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2018.6.18

ミケランジェロの傑作彫刻、ついに初来日。「究極の理想の身体」に迫る展覧会、国立西洋美術館で開幕

初来日となるミケランジェロの大理石彫刻2点を中心に、古代ギリシャ・ローマとルネサンスで追求された「理想の身体表現」を紹介する展覧会「ミケランジェロと理想の身体展」が、東京・上野の国立西洋美術館にて6月19日に開幕。その見どころをお届けする。

展示風景よりミケランジェロ・ブオナローティ《ダヴィデ=アポロ》(部分)(1530頃、フィレンツェ・バルジェッロ国立美術館蔵)
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 ミケランジェロ・ブオナローティ(1475〜1564)は彫刻、絵画、建築など様々な分野で才能を開花させ、「神のごとき」とまで称された人物。その代表作には、システィーナ礼拝堂の《システィーナ礼拝堂天井画》(1508〜12)や《最後の審判》(1536〜41)などの絵画もあるが、ミケランジェロは自身のことを「彫刻家」と称していたという。

 アカデミア美術館(フィレンツェ)所蔵の《ダヴィデ》(1504)や、サン・ピエトロ大聖堂の《ピエタ》(1498〜99)といった傑作彫刻作品を世に出してきたミケランジェロ。そんなミケランジェロの大理石彫刻は、世界に約40点しか現存していないという。そのうちの2点《ダヴィデ=アポロ》(1530頃、フィレンツェ、バルジェッロ国立美術館蔵)と《若き洗礼者ヨハネ》(1495〜96、ウベダ、エル・サルバドル聖堂 / ハエン、メディナセリ公爵家財団法人蔵)が初来日を果たした。

展示風景よりミケランジェロ・ブオナローティ《ダヴィデ=アポロ》(1530頃、フィレンツェ・バルジェッロ国立美術館蔵)

 東京・上野の国立西洋美術館で開催される「ミケランジェロと理想の身体」は、その2点を中心に据えながら、古代ギリシャ・ローマ時代とルネサンスの作品約70点の比較によって、当時の芸術家たちが追い求めた「理想の身体像」に迫るという展覧会だ。古代ギリシャ人は男性裸体彫刻を重要視しており、美の規範とした。そして古代ギリシャ美術を基礎として古代美術を学んだルネサンス美術もまた、同じように男性の身体美を求めてきた。

 第1展示室では「子供と青年の美」「顔の完成」「アスリートと戦士」「神々と英雄」の4つのテーマで作品を比較し、男性の裸体表現を様々な切り口から考察。年齢が異なる肉体の表現の違いや、「完璧な顔」の生成、そしてアスリートや神々、英雄に代表される「理想的な肉体」について焦点を当てている。

展示風景より手前は《プットーとガチョウ》(1世紀半ば、ヴァチカン美術館蔵)

 なかでも注目したいのが、《アメルングの運動選手》(紀元前1世紀、フィレンツェ国立考古学博物館蔵)だ。アスリートの表現はギリシャ彫刻のなかでも重要視されており、人体表現の規範はアスリートによって確立された。手足と首がないトルソーの状態で現存している本作は、同じような形態の彫刻の断片が見つかっているため全体の姿を予測することができるという。古代ギリシャでは神に捧げる儀式だったというオリンピック競技で活躍した選手がモデルになったのかもしれない。

展示風景より《アメルングの運動選手》(紀元前1世紀、フィレンツェ国立考古学博物館蔵)
展示風景より手前は《弓を引くクピド》(2世紀末、フィレンツェ国立考古学博物館)

 第2展示室では、いよいよミケランジェロの2点の大理石彫刻が登場する。

 そのうちの1点《ダヴィデ=アポロ》は、50代に入り円熟期に突入したミケランジェロの作品。本作はタイトルが示すとおり、ダヴィデかアポロかどちらを表現したのかがわかっていない。両者とも必殺技が投石や弓矢といった飛び道具だったが、本作で背中に背負っているのは手付かずの状態の石。この人物が背中に腕を伸ばして何を取ろうとしているのかは謎のままだ。

