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桑久保徹連載3:A Calendar for Painters Without Time Sense

アーティスト・桑久保徹による連載の第3回。2018年1月、小山登美夫ギャラリー(東京)での個展で発表された「カレンダーシリーズ」は、桑久保が尊敬する画家の生涯をひとつのキャンバスに込めて描いたシリーズ。美術史の中にいる多くの作家から、桑久保の選んだピカソ、フェルメール、アンソール、セザンヌ、スーラ、ゴッホの6人を表現した。この連載では、その制作にいたった経緯や葛藤、各作家との対話で見えてきた感情、制作中のエピソードが織り込まれた個展のためのステートメントを、全8回にわたってお届けする。今回は9月。ゴッホのアトリエに挑む。

桑久保徹=文
桑久保徹 フィンセント・ファン・ゴッホのスタジオ 2015 181.1×227.3cm © Toru Kuwakubo, Courtesy of Tomio Koyama Gallery

Permanence 4/
調べるまでもない。私は、君のことをほとんど知っている。たぶん。性格も、癖も、信仰も。そもそも、私がずっとシミュレートしてきた画家だ。絵のような絵を描くために。偽物の絵を描くために。
 私でなくたって、日本人ならみんな、君のことをほとんど知っているよ。でも、少し誤解されていると思うのは、君が気の触れたアウトサイダーで、荒々しい性格だという、典型的な芸術家のイメージなところ。きっと、色とタッチがそう思わせているんだろう。あとは耳のやつとピストルの件。確かに、君の抱えるエネルギー量は一般人の比じゃ無いものね。
 狂ってる時間なんてなかったんじゃない? 生きているうちの殆どの時間を絵に使っちゃってる。絵を描くと、それ以外が何も出来なくなるから、辛いよね。他の全てが面倒になるから、楽しみが全部取られるから。せめて。少しでも見返りが欲しくなる気持ちも分かるよ。だって、絵のせいで、君は人生を生きてないんだから。時間の感覚、もう無いんだろう? 私も君の1/10くらいは、おかしくなるんだよ、こう見えても。
私にはわかる。君は実直で、クレバーな人間。世界に対してとても優しくて、謙虚な人間。私には信仰心なんて一欠片も無いけれど、君を通して少しだけわかるような気がするよ。信じるものがあって、少しだけ羨ましいかな。
思い込みが激しいから、つい周りから疎まれてしまうけど、裏を返せば、その猛烈な思い込みによって、あれだけの傑作の数々を描けたのだよね。そのエネルギーを集約させる方法は、いったいどうやってやるんだい? 生まれつきだろうね。私には無いよ。
君にはセザンヌのやり方も無理だったろうし、ゴーギャンのやり方も無理だろうね。君は頭が良すぎる。絵づくりは、君には向いていないよ。ゴーギャンみたいに描いたやつ、あざとく見えて不自然だもの。
