YBAではないリアリズム
本展の見どころのひとつが、ミュエクの初期の代表作《エンジェル》(1997)だ。1998~2000年にかけて開催された「センセーション展」の巡回展に出品された本作は、その後、個人蔵に収まって以来、公開される機会がきわめて少なかった。人毛や布地は経年でわずかにすすけた風合いを帯び、いまやそれが作品の世界観そのものと一体化している。本展では約30年ぶりに姿を現し、日本初公開となる。

「センセーション」展はチャールズ・サーチのコレクションを軸にYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)世代を世に出した伝説的な企画展だが、ミュエク本人はその括りに自覚的ではないという。ロンドンで学生時代を過ごし、YBAの作品を多く見てきた冨安も、同じ感触を口にした。
「ロンドンでYBAの作品を見てきましたが、ミュエクは括りとして入っているだけで、YBAらしさはあまり感じません。スケールが大きな主題なのは確かですが、むしろ異色で、制作の作法はスペインのリアリズム絵画に近いところがあるように思います」。しかし、人物のたたずまいや衣服のディテールには、確かにイギリスの空気が宿っている、とも冨安は続ける。「改めて見ると、人物がいかにもイギリス人らしいんですよね。容姿も、衣服も。あの時代のイギリスの空気がそこに宿っている。私がロンドンに留学していた頃を振り返ると、学生でリアリズムに取り組む人はほとんどいませんでした。イギリスを拠点にしながらリアリズムを貫いてきたミュエクは、だからこそ唯一無二の存在になっているのかもしれません」。
《エンジェル》は、ミュエクがロンドンのナショナル・ギャラリーで目にしたジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ《ヴィーナスと時間の寓意》(1754〜58頃)に着想を得た作品である。幸福の象徴である「天使」のイメージからは程遠く、うつむいて力なく視線を落とすその姿は、聖性よりも倦怠を漂わせる。冨安の視線も、宗教画の影をすばやく捉えていた。

「《買い物中の女》(2013)にも、聖母子像のような宗教的イメージを感じました。ご本人は語らないかもしれませんが、そういう受け取り方もあると思います。作家本人をモデルにした《マスクⅡ》(2002)を見たときには、カラヴァッジョの《ゴリアテの首を持つダヴィデ》(1609〜10頃)のダビデが持つゴリアテの首や、《洗礼者ヨハネの首を持つサロメ》(1600年代)の盆に乗ったヨハネの首が思い浮かびました。聖書を明確に引用しているわけではないけれど、作家の潜在意識の層に宗教画の身振りが沈んでいて、何かを生み出そうとするときに、自然と立ち上がってくるのかもしれません」。



















