つくる人と受け取る人、「二人」だから生まれるアートのおもしろさ。「アート/空家 二人」代表・三木仙太郎インタビュー

現代美術の可能性を拡張するアーティストやスペース、プロジェクトを取り上げるシリーズ「美術の新たな目つきを探して」。第5回は、東京・蒲田で現代美術の作品を1万円から購入できるスペース「アート/空家 二人」を運営する三木仙太郎に話を聞いた。

聞き手・構成=安原真広(ウェブ版「美術手帖」編集部)

三木仙太郎
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 2020年7月、東京・蒲田にアートスペース「アート / 空家 二人」がオープンした。ここでは、現代美術の作品を1万円から購入できるスペースとして、独特の試みが行われている。その方法とは次のようなものだ。アーティストに月1回のペースで開かれる展覧会に継続して発表してもらい、作品は最初の展覧会では1万円で販売。作品が購入されたアーティストは、次回の展覧会で作品価格に1万円を加算、4万円以降は2万円が加算されていく。最高価格は20万円となっており、連続して作品が購入されなかった場合、ほかのアーティストと交代となる。特徴的な販売方法をとるこのスペースの意図や目指すところについて、代表の三木仙太郎に話を聞いた。

「アート/空家 二人」外観

──まずは「アート / 空家 二人」というスペースの名称についてお聞きしたいです。「空家」と「二人」という言葉が入っていますが、それぞれどういった意味合いでこのスペースを体現しているのでしょうか?

 まず「空家」についてですが、「空き地」のような「空いていること」が示されている言葉に、妙に惹かれていたということがあります。また、大田区の空家マッチングを通じてこの家と出会ったことや、東京都の空家を活用した事業プランで助成金を得たことなど、「空家」と縁があったことも要因です。この蒲田地域には、明確に作品を販売するスペースが意外と少なかったりするので、それも場所選びではポイントでした。

 「二人」については、アーティストが作品の受け手を想像し、受け手もアーティストに働きかけができる、そんな関係性が発生する場所にしたい、という思いからから名づけています。私もアーティストとして「一人」で活動してきたのですが、ここでの活動においては、相手のことを考える「二人」を大切にしたいと考えています。

「アート/空家 二人」外観

──三木さんもアーティストとのことですが、具体的にどのような活動をしてこられたのですか?

 ラテックスを切り分けてパターンにし、縫い合わせてぬいぐるみにする、彫刻作品などをつくっていました。西洋美術に影響を受けながら日本で展開される、カタカナの「アート」に興味があり、アートそのものをキャラクター化するという試みもしていました。修了制作は《カリカリベーコンおじさん》というタイトルで、フランシス・ベーコンの絵画をいくつも自分で描き、共通する要素を抽出してひとつのキャラクターをつくり出しました。そのキャラクターをアニメーションや彫刻など異なるメディアで表現し、メディアが違っても同じキャラクターとしての再現性を問う作品です。

 こういった作品は、自分としては継続して制作していくと思うのですが、発表については、見たい人がいたら発表すればいい、というスタンスです。いまは「二人」のプロジェクトに軸を置いているかたちですね。

──いちアーティストであった三木さんが、「アート / 空家 二人」をつくるにあたって、どういった問題意識があったのでしょうか?

 まずは「いまここでアートを耕すにはどうすればいいか」という意識です。「アートは文脈」とよく言いますが、文脈が重要なのはアートだけじゃないですよね。スポーツだってお笑いだって、あらゆることが文脈だと思うんです。でもなぜ、日本ではわざわざ「アートは文脈」と強調しなければいけないのか。それは自分たちのものではない、「西洋」から文脈を引っ張ってきているからだと思うんです。例えば日本の「お笑い」の文化を厚くしているのは、日本人がみんな「お笑い」の文脈を共有しているからですよね。アートも同じように、自分たちのなかでおもしろいものとしてとらえ、そこに文脈が生まれなくてはいけないと思うんです。おもしろいからこそ文脈を知りたくなる、文脈がおもしろいから盛り上がる、という良い循環をつくり出せないだろうかというのが出発点です。

 また、まわりにおもしろいことをやっているアーティストがいるけれど、お金に換算したくない、あるいはできない人が多い。地域の固有性は大事だけれど、でも制作が内輪になってしまうと、おもしろくなくなると思うんです。

 文脈とアーティストのおもしろさを両立させるために、こうしたかたちなら実現できるのでは、と考えてつくり出したのが「アート / 空家 二人」の形態でした。

「NITO05」(2021、アート/空家 二人)展示風景より、森山泰地《“the time when she move” and the room with piano》(2021) 撮影=石原新一郎

──売れたら場に残り、売れなければ退場する、コンペティション形式のシステムは独特です。どうしてこのようなシステムを採用するにいたったのでしょう。

 まず、作品の価格についての疑問がありました。「なぜアートはあんなに高いのか」と作品を初めて買おうとする人は思いますよね。そして、高い理由はそこに自分がわからない論理が働いていると考える。そこで「この作品は3人買ったから4万円なんだ」といった、明確な示準があったら、多くの人がアートを自分のこととして考えてくれるのでは、と思ったんです。

 もちろん、先鋭的な表現を続けていくには、数が少なくとも高額で支援してくれるような人が必要なので、作品価格が高いことに意味はあるとは感じますが、1万円から買える作品を模索することは大事だと思っています。