 君は世界を見て、それを自分を通して素直に描いているね。君の絵は、個人の世界と外の世界のバランスが心地いいよ。あざとさが少しも感じられないよ。ひまわりの構図なんて、ど真正面だね。色の補色も、自然にうまく使ってる。ただ実直過ぎて、一部の人達にはつまらなく見えるかもね。それはもう、しょうがないかな。星月夜は、当時のハッブル望遠鏡が捉えた銀河の融合を描いたものだね。新聞でその画像を見たの? とても面白いよ。
 背景の空、韓国製のコバルトブルーを使って描く。宵の深みを出すために、ウルトラマンブルーをその上から。まばらに見える星を散らして、千切れた雲を中央付近に描いて銀河に似せる。ただ、あざとくならないよう控えめに。
対岸には、プロバンスの灯り。君の星降る夜のように。一度マルセイユの岸壁で、ケバブを食べたことがあるよ。夜御飯、お金ないから500円で買って、そこら辺に座って食べたよ。結構治安悪い感じ。そこかしこにいる若者たちが、こっち見てニタニタ笑うんだ。ヤパン、ヤパンて。カツアゲしに来たら、身ぐるみ剥がされてもいいから、ぶっ飛ばしてやると思ってたんだけど、来なかったから、良かった。
 遠くに見える、煌びやかな温かい光が海に反射している様子。裕福で、おそらく幸せな街の様子を向こう側に。
 ゴッホのアトリエとしての手前側は、浮世絵を参考にしたグラデーション。
 その上に、キャンバスやイーゼルを配置する。少し孤独に。でも、仕事に集中できるようにする。
 君の寝室の絵には、扉が無いね。でも私は平気なんだ。閉所。出口が無いって不安がる人もいるけどね。落ち着くというか、わかるよ、その感じ。そうだどうでもいいんだけど、このアトリエも、いつの間にか外壁が黄色く塗られたんだよ。なんか冴えないパステルイエロー。どうかしてるよな。しかもこのアトリエのある街の市の花はヒマワリなんだぜ。ザマリンなんていう、ヒマワリをモチーフにしたマスコットキャラクターもいて、ゆるキャラなんて呼ばれてる割には、とても可愛いんだ。ヒマワリ祭りだってあって、夏には結構な賑わいなんだ。みんなヒマワリ畑で写真撮ってる。あら、全然聞いてない。耳あげようか? ブラックジョーク。
 君の絵には、エロスがないけど、その辺どうしたの? モテない。金もない。あ、そう。まあ良いんじゃない。タバコあるし。
 描きやすいわな。ある程度鉛筆で下書きしているからとは言え、ゴッホに独特の癖が無いからか、あるいは、私がこの描法に慣れすぎてしまったからか、もしくは、もともと同じ身体性だからなのか、理由はよくわからないが、とにかく模写をするのに苦労が無い。逆に大丈夫か? と不安になる。
 絵に複雑な仕組みがほとんど無くて、単純明快だからだな。狙ったり、ひねくれたり、かましたりするような浅ましさが無いから。不自然に歪められた部分が無いから、苦労なく描けるのだろうなと確認する。
 売れないって君は嘆くし、周りと比較して嫉妬心で辛かっただろこと心中お察し致しますが、余計な仕事が無くて、羨ましいよ。結局、好きなことしかやってないじゃない。嫌な仕事とか、した? 納期とか、期待とか、評判とか、煩わしいだけだと思うよ。良いものを作り出すことだけに集中出来たのだから、君は恵まれていたんだ。少なくとも、私は君の絵を見れて、良かったよ。あ、そうだ、全面的に、テオに感謝だね。私も、君も。

