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2018.10.1

「絵」という枠組みから〈震災〉にフォーカスする企画意図とは。
大森俊克評「絵と、vol.3 村瀬恭子展」

「絵」をテーマとした連続企画の第3弾として、「村瀬恭子展」がgallery αMにて開催中だ。〈震災〉との関わりから、キュレーションを組み立てている本シリーズ。テーマとキュレーション、そして作品との関係性について、美術評論家の大森俊克が切り込む。

文=大森俊克

Sandy 2016 綿布にクレヨン、油彩 160×1240cm 撮影=木奥惠三
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「絵」に関する所感        

 武蔵野美術大学が運営する展示スペースの通年企画、その第3回目の出展作家として企画者の蔵屋美香が選んだのが、画家の村瀬恭子である。「絵」(企画者は「絵画」の代わりに「絵」という呼び方を採用する)をテーマとした本シリーズは、「異なる意見の排除が強まり、経済格差が拡大し、政権や国際関係のありようも大きく変化し」た3.11以後の社会、その余波を含めた広域概念としての〈震災〉を、特定の画家たちの仕事から照射するーーおおむねそのような趣旨によっている。

 筆者は、本シリーズの第2回の藤城嘘展は観ていない。第1回の五月女哲平展に関しては、〈震災〉がメディウムの実践に昇華されていると感じた。しかし本展に関しては、まず、企画趣旨と展示作品のつながりが若干希薄だという印象を持った。村瀬の作品が素晴らしいものであるゆえ、なおさらこの点が気になった(したがって以下では、その企画と展示内容の関係性について考えてみたい)。この理由はいくつか考えられる。ひとつは、もし蔵屋の言う〈震災〉が余波を生み出しているなら、キュレーションにとってそれは対岸の火事ではないということだ。私たちは、「絵」と現実の関係、その3.11以降の「余震」の揺らぎに、キュレーターとともに身を投じることになる。結果としてその所在のなさは、企画趣旨と展示内容のギャップとして感じられやすくなる。

 ただしこのことは、少し枠を広げて考える必要があるのかもしれない。世界的に見ても、コンセプトや理論を立ち上げ、展示全体を思想的に包括するキュレーション文化は、一定の対抗勢力の煽りを受けて衰退してきている。フランチェスコ・ボナミは2016年のインタビューでこのことを指摘し、キュレーションの失墜の危機に、かつての「絵画の死」との共通点を見て取っている(*1)。本展は、「絵」をめぐる問いかけを通じて、キュレーションの新しい立ち位置を模索しているようにも見えた。

In The Morning 1998 綿布に油彩 140×150cm 撮影=木奥惠三

 そして、本展に感じられた違和感の別の要因は、村瀬のかなり以前の作品が含まれているため、時系列をどう〈震災〉のなかでとらえるかという問題が、どこか未消化のまま残されている点にある。蔵屋は本展のステートメントで、村瀬の作品について「社会という大きな見取り図を描かず、目を閉じて、触覚の先に触れるものに意識を託したときだけ生々しく体感される世界に関わろうとする」と述べている。おそらくこのような「没入」とハプティックな性質に関する言辞は、水中の人物を描いた近年の作品に対しては言えるように思う。しかし、単線的なストロークで少女の後ろ姿を描いた初期作には、そのままでは当てはまらないだろう。

 これは本展と無関係だが、2010年の村瀬の個展カタログを読んでも、似たような状況を感じた。執筆者たちによって、村瀬の作品はマイケル・フリードによる近代絵画の読解を敷衍して分析されたり、あるいは松井みどりが提唱した「マイクロポップ」との関連が示唆されたりする。同一の絵画表現に、フリードと松井という時代をまったく異にする批評家の理論が投影されるということ。この事態は間接的に、かつてダグラス・クリンプが論じた美術館の廃墟化と相関する、絵画面における時代の異種混交性と共鳴するようにも思える。もしそうであれば、おそらく〈震災〉以前に問われねばならないのは、具象画における時系列の揺らぎや飛躍を決定的なものとした、1980年代の具象の復権現象を、村瀬の作品の「展示」とどう結びつけるかということだ。