 いっぽうで、作品や作家の価値を高めるためには、買う人の協力が必要不可欠であることを可視化したいという側面もあります。歴史に残る作品をつくりあげられたアーティストは、天才だからそういった作品を生みだせたわけではなく、飽くなき表現への欲求と、絶え間ない自らへの問いかけ、そしてそれを継続的に発表する場を用意してくれる誰かの助けがあったからこそです。例えばヨーロッパでは、自分が作品を所有している作家に出資して、大規模な作品を発表する機会を与えたりすることがあります。自分が持っている作品の価値を高めるため、作家と一丸になってその価値をつくっていく。先鋭的な表現は多くの理解を得られない場合も多いですが、ひとりでも長期的に応援してくれる人がいて、作家が情熱を注ぎ続けられれば、理解していく人が段々と増えていきます。

 あとは、作品が何かを救うというということを大事にしたいです。例えば作品を購入して家に飾るということもそうですし、ここに来てアーティストたちが切磋琢磨している様子を見るというのも勇気をもらえることかもしれないと思っています。

「NITO02」(2020、アート/空家 二人)展示風景 撮影=石原新一郎

──売れなければ退場というシステムは、アーティストにとってはなかなか厳しいシステムのようにも思われます。

 「アート/空家 二人」では、一度の展覧会で多く作品が売れたとしても、次に上がる価格に変化はなく、逆にひとりでも購入してくれる方がいれば、その作家はずっと展示を続けていけます。しかし、これは無批判に、作品を購入し続けてほしいわけではありません。そうなると作品に緊張感が失われるでしょうし、そのために1回ではなく、2回連続して購入されなければ交代、というようにしています。

 でもじつは交代がない方が厳しいと思います。売れて展示に残り続けるということは、2ヶ月に1回作品を発表し続けるということで、さらに価格も高くなるのでハードルがあがっていきますので。

──最初の参加アーティストはどのようにキュレーションしたのですか?

 メディアのバランスも考えましたし、また自分のアーティストの経験から、すごいと思ったアーティストにも声をかけています。ただ、スペースをやりながらだと展示を見る時間も限られてくるので、アーティスト探しが目下のところ大変なことです。おもしろいなと思っても、写真の作家が一定数いるので、これ以上増えたらバランスが悪いなとか、そういったことも考慮しなければいけないですし。作品の会場へのインストールも僕がやっていて、作家に持ってきてもらった作品を、色々と考えながら並べています。

──参加アーティストはこのシステムに合わせて売るための工夫などをするのでしょうか?

 売れるための工夫みたいなことをする人はあまりいないかもしれないですね。ずっとつくってきたものを突き詰めるような方向の人が多い気がします。こちらとしては「額装すればいいのに」みたいに思うこともあるんですけど(笑)。でもそのあたりにもアーティストそれぞれの微妙なさじ加減があるんですね。自分と他者の関係で、他者が大きくなりすぎると「バズり系」になっちゃっておもしろくなくなるので、そこもやはり「二人」の関係性なんです。

「NITO03」(2020、アート/空家 二人)展示風景 撮影=石原新一郎

──参加しているアーティストの反応はどのようなものがありますか?

 お願いしている作家は、活躍していても普段作品を販売していない作家も多いので、そういった作家からは「誰かの居場所に自分が居てもいいと思えるのがありがたい」といった声も聞かれます。お金が得られるというよりも、お金を出してでも買いたいと思ってくれる人がいるということがうれしい作家が多いと思います。

──スペースを始めてみてこういった作品が売れるんだ、という意外性などはありましたか?

 やはり、飾ることを想定する方が多いですね。作品が生活のなかに入っていくという意味ではとてもうれしいことなのですが、自分の感覚には作品を飾るという感覚があまりなく、どちらかというと持っておくという関係性だったんですね。僕も自分のスペースで、コンペティションを左右しないように、会期が終了したあとで買ったりするのですが、僕が欲しいと思った作品が残ってしまう(笑)。販売する立場として、ほかの人がどういう作品を欲しいのかわかる感覚が必要だと思うので、ちょっと悩んでいるんですが。

「NITO02」(2020、アート/空家 二人)展示風景より、林奈緒子《ふたたびの、こえ》(2020) 撮影=石原新一郎

──作品を購入するのはどのような方が多いのでしょう。

 最初はすべて1万円だったということもあり、普段作品を購入されない方も購入してくれました。メディアを見た方や、出展作家のファンなど、幅広い層が来てくれましたね。ただ、値段が上がると悩ましいこともあって、「ここに来れば買えるんだ」という感覚が、値段が上がり購入のハードルが上がることで、無くなってしまうので、難しいところです。

 あるとき、毎回ご覧いただいている方が「3万円を超えてくるとなかなか簡単には購入できない。でもなんらかのかたちで参加したいので投票券をつくったらどうか」と提案してくれたんです。そこでコメントカード制を考えました。コメントカードは300円で、そのうちの200円が作家に行くというシステムです。作家はもらうと嬉しいし、300円でメッセージを書こうという人なので、書かれる言葉も熱いんですよね。

──今後の展望を教えてください。

 1年間、かなり手探りでやった結果、ちょっとずつわかってきたことも多いです。色々と改善しながら、長期的には関わってくれる作家が増えてくれば、また色々なことができると思います。

「NITO02」(2020、アート/空家 二人)展示風景 撮影=石原新一郎