を取り上げるアール・ブリュット美術館、鞆の津ミュージアム(広島)のキュレーターを務める櫛野展正。2015年12月に同館が自主企画展の開催を終了した後も、自身でギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」を立ち上げ、「表現の根源に迫る」人間たちを紹介する活動を続けています。櫛野による連載企画「アウトサイドの隣人たち」第2回は、紙面いっぱいに大好きな怪獣たちを描き続ける小さな表現者、八木志基(やぎ・もとき)くんを紹介します。(連載第1回はこちら)

「エイブルアート芸術大学」で出会った八木志基くん(12歳)と彼の作品
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出逢いは突然にやってくる。アーツ千代田3331(東京・末広町)で美術家・中津川浩章がファシリテートするアートスクール「エイブルアート芸術大学」を見学した際、心惹かれる絵と出逢った。

八木志基くんが描いた、首から下がガイコツのウルトラ怪獣たち

画用紙に黒ボールペン1本で描かれた緊張感漂うモノトーンの画面。そこに描かれていたのは首から下が白骨化したウルトラマンに登場する怪獣たちで、よく見ると絵のそばには「ベリアルのガイコツ」「ダダのガイコツ」など各々の名前が記されている。何より驚いたのは、この作者がまだ小さな子どもだったということだ。

神奈川県川崎市のとある高層マンションの一室で、作者の八木志基くんは両親と3歳の弟と暮らしている。2003年生まれの志基くんは現在12歳の小学6年生。4歳のときに医師から自閉症と診断を受け、現在は地元小学校の特別支援学級に通っている。小さなころから、とにかく絵を描くことには熱中していたという。

初めは駅の時刻表や英語のアルファベットに興味を示し、スケッチブックにクーピーで殴り描きながらも、そうした文字の形を記憶して書いていた。それでいて、「『おさるのジョージ』や『アンパンマン』などの絵本が好きで、よく眺めては描いていた」と母は語る。当時の絵を見せてもらったが、たしかにどこかそうしたキャラクターを彷彿とさせるような心温まるタッチの絵が多い。

それがあるときから、ウルトラマンに熱中し、ただひたすら怪獣などの絵を描き続けるようになった。母は「7歳のとき生まれてくるはずだった弟が死産したり、その翌年には東日本大震災を経験し津波の映像にショックを受けたりしたことが引き金になっているのでは」と分析するが、特撮ヒーロー好きの父の影響も否めない。

紙をつなぎ合わせた画面に「ウルトラマン」の登場キャラクターたちが所狭しと並ぶ

特徴的なのは、すべて画面の下から描いていること。黒ボールペンを使っていきなり描く。もちろん下書きなどしない。間違えたときは上から紙を貼って描き直すようで、セロハンテープで補修した跡が何か所か見受けられた。下から積み上げていくように描く怪獣は縦横無尽に広がっていき、画面の端まで及ぶと、ときには紙をつぎ足したり、怪獣の半身だけ描いたりする。

作品の中には、怪獣同士が隣接しあい、圧倒的な密度を生み出している絵もある。しばらく眺めていると、集まった怪獣がまた別の生命体にも見えてくるから不思議だ。折り重なった怪獣は様々な方向を向いているが、参考にしている書籍『全ウルトラ怪獣完全超百科』(講談社)とは異なる向きで描くこともあるという。最後尾にいる怪獣の手足の位置まで忠実に描いているのは驚かされた。なんという再現能力の高さだろう。

コミュニケーションの面で障害があり、スムーズに自分の考えを言葉で述べることが苦手な彼は、小さいころから自分のほしいものを絵に描いて母親に訴えることが多かったという。学校でまだ「親友」と呼べる友だちはいないそうだが、代わりに帰宅後から就寝前までこのドローイング行為を長年続けてきた。同じ怪獣を何度も登場させていることもあり、年々作画技術が上達していることは僕の目にも明らかだった。しかも、描く紙はすべて父が仕事で使った書類の裏面。これなら、画面を大きくしたいときはセロハンテープで繋げればいい。手探りのなか、自分で見つけた画法なのだろう。

ところで、なぜガイコツの絵を描くようになったのだろうか。本人に聞くと「なんかカッコイイから」という答えが返ってきた。このモチーフは、自宅ではなくエイブルアート芸術大学のみで描かれるものだと言う。自宅とは違う質感の紙や環境で、彼自身も他人の目を意識し、自分なりの「実験」を繰り返しているように思えた。

「ウルトラマン」以外のキャラクターもガイコツになる

そして、志基くんにとって何より大事なのが受け手の存在だ。どんなに素晴らしい表現でも、それを収集し保管する人たちの存在がなければ、ゴミとして破棄され、これらの表現を誰も目にすることができなくなる。既存のルールや常識にははまらない表現を、どのように周囲が評価し受け止めていくか。

就学後に何か所か通った絵画教室では、描くモチーフや色に対してさまざまな制約があり、上手く馴染むことができなかった。そんななか、2年半前にたどり着いたのが自由に好きな絵を描くことのできるこのアートスクール。さらに、3歳で初めて絵にならない文字を描き始めたときから、これまでほとんど破棄することなく彼の描いた表現を保管し続けている両親の存在はとても大きい。衣装ケースに保管された多量のドローイング群に、僕はすっかり打ちのめされてしまった。

両親が大切に保管している志基くんの作品。お気に入りの作品を見せてくれた

最近はオリジナルのキャラクターも描き始めたようだが、まだ若い彼の表現はこれからどんどん進化していくことだろう。紙とペンとセロハンテープさえあれば、彼の創造する世界は無限にどこまでも広がっていくのだから。

PROFILE

くしの・のぶまさ アール・ブリュット美術館、鞆の津ミュージアムキュレーター、ギャラリー兼イベントスペース「クシノテラス」主宰。2015年12月13日まで開催された鞆の津ミュージアム最後の企画展「障害(仮)」では、「障害者」と健常者の境界について問題提起した。

http://kushiterra.com/

クシノテラスを応援しよう!

櫛野展正の新プロジェクト「クシノテラス」では現在、ギャラリーの修築や展覧会経費のためのクラウドファンディングを実施中。1000円から支援が可能で、リターンとしてアウトサイダー・アーティストたちの作品が進呈されます。下の画像から、特設ページにアクセスできます。