Lily 2010 綿布に色鉛筆、油彩 200×190cm 撮影=木奥惠三

 例として、愛知県立芸術大学で村瀬と同窓だった奈良美智が、デュッセルドルフ芸術アカデミー(村瀬もまた奈良に続き、同校に留学している)で師事した、A.R.ペンクを糸口に考えてみよう。ペンクは、戦後社会とアイデンティティの問題を、サイトスペシフィックな立地で扱った伝説的なグループ展「ツァイトガイスト」(1982)に参加し、そこで《DIS》と《Chi Tong》という絵画を発表した。ベルリンの壁に隣接した、まさに政治の「震源地」のような美術館マルティン・グロピウス・バウで開催された「ツァイトガイスト」展は、ノーマン・ローゼンタールとC.M. ヨアヒミデスが企画したものだった。両名はそれ以前に、具象表現の国際的な復権に注目し、グリーンバーギアン的な史観の読み替えを試みた「絵画の新しい精神」展(ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ、1981)を企画してもいる。

 画題には政治的要素も含まれるが、歴史を内省の物語へと移行させもするーーそうした当時の具象画の傾向を昇華させるかたちで、彼らは「ツァイトガイスト」展を、絵画と彫刻、インスタレーションの複合メディア的な展示としたのだった。件のペンクの大作は東西分裂を表現したものだったが、この時代以降(奈良の活動にも明らかなように)画家たちは自らの政治的姿勢を、絵画というメディウムに限定せずに表現・発信するようになった(*2)。そしてこのことは、1980年代から急速に政治の言及とメディウムの多元性へと向かっていった、キュレーション文化の流れとつながるはずである。

 そうしてみると、今日、「絵」という枠組みだけで〈震災〉にフォーカスする試みは、蔵屋のかつての同路線の企画、ヴェネチア・ビエンナーレでの田中功起の(「絵」ではない)展示との差異を考える必要性を伴うだろうし、五月女(「写真」の新作)や藤城(フラジャイルな紙媒体を用いてきた作家)ではなく、主にキャンバスと「具象」に傾注してきた村瀬の作品だからこそ、本シリーズに潜在する歴史的空白を照らしているようにも思えた。

Swimmer 2016 綿布に油彩 140×150cm 撮影=木奥惠三

 むろん村瀬の作品は、「具象」をレッテルとすることでそのすべてが説明できるものでは、決してない。しかし、本展のステートメントにある(また、複数の村瀬論が指摘してきたような)「外の音や光が届かない水中に沈むような」感覚とは、とくに水中の状態が提示されていなくとも、絵画表現にある程度言えることではないだろうか。美術史家のヴォルフガング・ケンプは、こう述べている。つまり、絵画を観る者は描かれた対象を視認できるが、多くの場合、画中の人物が視覚(あるいは、聴覚)でとらえている事象を、具体的に追認することができない。そして、むしろこの「届かない」諸感覚の制約こそが、絵画と観者の内的心象/内在絵画的(innerbildlich)なコミュケーションを生み出しているのだ、と(*3)。

 村瀬の「水中」と「女性」に絵画的意味を求めることは、むろん正当である。しかし、絵画面それ自体が、そもそも全能的な認識を阻む「水面」なのだとすれば、なお現実社会に染まり切っていない若い女性の感性を「水中」という神秘めいた領域に措定・感取する営為には、どこか過剰性もある。それは、草花や樹木などのほかのモチーフとあわせ、自然=女性性といった抑圧的な図式を召喚しかねないものだ。

 本展の作品で植物は、房やお椀、つらら状の色面の狭間に芽吹くようにして描かれている。さらに女性たちが描かれて、葉先と髪のしなやかな流れが「はすかい」に組まれた色面のあいだを踊り、これが大気の対流を暗示する。これによって温度と湿度の細やかな変化が同一画面内に表され、そこで可逆的に、色面から匂いや肌触りといった身体的記憶が立ち上がる。村瀬は、地下の展示スペースに洞窟(これは美術史的系譜で言う「グロッタ」に近いだろう)の雰囲気を感じ取ったと言うが、これは彼女の作品が、光だけでなく、湿度・温度に対する感度を有することを示しているだろう。であればその体感的な位相にこそ、地下という「震源」と結びつく新たな補助線を引けるのかもしれない。