Transition 5/
 10月中頃。六本木ヒルズの足元に到着。新スペース、complex665がオープンした。2階に小山登美夫ギャラリー、その横にシュウゴアーツ、3階にはタカ・イシイギャラリー。3つのギャラリーが一斉にオープンするということで、その合同オープニングパーティーに来ている。
 賑わっている。新しいスペースは各々のギャラリーの個性が際立った空間に。建築家による内装らしい。様々な作品と、各ギャラリーの新鮮な空間。いろいろあって、楽しい。私もこのスペースでいつか、私の描いた絵を展示出来ないものかな。想像力を膨らませて、脳内展示をしているとデジャヴ。昨日見たものが見える。デジャヴ。違う。意識の扉が開く。即テレポーテーション。原田知世さん! 握手して下さい! なんで昨日見た、『運命に、似た恋』と同じ衣装⁈ 髪型違うけど! 写真とか……え⁈ いんすか⁈ 嬉しいな~。トン・ヴァ・パが脳内再生されている。
 いいな、知世ちゃん! 俺なんか知り合いなのに、写真撮ってもらったことないのに! 後ろで小山さんが何か言っている。

 10月も終わりにさしかかった頃、小山さんがアトリエに来るという。何のことだろう? このところ全く姿を見せない私のことを心配してのことだろうか? 違うかも知れませんが、なんかわざわざ申し訳ないです。
 元気? と小山さん。はい、まぁまぁですよ、と私。アトリエ中央に置いた、白いラタンの椅子に2人腰掛けて、それとなく。目の前には出来たばかりのゴッホの絵。しばらくの間、無言。小山さんの表情からは、特に何の感情も推し量ることが出来ない。白眼の中に2つの地球の目を持つ。凄いな。
 小さなこんくらいの絵とか、両手がフレミングの法則になっている。良いと思うんだよね。そう言って、そのフレミングした両手を縦30cm横50cmくらいに広げて掲げている。中空に透明な矩形。の後ろに小山さん。静物画みたいなやつとか良いと思うんだよね。
 私のお金の心配をしてくれている。優しい。小さな絵を描かないかという提案をしたいということなのだろう。
大きな絵を描いても、今は売るのが難しいことは、私も知っている。だが今は、私はこのカレンダーシリーズに集中したいのです。本当に申し訳なく思うのですが、他のことが考えられないのです。私は自分の預金額を伝える。
 なんだ、まだ大丈夫じゃない! と小山さん。私は、このカレンダーシリーズのプランを伝える。一応、見てみますか? と言って、背後にある、ムンクやセザンヌやアンソールを見せる。またしても、無言。目が地球。そしてなんの感情も。
 再び椅子に座り、小山さんが口を開く。『海街ダイアリー』の広瀬すずについて話し始める。凄いよね! 見た!? うまいよね! もう芝居すんごいうまい! 若いのに凄いよね! かわいいからDVD予約しちゃった! ごめんなさい、見てないです。なんなら私は、釣りバカ日誌のみち子さん役のアリスが割とですね……。
 その後しばらくは、テレビドラマと映画の話。ふむふむなるほど、私も楽しみが帰ってから見る録画したNBAかテレビドラマくらいしかないので、楽しい会話が続く。

 帰り際、片方の靴を自ら持参した小さな靴ベラを駆使して履いている最中、あ、忘れてた、危ない危ない、と言って、再び靴を脱ぐ小山さん。小さい絵、なんかなんでもいいから、なんかない? あったかな……探してみる。3つある。小山さん3つ持っていく。再び靴を自ら持参した靴ベラを駆使して履きながら、ギャラリーが、台湾が、グループ展が、と言ったような気がするが、よく聞き取れないので、聞かなかったことにする。

 もう10月も終わりかな。なんの特徴もない季節。暑くも、寒くもない季節。変化が苦手な私としては、大変ありがたい季節。特徴が特にないから、どう勝手をしても許される気がする。自由度が高い。季節からあぶれる作家を当てはめやすい。10月はマグリットだろうな。画家のアトリエシリーズの本を眺める。パソコンで検索をして、アマゾンで本を取り寄せる。ドローイングをして、色や配置を自由に決めていく。
 イメージとしては、現実味のないあざとい色の世界にしたい。
 もう11月か。

profile

くわくぼ・とおる

アーティスト。1978年神奈川県生まれ。“絵を描く”という方法で、現代美術に立ち向かうためのやり方として、自分の中に架空の画家を見いだすという演劇的アプローチで制作活動を開始。あえていまや古典的とも言えるゴッホのような油絵具の厚塗り技法を用い、現代的心象風景を物語性豊かに描く独自の世界は、国内外で高い評価を受けている。本連載は、2018年1月20日〜2月17日にかけて、小山登美夫ギャラリー(東京)で開催された個展「A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8」のための、作家によるステートメントとして書かれた。

information

桑久保徹「A Calendar for Painters Without Time Sense 1. 3. 4. 5. 7. 8」展

会期:1月20日〜2月17日(終了)
会場:小山登美夫ギャラリー
本展は、これまで桑久保が取り組んできた「自分の中に架空の画家を見出す」というアプローチから派生した、「カレンダーシリーズ」を発表。ひとつのキャンバスのなかに画家の生涯を描くもので、2014年から約3年の歳月をかけて6ヶ月分を制作した。また、音楽家の日高理樹がそれぞれの画家をテーマとした音楽を制作。同ギャラリーのウェブサイトで試聴することができる。

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