展示風景よりミケランジェロ・ブオナローティ《ダヴィデ=アポロ》(部分)(1530頃、フィレンツェ、バルジェッロ国立美術館蔵)

 また、本作は見る角度によって見えてくる印象が次々と変化する。体をしなやかに湾曲させて片足に重心をかけるという古代ギリシャ彫刻で典型的なポーズ、高く突き出した右膝に目を奪われるダイナミックなポーズ、さらには見る角度を変えると、身体全体が大きくのけぞっているということや、あるいは頭からつま先までが螺旋を描いているようにすら見える。本展では、その引き締まった身体と気品ある表情の同作を360度見ることが可能だ。一面からではなく様々な角度からじっくりと鑑賞し、ミケランジェロがたどり着いた身体表現の極地を味わいたい。

展示風景よりミケランジェロ・ブオナローティ《ダヴィデ=アポロ》(部分)(1530頃、フィレンツェ・バルジェッロ国立美術館蔵)

 続く《若き洗礼者ヨハネ》は、ミケランジェロが20歳を過ぎた頃に制作された初期の作品。幼児期から成長しようとしている洗礼者ヨハネの姿を、古典的なギリシャのポーズを引用しながら表した生命感を感じさせる作品だ。

 なお、同作はスペイン内戦によって破壊されたが、1990年代からイタリアで修復が開始、2013年にヴェネツィアで公開されたばかりだ。本作はイタリアとスペインで2回、一定期間のみ公開されたものの、まだ一般公開はされていないという貴重な作品。破壊される前、16世紀から20世紀まで約400年もの間行方不明になっていたという同作。作品の来歴にも思いを馳せながら鑑賞したい。

ミケランジェロ・ブオナローティ《若き洗礼者ヨハネ》(1495〜96、ウベダ、エル・サルバドル聖堂 / ハエン、メディナセリ公爵家財団法人蔵)

 本展ではほかにも、ミケランジェロ周辺の芸術家がその様式を引用した《磔にされた罪人》(1550頃、フィレンツェ、ステファノ・バルディーニ美術館蔵)や、ヴァチカン美術館所蔵の《ラオコーン》(紀元前1世紀後半)に着想源を得たヴィンチェンツォ・デ・ロッシ《ラオコーン》(1584頃、ローマ、個人蔵、ガッレリア・デル・ラオコーンテ蔵)など、見応えのある彫刻作品や絵画などが贅沢に並ぶ。

展示風景より《磔にされた罪人》(1550頃、フィレンツェ、ステファノ・バルディーニ美術館蔵)
展示風景よりヴィンチェンツォ・デ・ロッシ《ラオコーン》(1584頃、ローマ、個人蔵、ガッレリア・デル・ラオコーンテ蔵)

 本展監修者で美術史家のルドヴィーカ・セブレゴンディは本展に際し、「この展覧会はじつは東京オリンピックが決まったことが構想のひとつとなりました。オリンピックというものは古代ギリシャの彫刻の肉体美を思い起こさせるからです」と明かし、「本展は理想の身体というものをテーマとしています。古典の時代の彫刻からルネサンスまで、理想の身体が受け継がれてきました。ルネサンスの芸術家たちは古典の作品を規範として、自分たちの時代にあった読み取り方をしました。古い絵画は残っていなかったため、残っていた彫刻が規範となったのです」と、古代ギリシャからルネサンスにいたるまでの彫刻作品の意義について解説。

 美術史のなかで重要なモチーフである男性の裸体表現。しかしこれまで男性の身体に着目する展覧会が日本で少なかったのは、ルネサンスでもっとも男性の身体を追求したミケランジェロの彫刻の借用が困難であったからという背景がある。様々な条件を乗り越えて実現した本展。古代からミケランジェロにいたるまでの理想的な身体表現をじっくりと堪能したい。