INTERVIEW - 2018.1.17

「紅白歌合戦」の舞台美術はどのように生まれたのか? NHKデザインセンター森内大輔に聞く

日本における大晦日の風物詩『NHK紅白歌合戦』。数千人のスタッフが参加するなど、まさにNHKが総力を挙げて制作する番組だ。ウェブ版「美術手帖」では『第68回NHK紅白歌合戦』本番前日のNHKホールに潜入。その舞台裏を取材するとともに、今回の舞台美術や映像をデザインしたNHKデザインセンターのチーフプロデューサー・森内大輔に、舞台美術に込めた狙いなどを聞いた。

文=島貫泰介

第68回NHK紅白歌合戦のリハーサル風景

第68回NHK紅白歌合戦のリハーサル風景

|研究したのは「大阪万博」

   渋谷の街を舞台に、出場歌手が勢ぞろいするグランドオープニングで幕を開けた2017年のNHK紅白歌合戦。第68回を迎えた今回の紅白は、クラシックなバックダンサーの衣装や、鮮やかなネオンサインに彩られた夜の銀座のイメージなど、1960〜70年代の高度経済成長期の日本を彷彿とさせる演出が随所に見られた。2020年の東京オリンピック・パラリンピックを約2年後に控え、1964年に開催されたかつての東京オリンピックや、その前後の時代動向が紅白に反映されているのは明らかだが、より直接的に参照したものは別にあったという。そう語るのは、今回の舞台美術や映像をデザインしたNHKデザインセンターのチーフプロデューサー・森内大輔だ。
第68回NHK紅白歌合戦のリハーサル風景
 「今回の紅白へ取り組むにあたり、とくに研究したのは、じつは大阪万博なんです。時代を代表する出演者や表現が一堂に介し、異なる性質のパフォーマンスを次々と繰り広げる紅白。伝統的な演歌や最新のポップスが入り乱れる舞台を一つにまとめようとした際に浮かんだのが、世界各国の多様な英知が導入されたパビリオンが集結する万博でした」。
NHKデザインセンターのチーフプロデューサー・森内大輔
 1970年。「人類の進歩と調和」をテーマにうたい、77ヶ国が参加した大阪万博(正式名称は「日本万国博覧会」)は、多くの日本人にとってほぼ初めて世界と接する歴史的な催しだったが、日本のアート、建築、デザインにとっても革新的な場であったことはよく知られている。岡本太郎がデザインした「太陽の塔」。丹下健三らが構想した「お祭り広場」。福田繁雄が考案し、世界ではじめて導入されたピクトグラム(絵文字)。そのほかにも、磯崎新、横尾忠則、コシノジュンコら、その後の時代を牽引することになるクリエイターたちが腕をふるう表現の場が万博でもあったのだ。今回の紅白では、それら先人達の発想が随所で取り入れられている。
石川さゆりのシーンでは葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》が映像としてLEDスクリーンに映し出された
 「もっともわかりやすいのは、舞台全体に設置した可動式の21枚のLEDスクリーンかもしれませんね。映像表示機能だけでなく、舞台の見え方を変える装置としても重要なのですが、その意匠のヒントにしているのはソビエト連邦館でも採用されていた湾曲した壁面です」。
舞台に設置された可動式の21枚のLEDスクリーン
 「そのほかにも、審査員席の後ろにしつらえた赤・白・ゴールドの装飾は、GKインダストリアルデザイン研究所(主宰は榮久庵憲司)が手がけたストリート・ファニチャーのレトロモダンなイメージ。また、放送画面に重ねる名前や楽曲のテロップを、これまでの立体的なものからあえて平面的なフラットデザインに変えたのは、万博のインフォグラフィックスがそうであるように、可読性を高めながら普遍性を持たせるためだったりします。また、およそ50年前のイベントにも関わらず、立体音響やプロジェクションマッピングが活用されていたりと、今日では標準となっている技術が多く見られることも学びがありました」。
審査員席
 大阪万博のイメージと結びつく紅白の演出はほかにも思い当たる。冒頭に挙げたダンサーのコスチュームは、各パビリオンのホステスたちがまとった近未来的・宇宙時代的なユニフォーム。坂本冬美のステージに日本全国の祭りの踊り手が集結した密集感は、亀倉雄策がディレクションした1969年度公式ポスター「日本のまつり」を思い出させる。
坂本冬美のリハーサル風景
 「紅白と万博に求められる機能はとても似ていると思うんです。紅白はある意味で『幕の内弁当』みたいな番組で、ロック、演歌、エレクトロニカといったまるでタイプの違う楽曲をいかに一つの器に盛り付け美味しくお届けするかが演出の核になります。大阪万博も、各国の個性やプロモーションをまとめ上げるためのインターフェイスを岡本太郎さんや丹下健三さんが中心になって構想したもので、祝祭性と調和を非常に大切にされていた。各界で活躍されているクリエイターのみなさんと極めて高い専門性を持ったスタッフが手を携えてひとつの舞台がつくり上げられる。そういった点が紅白にも通じると思っています」。