 展示風景より。左が《Sudpark》、右が《アザミ》(ともに2016) 撮影=木奥惠三

 しかし、それでも本展がどこか寄る辺ないものに感じられるのは、やはり企画者が「絵」と呼んでいるシリーズ全体のコンセプトが(少なくとも筆者にとって)よくわからないからだろう。ここ7年を振り返れば自明なように、〈震災〉は国内の複数の地域で起き、それぞれの被災地固有の社会問題やインフラのダメージを残してきた。東日本大震災を特異点として語れることが多々あるいっぽう、そこからこぼれ落ちていくものもあるように思うのだ。それは、一次・二次災害の種類と規模の問題なのか。関東のライフラインと社会状況が何よりの問題なのか。そして果たして〈震災〉が、格差拡大の遠因と言えるのか。さらには、アーティストたちの仕事が現実の自然現象と結びつけられることに、そもそも絶対的な必然性があるのか。

 冒頭で、フランチェスコ・ボナミというキュレーターが、キュレーションの危機と「絵画の死」とのあいだに共通性を見出した、と述べた。これには、ある種の皮肉がある。ダグラス・クリンプが「絵画の終焉」(1981)で別の批評家の発言を引いて示したように、かつてモダニズム絵画の危機の元凶とされたのは、ずばりコンセプチュアル・アートの政治指向性だった。だった。すなわち絵画の救済とは、社会的・政治的な関心事と活動領域から、絵画というメディウムの芸術的真性を奪回することを意味していた。これを現代の「キュレーションの危機」に乱暴に当てはめれば、こうなるだろう。

 つまり、ここ数年で「ソーシャリー・エンゲイジド」化し、マルチメディアというより社会活動的になっていったキュレーションは、自らかつての美術史的な専門性から遠のいてしまった、と。そしておそらく、それに対するレジリエンス(自己復元力)として「政治」と特定のメディウムの美術史的接合が試みられているというのが、現状なのだろう。であれば筆者はやはり、そこに若干の不毛さを感じずにいられない。なぜならそれは、キュレーションのためのキュレーションにほかならないからだ。端的に言って、多くの画家にとって、そうした「ソーシャリー・エンゲイジド」化した美術界の自己反省のうちに、ジャンルを強調されるかたちで作品への政治的な言説が付与されることは、戸惑いを覚えるものではないか。

Ruby 2010 綿布に油彩、色鉛筆 140×120cm(3点組) 撮影=木奥惠三

 村瀬作品の美質、その繊細かつ高度な技倆は明白である。しかしここではあえて、筆者が本シリーズの企画内容に対して感じた違和感について考えてみた。たしかに本展からは、キュレーションのあり方を模索しているという印象も受けた。しかしやはり、「社会と芸術」という文脈における昨今のアクティヴィスト的な表現以前に、1980年代のPC(ポリティカル・コレクトネス)など、絵画は様々な政治的文脈の波に揉まれ、絵画という枠を自己解体してきた経緯がある。画家の社会的思想の有無を問うことなく、「絵」に限定した企画を行うのであれば、この部分へのなんらかの考察があって然るべきだとも思う。

 いずれにしても、3.11以降を主眼とする展覧会、その妥当性や方法論的な問題について、精査と議論が求められる時代が来ているのではないだろうか。

「Cave」(2010)の展示風景

 

*1――Henri Neuendorf, “Francesco Bonami Says Curators Are ‘Self-Delusional’ and ‘Irrelevant’ in Today’s Art World,”artnet News, June 7, 2016 (accessed Sep. 21, 2018)

*2――ただし、1990年代初期の中国で生まれた「ポリティカル・アート」など、絵画と深い関係を持つ政治的な表現動向は存在した。

*3――Wolfgang Kemp, “Verständlichkeit und Spannung Über Leerstellen in der Malerei des 19. Jahrhunderts,” in Der Betrachter ist im Bild: Kunstwissenschaft und Rezeptionsästhetik, ed. Wolfgang Kemp (Berlin: Dietrich Reimer, 1992), pp.314-316. および以下。Wolfgang Kemp, “The Work of Art and Its Beholder. The Methodology of the Aesthetic of Reception,” in The Subjects of Art History: Historical Objects in Contemporary Perspective, ed. Mark A. Cheetham (New York: Cambridge University Press, 1998), p.194.