|紅白の舞台も時代の流れに沿って変化している

 今回の紅白では、頚椎手術を受けたYOSHIKI(X JAPAN)のドラム演奏復活、桑田佳祐の特別出演、毎年恒例のPerfumeとライゾマティクスのコラボレーション、AKB48渡辺麻友のラストステージなど、多くの見どころが散りばめられていたが、やはり特筆すべきは今年9月の引退を発表している安室奈美恵のスペシャルステージだろう。巨大スタジオのブラックボックスに浮かび上がるように設えられた長大な純白のランウェイと矩形のゲート群。そこに真っ白なドレス姿で佇む安室には「孤高」という言葉が似合う。この舞台美術を設計したのも森内だ。
安室奈美恵のスペシャルステージ
 「長いランウェイはデビューから25年という長い道のりを表現しました。安室さんは立ち姿も美しい人ですから、彼女の存在感をシンプルに際立たせる空間をつくることに専心したんです。だから白い光と空間の黒だけで勝負しよう! と」。  空間に溶け込むような柱や床の白いテクスチャは、じつはほとんどがLED照明だったという。冒頭の空間を切り裂くように点灯した無数の光が象徴的だが、つまりパフォーマンス中の安室は光だけで包まれていたということだ。  「構想時にあったのは、ジェームズ・タレルやバーネット・ニューマンの作品から感じられる「崇高」のイメージです。 安室さんの唯一無二性をより鮮やかにするため、現代美術に見られるコンセプトの充実、工芸的な美しさ、作品としての一回性をステージに取り入れられないか試みました。だから安室さんのセットも、通常にならって外部の工場で製作したものを持ち込むかたちではなく、スタジオでいちから設営したものなんです」。  もちろん、紅白を観覧しにNHKホールへ訪れた観客からすれば「せっかくなんだから安室ちゃんを生で見てみたかった!」と思う気持ちもあっただろう。だが、演者と観客が同じ空間に集うことで生まれる共時性・祝祭性を重視しながらも、同時に中継だからできる充実した美術演出を持ち込むのも、今日の紅白らしさを象徴しているのではないだろうか。
渋谷のビル屋上に設置されたPerfumeのセット
  「YouTubeやデジタル配信が登場し、音楽消費のスタイルが変わったというのは言われて久しいですが、紅白の舞台も時代の流れに沿って変化しているということだと思います。PerfumeやOK GOに象徴されるように、ミュージックビデオが公開された時点でアーティストと楽曲の世界観が提示され、観客はそれに匹敵する驚きや感動を求めてライブに訪れる。たんにアーティストを肉眼で見ることだけがライブの目的ではなく、体験としての強度が年々重要になっているととらえています」。
リハーサルに挑む制作陣
 「また、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けて東京や日本の街を劇空間として、みなさんと一緒に盛り上げていきたいという構想がNHKにはあります。そういった流れもあるなかで、一昨年の紅白では、椎名林檎さんのステージとなった東京都庁へのプロジェクションマッピング。そして今回は、渋谷の高層ビルからPerfumeによる先進的なパフォーマンスが披露されました。NHKホールという会場から飛び出して街そのものが舞台となったり、新たな技術が活用されたりと、みなさんの嗜好に寄り添いながら紅白も変わり続けるのだと思います。」。  多様な消費・趣向が当たり前になった今日、紅白の「幕の内弁当」的なフレームは、ある意味で時代を反映する機能としても働いているのではないだろうか。